第37話 誰にも見せないでね

 月曜日、いつもの様にマンションのエントランスで沙織ちゃんは俺を待ってくれている。昨日の夜は一晩中、キスした事を思い出してニヤケていたのだが、あらためて沙織ちゃんの顔を見るとリアルにその瞬間を思い出してしまい、顔が赤くなっている事が自分でもわかるぐらい熱くなっている。


「お、おはよう、明男君」


 沙織ちゃんの顔も赤くなってるな。こんなんで学校行ったら、和彦と由美ちゃんにバレバレじゃないか。だが、学校サボる訳にもいかないからな。


「おはよう、沙織ちゃん」


 俺と沙織ちゃんは手を繋ぎ、学校へと向かった。

 学校に着くと、和彦がいきなりツッコミを入れてきた。


「明男、顔赤いぞ。どうしたんだ?」


 いくら親友だと言っても昨日初めてキスしたとは言えない。俺は誤魔化す様に言った。


「そうか? そんな事ねーだろ。ねえ沙織ちゃん、俺の顔、赤いかな?」


 それを聞いた和彦はニヤリと笑った。


「そっか、名前で呼べる様になったんだ。良かったな」


「昨日、デートだったんでしょ? 何かあったんじゃないの?」


 由美ちゃんも怪しげな笑みを浮かべて話に加わってきた。さすがは女の子、鋭い観察眼だな。

 そう、昨日は本当に色々な事があった。凄く良い事が。


 ――うん、沙織ちゃんとキスしたんだ――


 いやいやいやいや、そんな事言える訳無いだろ。正直、嬉しくて大声で言いたいぐらいなんだけど、そんな事したら沙織ちゃんが口をきいてくれなくなるかもしれない。


「いや、何でもないよ。ただ、毎日が幸せなだけ」


 俺の言葉に和彦と由美ちゃんは完全に呆れきり、沙織ちゃんなんか顔を真っ赤にしてしまっている。さすがにちょとクサ過ぎたかな? だが、嘘偽りなど全く無い俺の本心だ。


「はいはい、ご馳走様です」


 由美ちゃんが呆れた声で言った時だった。


「私も毎日幸せよ。明男君のおかげでね」


 沙織ちゃんが堂々と言ったのだ。まあ、この場合は俺のおかげで皆と友達になる事が出来て幸せだという意味も含まれていると思うんだけどな。


「あらー、沙織ちゃんも言う様になっちゃって……」


 言いながら由美ちゃんはチラっと和彦を見た。すると和彦も心得たもので、すぐさま由美ちゃんに向かって言った。


「俺達だって幸せだぜ。なあ、由美」


 さすがは和彦。呆れ顔だった由美ちゃんが一瞬にして笑顔に変わった。


「じゃあさ、夏休みに幸せ者四人で海に行こうよ!」


 上機嫌で言った由美ちゃんだったが、すぐに「しまった」という顔になり、沙織ちゃんに詫びる様に言った。


「沙織ちゃん、ごめんね。髪が乱れちゃうから海なんて行きたく無いよね」


 厳密に言えば『行きたく無い』では無く『行きたくても行けない』なのだろうが、由美ちゃんなりに言葉を選んだのだろう。だが、沙織ちゃんは笑顔で首を横に振った。


「他の人の目なんてもう気にしないから。明男君が、由美ちゃんと谷本君が誘ってくれるんだったら海でもプールでも行くよ」


 沙織ちゃん、強くなったな。しかしこれで夏休みの楽しみが一つ増えたってモンだ。


「じゃあ、決まりだね」


「うん!」


 由美ちゃんと沙織ちゃんのキャッキャウフフが始まった。この光景を沙織ちゃんのご両親に見せてあげたいよ……そうだ!


「沙織ちゃん、夏休みに皆で沙織ちゃんの家に遊びに行って良いかな? 友達を連れて来たら、お母さん、喜んでくれると思うんだけど」


「沙織ちゃんの家? 行きたーい!」


「俺も行って大丈夫なんかな?」


 ノリノリな由美ちゃんに対して和彦は少し不安そうだが沙織ちゃんは嬉しそうに言った。


「ぜひ来て欲しいな。お母さん、凄く喜ぶと思うから」


 これは夏休みが楽しみだぜ。早く夏休みにならないかな。


 授業が終わり、仲良く下校した俺と沙織ちゃんに別れの時が来てしまった。いや、単に沙織ちゃんのマンションに着いただけなんだけどな。ああ、次に沙織ちゃんと会えるのは十二時間以上先か……待ち遠しいったらありゃしないぜ。

 いつもなら「じゃあ、また明日」と言って別れるのだが、今日はどういう訳か沙織ちゃんが立ち止まったまま帰ろうとしない。


 もちろん俺としては嬉しい事ではあるんだが、家で何かあったのかと心配になってしまう。あっ、まさか俺みたいな庶民と付き合っているのを反対されたとか? まさかな。俺のおかげで沙織ちゃんが明るくなったって、涙を流して喜んでくれたんだ。そんな事がある筈が無い。不思議に思う俺に沙織ちゃんが顔を赤くしながら口を開いた。


「明男君、今からゲームセンターに行かない?」


 ゲームセンターに? 今から? もちろん沙織ちゃんがそれを望むのなら、喜んで行くけど、突然どうしたんだろう? ただ、一つだけ思った。マンションの前まで来て言い出すって事は、和彦や由美ちゃんには内緒で行きたかったんだなと。


「うん、良いよ。じゃあ行こうか」


 俺は何も聞かずにただそれだけ答え、沙織ちゃんと二人、来た道を戻った。


 ゲームセンターに着き、沙織ちゃんが向かったのはプリクラのコーナーだった。またプリクラを撮りたいのか? うん、俺も撮りたいぞ。


 俺は呑気にどれで撮ろうかなんて考えながらプリクラ機を見て回ろうとしたが、沙織ちゃんは撮る機械を既に決めていた様だ。


「明男君、こっちこっち」


 それは和彦と由美ちゃんと四人で、そして俺が岩橋さんに告白した日に二人で撮った機械だった。女の子ってのは記念モノに拘るらしいからな。まあ、俺は沙織ちゃんと一緒ならどの機械でも、何なら証明写真でも良いぐらいなんだけど。


 二人で中に入り、カーテンを閉めるとそこは俺と岩橋さんだけの密室だ。狭い空間に沙織ちゃんの匂いが立ち込め、俺の頭をクラクラさせる……俺って匂いフェチなのかもしれない。


 まず、並んで普通に一枚。そしてもう一回撮ろうという時、俺の横に並んだ沙織ちゃんが急に話しかけてきた。


「明男君、私だけで無く、両親の事まで考えてくれて本当にありがとう」


 ああ、夏休みに皆で沙織ちゃんの家に行けばお母さんも喜んでくれるんじゃないかって言った事か。そりゃもちろん沙織ちゃんのご両親なんだ、大事に思うのは当たり前じゃないか。それに、いつかは俺の義理の親になる訳だし……なったら良いのにな。


 俺が思っていると、沙織ちゃんが撮影ボタンを押し、カウントダウンが始まった。


「3・2・1・撮るよー」


 能天気な合成音声が流れ、フラッシュが光る直前だった。


「大好き」


 沙織ちゃんが耳元で囁く様に言ったと思うと唇が俺の頬に触れ、次の瞬間フラッシュが光った。


 ――えええぇぇぇぇっ、コレってキスプリってヤツじゃないのか!? ――


 硬直する俺の目の前には沙織ちゃんが俺の頬にキスしているという素晴らしいシーンがモニターに映し出されていた。


「誰にも見せないでね」


 感動のあまり画面に見入ってしまった俺に沙織ちゃんは恥ずかしそうに言うと、頬を赤く染めながら決定ボタンを押した。



                                       了

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非モテの俺が子猫のおかげで出会った陰キャのぼっち少女が実はワケあり超絶美少女で、結果俺が世界一の幸せ者(俺調べ)になった件 すて @steppenwolf

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