第27話 デート!?


「それは偽装だとバレているという事ですか?」

 もうこんな関係はやめればいいと思う。土台無理な話なのだ。


「そこまでは……。だが、疑われていることは確かだ。休日は二人でどこに出かけているかと聞かれた」


 休日にユリウスと会うことは一切ない。


 偽装恋人関係を早急におわらせたいのならば、ユリウスのいう所の犯人をあぶりださなければならないようだ。


 しかし、彼と二人きりでいったい何をすればよいのか途方に暮れる。


 折角の休みが、偽装のお付き合いで潰れてしまうのはもったいない。

 だが、シャロンは、そこではたとよいことを思いついた。


「そうだ。ピクニックはどうです?」

「ピクニック? 女性は買い物やなにか甘いものを食べに行くのがすきなのではないのか」


 ユリウスが目を瞬く。


「別に小説以外買うものもないので」

「そうはいっても茶会も舞踏会もあるし、ドレスやアクセサリーは必要だろ?」


 修道院に行く可能性だってあるのに、無駄な買い物などしたくはない。ソレイユ家の財産はあとをつぐ可愛い弟の為になるべく取っておいてあげたい姉心だ。


「パーティなど出る予定もありませんから、そんなことより弟のショーンは体が弱くて、家に籠りがちだったので、外に連れ出せば喜ぶと思います」

「は?」


「前々から、王都の外れにある湖畔の公園に行きたがっていたんです」

 シャロンがいい思い付きだとばかりにユリウスを見上げる。


「ちょっと待て、私はデートといったんだが?」

 ユリウスが戸惑ったような表情を浮かべる。


「ショーンがいては駄目ですか?」


 二人きりだと特に馬車の中が気まずいだろうし、なによりも連れて行けばショーンが喜ぶし、休日に留守をして寂しい思いをさせないですむ。


「あ……ああ、いや、そうだな。シャロンが、どうしても……というのなら、考えなくもない」


 ユリウスが絞り出すように言う。


 王宮で大人に囲まれて育った彼は、きっと子供の相手になれていないのだろう。だが、ショーンはとても賢い。きっとユリウスも気にいるはずだ。


 そうすれば、最悪断罪になっても家族は助けてもらえるかもしれない。


「どうしてもです」

 シャロンがきっぱりと言う。


「……わかった」

 ユリウスは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。



 ♢



 週末にタウンハウスに帰ると早速弟を誘ったが、彼は浮かない顔をする。


 ちなみに父ダリルは仕事で今は留守にしていた。最近こういうことが多くなってきている。忙しい父の体が心配だ。



 晩餐のカモ肉のローストを上品に切り分け、ぱくりと食べる弟にもう一度聞いてみる。


「いつも家にばかりいるよりもたまには外に出た方がいいと思うの」

 ショーンが目を瞬いてポツリと言う。 


「ねえ、ユリウス殿下って悪い奴なんじゃないの?」

 シャロンは驚いた。


「そんなことないよ。とっても賢い人だから、きっとショーンと気が合う。なんでそう思ったの?」


 何としてもユリウスと仲良くなってもらいたい。


「姉さんを泣かす悪い奴のような気がして」


 ショーンの発言には驚いた。父も弟もシャロンに甘くて優しい。


「そんなことないよ。最近はとても親切だし、美味しいものたくさん食べさせてくれるよ」


 意地悪なのは王妃だよということは言わないでおく。


「ふーん」


 ショーンは気のない返事をして、シャキシャキと歯ごたえの残るアスパラガスを食べている。


「ショーンが行きたがっていた湖畔に行くのだけど、あまり気が進まない?」


 すると弟が目をぱちくりとして顔を上げる。


「姉さん、もしかして僕が行きたがっていたから、そこにしたの?」

「当然じゃない。それとも、もうあまり行きたくない?」

 子供の好きなものは、目まぐるしく変わる。


「ううん、すっごく行きたい! 楽しみ!」

 そう言ってショーンが目を輝かせて笑ったので、ほっとした。



 ♢



 ユリウスが翌朝、馬車で迎えにやってきた。父は機嫌よくユリウスを出迎え、にこやかに挨拶をしている。


 意外なことにダリルはこの交際に賛成していた。


 王宮でシャロンがニックにけがをさせられた時、ユリウスがいろいろと世話をしてくれたので、それ以来彼のことが気に入っているらしい。



「やあ、ショーン、久しぶりだね。君がもっと小さなころに一度あっているけどおぼえていないよね」


 王子が砕けた口調で気さくに挨拶をするが、ショーンはかしこまって礼をした。


「ソレイユ侯爵家長男ショーンです。殿下、本日はよろしくお願い致します」

 弟のそんな姿を見てシャロンは目頭が熱くなった。


「ショーン、ご挨拶立派に出来たね。素晴らしいわ。さすがソレイユ家の嫡男だわ」

「姉さん、嫡男だなんてやめてよ。姉さんが結婚して誰か素敵な人が婿入りしてこの家を継ぐことだってあるんだから」


「まあ、何を言っているのショーンったら」

 10歳にしてこの利発さ、どれほど賢いおとなになることやら先が楽しみだ。


 何としてもショーンは守らなければならない。ひしっとシャロンはショーンを抱きしめた。


 その可愛い弟が「へえ、婿入りねえ」と呟くユリウスを睨みつけているのも気付かずに。


 馬車の中ではシャロンとショーンが並んで座り、向かい側にユリウスが座った。


 馬車に揺られること2時間、ショーンは窓の外の景色が石畳の街から、林へ変化していく姿に目を瞬いた。

 そして、木々が途切れた先にはきらきらと輝く湖が、


「姉さん! 見て見て、湖が光っている!」

 珍しく弟がはしゃぐ。


「そうだよ。きれいだね」

 シャロンは、ショーンのふわふわの髪を撫でながら微笑んだ。





 そして一行は湖のほとりについた。三人で遊歩道を散歩していると、城のような瀟洒な建物が見えてきた。


「あの美しい建物はなんでしょう?」


 シャロンが聞くとユリウスが答えた。


「王家の別邸だよ。よかったら、案内しよう」


 こんなところに王家の別邸があるのは知らなった。見てみたいきもするが、今日はショーンに楽しんでほしい。


「ショーン? どうしたい?」

「うん、僕はここでお散歩してるよ。姉さんは行って来たら」

 と言ってにっこり微笑む。


「ショーンがそうしたいなら、姉さんもお散歩することにする」

 小さな弟は破顔した。やはりかわいい。


「……そうだね、散歩しようか」

 そういって王子が微笑んだ。



 ピクニックは想像していたよりずっと楽しく、王室のお抱えシェフが用意した昼食は最高に美味しかった。日頃の食の細いショーンもぱくぱくと食べて、シャロンはほっとした。


「シャロンは、随分弟と仲が良かったんだね」


 湖畔で初めて釣りに挑戦しているショーンを見ながらユリウスが言う。


「そうですか? どこのうちもこんな感じだとおもいますけれど。それにショーンはとても賢くて優しい子なので話が合うんです」


「うん、そうだね。賢いのは確かだ」

 と言って笑う。


「そう思うのなら、ぜひ弟を取り立ててやってください」

 シャロンが力強く言うとユリウスが目を瞬いた。


「なるほどね。そういう事か……君がそう望むなら」


 どうやら、ユリウスにショーンを売り込む作戦は上手くいったようだ。




 ♢ 




 シャロンとのデートが終わり、王宮に戻るとユリウスには執務が待っていた。


 まだ学生とはいえ、もう仕事を割り当てられている。外交に関してはそれこそ子供の頃からやっていた。


 現在は王族の許可が必要な決済処理などもしている。悪事を働く官吏もいるので気が抜けないし、時には調査も必要になるのだ。そんな日常にユリウスは戻っていった。



 今日のデートというか、シャロンと出かけたのは楽しかった。


 確かにシャロンのいうとおり、ショーンは賢い。多分シャロンが思うよりずっと大人の事情をいろいろと理解している。彼らがお互い思い合う姿を少し羨ましく感じた。


 執務室に入るとパトリックがいた。彼も、宰相の息子なので、ときどき仕事を手伝いにくる。


「お帰りなさい。楽しかったようですね」

 付き合いが長いだけあってあっという間に見ぬかれた。


「楽しかったよ。なあ、パトリック、お前には妹がいたよな?」

「はい、とても賢く素直な良い子です。そのうえ、美人なので悪い男が寄りつかないかと将来が心配です」


 シャロンと似たような反応をする。普段はクールなのに意外だ。


「それほど、妹や弟というのは可愛いものなのか?」


「そりゃあもう。ああ、もしかして、ソレイユ家のご子息の事ですか? とても頭の良い子だと聞いていますよ。ただ少し体が弱いと。ソレイユ嬢は弟を可愛がっているのですか?」


「シャロンの場合は、可愛がるというより、可愛がり過ぎだ。私は兄弟で遊ぶという事はなかったから、羨ましいよ」


「ああ、ヘンリー殿下とは年が離れてらっしゃいますからね」

 とパトリックが言う。


 彼にはきっと同じ城の中で別々に育てられた兄弟が、他人よりもずっと遠い存在だという事が理解できないのだろう。


 生れた時から、第一王子派閥はいるし、第二王子派閥もいる。家族とはいっても王族である限りはずっとライバルであり、周りから比べられ続けるのだ。


「そうだ、ララ嬢の事だが、私は来週頭に学園にはいけない。頼めるか?」

「はい、おまかせください」

 と言ってパトリックは表情を引き締めて頷いた。


 ユリウスはパトリックが帰った後も、寝るまでの時間を書類の処理に費やした。






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