第28話 ヒロイン ララ1


 今日は久しぶりに一人で登校する。ユリウスは王室で役目があるようで、休みなのだ。久しぶりの解放感。彼と歩いていると始終注目の的になるので、とても疲れる。


 気楽な気分で、学舎へ続く道を歩いていると途中でブラットと偶然会った。


「もうひと月以上経つんだね」

「何が?」

「殿下と付き合い始めてからだよ」


 そう言う設定になっていた。


 シャロンは週二日のユリウスと食事する以外は、いつも地下食堂でレイチェルやジーナとともにたべている。


 デートも一回行ったきりだし、学舎への行き帰りはあっという間だ。


 しかし、噂は順調というより、過剰に流れ婚約間際と勘違いする者もいる。


「シャロンは、その……結婚とか考えていないの?」

 とブラットが聞いてくる。


「うん、考えてない」

「ええと、殿下とというのではなく、将来誰かと」

「考えてない。私、魔法省に入りたいと思っているの」

 とシャロンが言うとブラットが驚いたような顔をする。


「まあ、でも働きながら結婚することも出来るよね」

「無理無理。それに私、我がままだし」


 あの夜をなかったことにして、別の人と結婚するなど不誠実極まりない真似は出来ない。


「そんなことないよ。シャロンは自分が思っているより、ずっともてると思うよ」


 そんなことは絶対にないと思う。確かに前世よりずっと美人だが、残念ながら冷たくてきつい印象。


「ありがとうブラットっていつも優しいのね」

「きっと、シャロンを思っている人は身近にいると思うんだ」


 なおも力強く言うブラット。


 それほど思ってくれる人が近くにいてくれるのなら嬉しいが、そんな人のもとに、この世界で言う傷物の自分が嫁ぐことなどなお更できない。

 

 そこは、親不孝をしてしまったかなとポツリと思う。あの子煩悩の父は多分孫の顔を見ることを楽しみにしているだろう。


 ――大丈夫、ショーンがいるから。






 ユリウスと付き合っているという噂のお陰で、シャロンの評判はうなぎのぼりになった。そのため、しばらく疎遠になっていたイザベラやバーバラがそれぞれの派閥を率いて何かとすり寄ってくる。


 盛んにランチに誘われたが、彼女たちは間違っても地下食堂には来ないので、安心していた。

 


 いつも通り、地下食堂に降り、レイチェルとジーナの元に行くと、そこに一人余分な人影があった。


「シャロン様は、こんなところでお食事なさっていたのですね?」


 といってララが人懐こい笑みを浮かべる。彼女の前にサラダと卵料理を盛ったプレートが置かれていた。彼女がいるという事はここももう安全地帯ではないのだろう。凄く残念だ。


「ええ、ここはとても過ごしやすいので。それでバンクロフト様はなぜこちらに?」


 しかし、ララはシャロンの質問には答えず。


「シャロン様のような上流階級で育った人が、庶民の料理なんて口にあうのですか?」


 と小首を傾げる。質問に質問でかえされた。なぜ、ヒロインはシャロンの行く先々であらわれるのだろう。今回は久しぶりであるが……。


「ええ、美味しくいただいています。バンクロフト様はどうしてこちらに?」


 もう一度聞く。


「私も『市井の乙女は国王と恋に落ちる』を先日から読み始めまして」


 だから何だというのだろう。


「まあ、そうですか」


 と言いつつ欠片も親近感がわかない。


「ええ、楽しそうなので、私もシャロン様たちの活動に参加したいと思いまして」


 といってにこにこと笑う。

 誰も誘っていないので、シャロン達はララの発言に呆気にとられる。


「私、学園に来て初めてロマンス小説というものを手に取りました。こういう娯楽もあるって知りませんでした。

 市井では本など買えない者も多いですから。私も昔はその一人でしたし。窓を覆うガラスもなく隙間風の吹く部屋で暮らしていたんです。お腹を空かせてひもじい思いをしたこともあります。だから、地下食堂のお料理は私にとってご馳走なんです。シャロン様からは想像できないでしょう?」


 といってふふふと笑う。


 向かい側の席で、ジーナとレイチェルが戸惑っている。二人ともこの状況に困惑しているようだ。


 シャロンは「そう」と頷く程度にとどめておいた。下手なことを言って言質を取られたくない。


「それに私は特待生として国費で通わせていただいているのだから、遊ぶなど申し訳ない気がしていて。でも、たまにはこうやって学問に役だたない読書をして息抜きをするのもいいのかなと」


 一見よい話をしているふうに思えるが、それを聞いていたレイチェルとジーナが顔を見合わせ、眉をしかめる。


「失礼ですが、バンクロフト様は、いろいろな身分の高い殿方と、いつも楽しんでおいでではないですか?」


 とうとうレイチェルが口を挟む。彼女の言っていることは真実で、放課後、彼女は毎日のように高位貴族の殿方とカフェにいる。天才肌なのかそれでもララは上位の成績を維持していた。


「ええ、ユリウス様も、パトリック様もニック様もロイ様も皆御親切で、一緒にいると楽しいし、知らない世界のことを知ることが出来てとても勉強になります。そうそう最近ではブラット様までいろいろ楽しい話をしてくださって。特にユリウス様やブラット様、私、自分より勉強や魔法の出来る方と初めて会いました」


 といって嬉しそうに微笑む。邪気がなく表情が光り輝いている。

 そこに嫌味な雰囲気はなく、彼女は心から会話を楽しんでいるようだ。


 だが、それに反比例するように、場の空気はどんどんと悪化していく。


「それは良かったですね」


 シャロンはにっこりと微笑み、適当に相槌を打つと、いつもより早いペースで昼食を食べ始めた。


 どっかりと腰をおろしてここで食事をしているララを追い立てるのは無理だろう。


 しかし、早く彼女を自分の視界から遠ざけたいわけで、シャロンはさっさと食事を済ませ、残りの時間で学園の庭園を散歩することにした。


 天然というか、人の気持ちを逆なでする天才というか……。シャロンはララがどういう人物なのか掴みかねている。


 喋り方が優しく穏やかで、悪意がいっさい感じられない。表情も美しく瞳も澄み切っている。


 それなのに彼女の話す言葉は神経を逆なでするのだ。



 おおかた今日はユリウスが王宮にいて上の食堂にいないので、様子見に地下に降りてきたのだと思う。


 恐らくシャロンがユリウスと付き合っているという噂が気になっているのだ。



 一方、レイチェルとジーナは、ララの物言いにイライラしている。


 もともとユリウスとその攻略者たちを名前呼び出来る者はかぎられている。


 シャロンも彼女たちも彼らを名前呼びなどしない。ララはそれをさらりとやってのけた。


 そんなことを堂々とすれば、普段は温和なジーナやレイチェルも面白くないに決まっている。



 見た目は清楚で愛らしく、話す声も柔らかく軽やかで小鳥が囀るように耳触りが良いのに、語られる内容にごりごりと神経を削られる。


「そうそう、楽しんでいると言えば、シャロン様は二か月前の舞踏会の日、ユリウス様といったい何があったのです?」


「は? 何のことでしょう?」


 一瞬シャロンの顔がこわばる。ララに答える筋合いのない事だ。何の権利があって彼女は人の事情に踏み入って来るのだろう。


「お二人で消えたではないですか」

 なおも追及してくる。


「バンクロフト様、それは不躾というものですよ」

 ジーナがぴしゃりと言う。


「そうです。私的なことですわ」

 レイチェルも加勢した。おかげで一触即発の雰囲気となる。


「いえ、でも私には知る権利があると思います」

 とララが瞳を揺らしながら言う。


「え?」

「なにをいっているのあなた?」


 一方、ジーナとレイチェルが、ララの発言に戸惑ったような声を上げる。シャロンにしても訳が分からない。


「あの権利って何?」


 相手にしてはいけないと分かっていても、シャロンはきかずにいられなかった。


「少なくとも私はシャロン様と違い王妃陛下に認められたユリウス様の親しいお友達です。だから、彼が苦しんでいるのなら助けてあげたいんです。あの後からなんです。ユリウス様の様子がおかしくなったのはあの晩以降なんです。だから、私は事情をしって、ユリウス様のお力になりたいんです!」


 ララは真摯な様子でうったえ、シャロンに迫る。





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