第26話 話を聞かない王子様

 いつものように勉強を終え、図書館を出ようとするとユリウスにまた会ってしまった。昼に一緒に食事をしたばかりだ。


「ごきげんよう」


 といって通り過ぎようとすると「待て」と即座に捕まった。送ると言われて強引に寮の前までエスコートされる。


 ユリウスは本気で付き合っているアピールをするつもりだ。


 そして驚いたことに翌朝も寮の前まで迎えに来ていた。仕方なく連行されるように登校した。


「そうだ。シャロン、友人たちと街へ行くこともあるだろう。その時は知らせてくれ」


「なんでですか?」

「その日はお前を送れないから、早めに帰る」

「殿下はお忙しいので送り迎えは無理があるんじゃないですか?」


「恋人や、仲の良い婚約者同士なら、普通これくらいするだろう」

 まあ、そのうち忙しくなってこの送り迎えもなくなるだろうと思った。


 ユリウスは王室の行事があると学園を休むことがある。毎日の送り迎えなど土台無理なのだ。



 ♢



 その晩シャロンはいつものように、浴室にキャンドルをならべ、湯にバラの香油を垂らした。

 最近お気に入りのストレス解消法だ。


 いつもはすぐにリラックスできるのに、今日はユリウスとの昼食を思い出し、なかなか緊張が解けない。


 シャロンは己の過去の数々の奇行を思い出し、軽く戦慄する。心当たりがあり過ぎる。


 手作りクッキー持ち込み事件いらい、王妃に厭われ、ララが現れてからはストーカー行為が加速したように思う。


 ユリウスに散々送り付けた長文の手紙に返事はなかったが、持っていたらどうしよう。読まずに処分してくれていることを密かに祈る。


 あの頃、ストーカー行為を謝りもしなかった。


 だが彼はそのことに関して一度も謝罪を要求したことはなかった。

 シャロンを傷つけたニックに対して謝れとあれほど怒ったのに。



 前世を思い出さなければ、父の事も弟の事も顧みず、ずっとあのままだったのかと思うとぞっとする。




 ♢



  次の日の昼は大騒ぎだった。


 いつものように食堂に行くと、レイチェルが息せき切ってやってきた。


「シャロン様、殿下との婚約が内定したというのは本当ですか!」


 これには驚いた。


「どうしてそんな話になっているのですか? ただ一緒にお食事をしただけです」


 話しが飛躍し過ぎている。するとジーナも遅れてやってきて。


「朝からもっぱらその噂でもちきりです。それに殿下が寮までお迎えに来るんでしょ?」


 彼女たちの情報網は侮れないようだ。いやレイチェルもジーナもそれほど噂好きとは思えない。きっと一瞬にして学校中に噂が蔓延したのだろう。


 ララに絡まれないといいが、とちらりと思った。


 噂を否定したいところだが、とりあえず殿下とはいいお付き合いをしていると言っておいた。友人に嘘を吐くというのは思った以上に気が引ける。



 ♢



 ユリウスと付き合っているふりを始めてから三週間が過ぎた。当初予想していたように、ララに突撃されることもなく、比較的穏やかな日々を送っている。


 図書館の帰りに、ブラットに声をかけられ、一緒に帰ろうと誘われた。


「なんだかシャロンと会うの久しぶりな気がする」

「そうかしら、魔法実践の授業時に会っているじゃない」


 そういえば、彼とは一番砕けた口調で話し、親しい口を利いている。友達付き合いが長いからだろうか。


「いや、放課後とか休み時間とか、学舎への行き帰りとか前はもっと会えてたような気がする」

「そうかな?」

 シャロンは小首をひねる。


「君のそばには、最近頼もしい紳士がいるからね」

「もしかして殿下のこと?」

「もしかしなくてもその御仁だよ。付き合っているんだってね」

「ええ、……まあ」

 そういう設定になっている。嘘だけれど。


「まさか……婚約するわけではないよね?」

「絶対にない! それに私は王妃陛下に嫌われているから」

 即座に否定した。


「ああ……」


 と言ったきりブラットが黙る。優しい彼でもフォローのしようがないようだ。


「あのさあ、結婚と恋愛は違うと割り切って、結婚は温かい家庭を築けそうな人としたらどうだろう? 僕は家族が仲いいって大切なことだと思う」


 確かに彼の言う通りだ。ソレイユ家は家族の仲がいいから居心地がいい。それが一番なのかもしれない。


「やっぱりブラットっていい人なんだね」

「いい人? ああ、微妙だな、それ。そうそう僕の父も母も穏やかなひとでね。今度、君の友達もつれて遊びに来るといい」


 という会話をしながら、のんびりと寮へ帰った。そこにはユリウスといる時のような緊張感はなかった。



 ♢



 その日の朝は三日ぶりに寮の前にユリウスがお迎えに来ていた。

「殿下、公務が終わったんですか?」

「ああ、昨日で終了した。お前は私がいない間、随分充実した生活を送っていたようだな」


 といって作り物めいた笑みを浮かべる。


「はい、お友達と聖地巡りを始めました」

「聖地?」

 ユリウスに聖地巡りの説明をすると呆れたような顔をされた。

「私が言っているのはそういう事ではない。行きも帰りも送迎してくれる相手がいてよかったな」


「は? そんな人いませんが」

 何を言っているのか分からなくて首を傾げる。


「行きも帰りもブラットと一緒だったと聞いたぞ」

 いったいそんな話をどこから聞いたのかと目を丸くする。


「別に送り迎えではありません。たまたま行きかえりに会っただけです。ほら、その先で男子寮と道が合流するじゃないですか?」

「私のいなかった三日、偶然毎朝会うのか?」


「会いますよ。だいたい出る時間なんて一緒じゃないですか」

「帰りも? 約束して待ち合わせしたわけでもないのに?」

 ユリウスは、ときどきどうでもよいことにしつこい。


「殿下そんな事より、私達が婚約したのではないのかという噂が流れているので、どうにかしてください」

 シャロンがびしっと言う。


「どうにかと言われても否定はしてみるが、噂になってしまったものは仕方がないだろう」

 ユリウスが軽く受け流す。 


「そんな! 無責任です」

「安心しろ責任ならいつでもとるつもりだ」


「責任っていったいどうやってとるつもりですか! あまり仲睦まじくすると、恋人設定がなくなったときに大打撃を受けるのは私の方なのですが、どうにかなりませんかね?」


 胡乱な目でユリウスを見る。しかし、彼は取り合わず。


「それで、私達の関係を一歩進めてみようかと思う」

 脈絡なく、とんでもないことを言いだした。


「はい? あの、殿下、今私の話を聞いていまし……」

 シャロンが口を開くも、ユリウスは前方を見据えたままだ。


「今度の休日にデートするというのはどうだろう?」


 全く話を聞いてくれないし、人が話している途中で割と堂々と遮る。


 いつもは人の話をよく聞く聡い人なのにどうしたのだろう。 


 ――馬鹿になっちゃったの?


 シャロンが不満そうな顔をするとユリウスは言い聞かせるような口調になる。


「どうも私の身近にいる者達は君と私との関係に疑いをもっているようだ」






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