第30話 おわびのドレス

「昨日は、悪かったね」

 その朝、寮の前に迎えに来た。ユリウスが言う。


「何の話ですか?」

「ララ嬢の事だよ。パトリック達に私がいない間に君に付きまとわないように見ていて欲しいと頼んでいるのだが彼らの目を盗んで地下の食堂に行ってしまったようだ」


「ええ! そうだったんですか? なんでまたそんなことに。それに私付きまとわれていたんですか?」


 単に自分が悪役令嬢だから、行く先々で会うのかと思っていた。それどころかいつの間にか守られていたらしい。


「彼女は、私と君が付き合っていることを疑問に思っていて、君について聞いて回っているようだ。というか……少し前から君が気になっていたようだよ」

「まあ、確かに殿下とお付き合いをしているのは不思議でしょうけれど、なんでまた」



「家格的にはシャロンと付き合うことに問題はない。私がララ嬢と付き合うより、よほど釣り合いが取れている」


「そんなことをいうと、この学園は平等なはずですって言われますよ」

 それを聞いたユリウスが苦笑する。


「彼女は随分と君を気にしているから気を付けて。アルフォード先生の件もきいたよ。確かに優秀な先生だけれど、学園内の個人教師に頼むのは悪手だったね」


 シャロンはこれにも驚いた。 


「それは誰から、何をどうきいたのですか?」

 シャロンは驚きに目を見張る。



「ソレイユ卿とアルフォード先生から」

「いつの間に! というか家の父といつ?」


 王宮で会っているのだろうか。物凄く気になる。


「そりゃあ君と付き合っているわけだから、ソレイユ卿とは仲良くさせてもらっているよ」


 もう、なんだかよくわからない。王妃の耳にもはいっているのだろうか? 怖すぎて突っ込む気もなれない。


「ああ、それからバンクロフト様に私の趣味についてお話しないように」


 一応ユリウスに念を押した。


「話すわけがないじゃないか。自分の付き合っている相手がロマンス小説の登場人物に夢中だなんて言えるわけがないだろう」


 心外だという口ぶりだ。


「でも、『市井の乙女は国王と恋に落ちる』が好きで聖地巡りをしているって話はしたんですよね」


「は? そんな小説の名など覚えていないよ。それになぜお前の奇行をいちいちララ嬢に報告しなければならないんだよ」


「奇行ですって。殿下なんて失礼なことを!」


「『推し』『尊い』だのと訳の分からないことをいって夢中になり、あの行為を奇行以外なんだと言うんだ」


「殿下、違います。聖地巡礼です。私の唯一の趣味なんです」

「唯一って、刺繍とかダンスとか普通の趣味はないのか?」


 ユリウスと小競り合いがはじまってしまった。双方疲れたころ、彼が再び口を開く。


「そうだ。また、デートしないか?」


「いえ、もう充分です」


 ユリウスと付きあっているという噂はもう広まっているし、王妃の怒りを買う前にどうにかした方がよい気がする。早く犯人を捕まえて欲しい所存。


「そんなことはない」

 ユリウスは否定する。


「犯人まだ捕まらないんですか? そろそろこの関係を解消しませんか? そういえば、前から言おうと思っていたのですが、恋人設定が終わる時、いきなり終わりではなく。少しずつフェードアウトする感じでおねがいしますね。例えば、今一緒に取っている昼食を週二回から週一回にして徐々に減らしていくという感じで。そうだ。殿下が公務で忙しいという事で送り迎えもなしの方向で」


 といってユリウスの顔を見上げると彼の端整な顔から表情がすっぽり抜け落ちていた。怖くてシャロンはビクッとする。


「…………」


 息が詰まるような長い沈黙を挟みユリウスは何事もなかったように口を開く。


「わかった、考えておく。それで今まで無理をいった詫びとして。ドレスをプレゼントさせてくれないか?」

「え?」

「前にお前のドレスを破いてしまっただろう? だから新しいのをプレゼントさせてくれ」


 それは正直ありがたい。というかいつかは弁償してもらおうと思っていたが、シャロンの中ではなかったことになっているので、言いだせなかった。


「それならデイドレスが欲しいです」


 夜会に行く予定もないし、家でジーナやレイチェルを呼んで茶会を開きたいと思っていた。 


「そんなものでいいのか?」

 驚いたように言う。


「そんな物って、結構高い買い物だと思いますけれど」


 とシャロンが首を傾げるとユリウスが苦笑した。


 結局、お詫びのドレスをいただくということで、二人で出かけることになった。



 ♢



 二週間後の週末、ユリウスは馬車で迎えにきた。一応お忍びという事で、馬車に王家の紋章は入っていない。

 

 街にお出かけという事もあり、今日の彼はシャツとズボンにベストというラフな服装だ。しかし、光り輝くような美しい容姿は相変わらずで、王子様のオーラを隠しきれていない。店に入ればすぐに店主が飛んできそうだ。


 二人を乗せた馬車が着いた先は、王室御用達の店で、侯爵令嬢のシャロンからしてもドレスはどれも目が飛び出るほど高い。それこそ王家主催の夜会で着るレベルのものばかりだ。さすがに気が引けた。


「あの、ここのだと普段着ることが出来ないので、私の知っている店でいいですか?」


「どうしてもというなら」

 ユリウスは少し不満そうだ。


「はい、どうしてもです」

「シャロン、ならばドレスは私に選ばせてくれないか?」


「え、なんでですか?」

 なぜ、そこでシャロンの気に入ったものを買ってくれないのだろうと思う。


「いつも似たようなドレスばかり着ているじゃないか?」

「そうですか?」

 自分では流行を取り入れているつもりだった。


「紺、濃紺、濃い紫、深緑で、シンプルで飾りのないものばかりだろう?」


「それには理由があるんです。髪が銀で、瞳が紫ですから、薄い色なんて着たら、ぼやけてしまいます」


 銀髪は色を合わせるのに苦労するのだ。それにあまり飾り付けると、派手で彫りが深くきつい顔なので、下品になってしまう。


 レースやリボンをふんだんにつけようものなら、似合わな過ぎて、気の毒なレベル。


「だからと言って、代わり映えのないドレスばかり」

「殿方から見ればそうでしょうが、布地とかレースとか刺繍とかが違うんですよ。その時々の流行もありますし、こだわりがあるんです」

 シャロンが自信をもって答えた。


「なら、一着はお前の趣味で、もう一着は私の趣味で」


 さすがに二着買ってもらうわけにはいかない。


「分かりました。殿下にお任せしますので、一着で結構です」


 いただいたものは一度でも袖を通したいので、彼の趣味が悪くないことを祈るばかり。


「お前……思っていることが顔に出ているぞ。わかったよ。シャロンの好きなものを買えばいい」


 ユリウスが折れた。彼は不思議な人で、人の話を聞かないときと、言外の気持ちまで読みとる時がある。


(わざとなの? それとも時々あほになるの?)


 結局、シャロンは濃紺で艶のある滑らかな生地を選び、銀の刺繍を施してもらうことになった。ドレスは出来上がり次第届けてくれるという。気に入ったものが選べたのでちょっと楽しみだ。


「そうだ。シャロン、飾りも買おう。今度は私が選んでもかまわないよな?」


 シャロンは頷きつつも、女性が身につけるものなど選びたいのかと不思議に思う。


「その前にちょっとお茶を飲みませんか?」

「疲れたのか? まだ一件目だぞ」

「はい、いつもは外商に来てもらっているので」


「てっきり、いろいろ店を見て回って買い物をするのが好きなのかと思っていた」

 多分そういうご令嬢も多いだろう。


「私はどちらかというと、好きな小説の新刊が出る方がワクワクします。そろそろ新刊が出る頃なので、下町の書店に行きたいのですが」

「クロエの書店だろ?」


「あれ、なんでご存じなんですか? そこまで話しましたか?」

「地下派閥が流行らせた書店としてもっぱらの噂だ」


「地下派閥とか、やめてください! 本当に誰が付けたのかしら」


 シャロン達がロマンス小説を語りながら地下食堂で食べているせいかいつの間にかそんな呼ばれ方をしていた。


「それと、行きたいカフェがあるんですが」

「聖地巡りなら、仲間とやってくれ」

 彼も随分この手の用語に詳しくなってきた。ついうっかり昼食の話題にのせてしまうからだろうか。


「違います。美味しいタルトの店があるんです」

「タルトが好きなのか?」


「甘いものは何でも好きなんです。今日はタルトの気分なので。ああ、コーヒーもとても美味しい店なんですよ」

 と言ってシャロンは微笑んだ。




 ユリウスはシャロンの後について、街角にあるこじんまりとしたそれほど高級ではないカフェに入った。


 窓際の席に案内されると、シャロンはクレームダマンドをしき詰めた上にアプリコットが載ったタルトを選び紅茶を注文した。ユリウスはコーヒーを飲む。


 シャロンはナイフで器用に切り分けて食べた。この店のタルト地は固めなのだ。


「ここにはよく来るの?」

「はい、といっても店にはあまり入らないんです。たいていお土産に買って帰るんです」

「弟に?」

「ショーンとミモザと使用人達に」

「ミモザ? 誰?」

 ユリウスが初めて聞く名だ。


「ミモザは私の専属のメイドです。二人ともここのタルトが好きなんです」

「驚いたな。君は家の使用人たちに土産を買って帰るのか?」

「はい、とても喜んでくれますから」

「優しいんだな」


 そんな言葉をかけられるとは思っていなかったのでびっくりした。


「そんなことないですよ。外に出たついでに買うだけですし」 


 なんだか褒められたようで照れてしまった。無駄に心臓がバクバクする。


 そしてユリウスはにっこりと綺麗な笑みを見せた。





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