第31話 肩を寄せ、微笑む二人

 昼休み、弁当はもちろん四人でだ。いつか、岩橋さんが俺の分まで弁当を作って来てくれるなんて話を期待したりしたが、さすがにそれにはまだまだ時間がかかるだろうな。まあ、今後の展開に期待ってトコだ。それにしても周囲の男共の羨望の視線が痛いぜ。なにしろ『まさかの美少女』岩橋さんが俺の彼女になったんだからな。


 そんな俺に対して岩橋さんはと言えば女子からの羨望の視線など全く注がれていない。もちろん「彼氏が出来て良かったね」とか「おめでとう」とかは言われたらしいが、その彼氏ってのが俺だからな。言ってしまえば女子達は安心してるんだろう。『俺の彼女になった事によって美少女の脅威が無くなった』って。

 何と言っても三年の先輩に告白されたぐらいだからクラスの女子からすれば岩橋さんは脅威だったに違い無い。って事は、もし岩橋さんを額の傷の呪縛から開放したのが俺じゃ無かったら、もっと格好良い男子が岩橋さんに目を付けていたら……


 いやいや、そんな怖い事を考えるのはやめておこう。女の嫉妬ってのは恐ろしいらしいからな。とにかく今はみんな(一部の男子連中を除いて)が幸せなんだ。それで良いじゃないか。少なくとも俺は最高に幸せなんだから。きっと岩橋さんもな。


 そして待ちに待った放課後、俺と岩橋さんは例のゲームセンターに向かった。目指すはクレーンゲームのコーナーだ。おっと、今日も小っちゃなネコのチャームは山積みになってるぞ。こんな山積みにされているのを見ると正直言ってあんまり有り難みが無いな。

 だが、そんな事はどうでも良い。俺と岩橋さんにとってコレは実に重要なアイテムなのだから。


「じゃあ、両替してくるよ」


 俺が財布から千円札を出そうとすると、岩橋さんはそれを制止した。


「今日は私がやるの」


 岩橋さんは可愛い財布から千円札を一枚取り出すと両替機に投入、出てきた百円玉十枚を握りしめ、ゲーム機と対峙した。


 まずは百円玉を一枚投入、一回プレイのボタンを押す。最初は右にクレーンを移動させる。続いて奥にクレーンを動かし、狙ったポイントで止める。残念ながらクレーンは空を切り、岩橋さんの一回目のチャレンジは失敗に終わった。再度百円玉を投入する岩橋さん。だが、無情にも二回目のチャレンジも不発に終わった。


「本当、結構難しいのね」


 岩橋さんの目に困惑の影が差した。くそっ、岩橋さんにこんな顔をさせるなんて。この機械、ぶっ壊してやろうか……などと不穏な事を考えたりもしたが、そんな事出来る訳が無い。俺に出来るのは左右に回ってクレーンを止める位置をアドバイスする事ぐらいだ。


「もうちょい、もうちょい、ストップ!」


 まずは右への移動はまあまあだ。しかし、俺がかける声に岩橋さんが反応するタイムラグを考えないとな。次は気持ち早めにストップをかけるか。


「もうちょい、ストップ!」


 おっ、なかなか良い位置で止まったぞ。クレーンがネコのチャームを上手い具合に引っかけた。しかしアームの設定が弱かったのだろう、もう少しのところで景品出口には届かなかった。


「もう少しで取れそうね」


 岩橋さんの目に光が戻った。俺が大好きな岩橋さんの目だ。


「さて、どう攻めるかな……」


 狙うプライズは景品出口のすぐ側まで来ている。となれば攻め方は二つ。引っかけるか、押し出して落とすかだ。


「よし、押そう!」


 俺が選んだ攻め方は後者だった。クレーンを押し当ててプライズをずらし、景品出口へ落っことそうというものだ。まあ、クレーンゲームの基本中の基本なんだけど。岩橋さんは三枚目の百円玉を投入した。


「そうそう、ストップ!」


 右へのクレーンの移動は完璧だ。次は奥への移動、ちょこっとだけクレーンを動かせばネコの頭を押して、そのまま落とせる筈。岩橋さんがボタンを押してすぐ


「ストップ!」


 あえて大きめの声で言った。その声に驚いた様にボタンから手を離した岩橋さんは絶望的な声を上げた。


「えっ、これじゃ景品に届かないんじゃ……」


 悲しげな目で見つめる岩橋さんの前でクレーンはゆっくりと降下し、ネコのチャームは狙い通り頭を押されて景品出口に転げ落ちた。


「あっ、やった! 加藤君、取れた、取れたよ!」


 無邪気に喜ぶ岩橋さん。俺はプライズなんかよりその可愛い姿を見れた事の方がずっと嬉しいぞ。


 プライズの取り出し口からネコのチャームを取り出して渡すと、岩橋さんは「ありがとう」と、それを大切そうに受け取った。それにしても俺はコイツを取るのに六百円かかったのに、岩橋さんは三百円か……やっぱ俺ってダメな人間なのかなぁ…… 

 と、しみじみ思ってると、嬉しそうにプライズを手にしていた岩橋さんがそれを俺に差し出した。


「はい、コレ、加藤君に」


 ええっ!? カバンに付けてるネコが一人(って言うか一匹)でかわいそうだから欲しかったんじゃないのか? 状況が理解出来ない俺に岩橋さんは恥ずかしそうに言った。


「私には加藤君がいるでしょ。でも、この子は一人。だから加藤君のカバンにこの子を付けたら……ねっ」


 そうか! 岩橋さんが言うこの子(前者、俺があげたヤツ)は岩橋さんのカバンに付いてるネコで、この子(後者、今取ったヤツ)を俺のカバンに付ければ俺達が二人で居る時にネコも二人(正しくは二匹、いや、厳密に言えばチャームだから二個)になるから寂しく無いって訳だ。


「この子は加藤君がくれたでしょ。だからこの子は私が取りたかったの」


 照れながら可愛い事を言う岩橋さん。俺は岩橋さんをその場で抱き締めたい衝動に駆られたが、必死でその衝動を抑え、お礼を言って早速カバンに取り付けた。


「ふふっ、お揃いだね」


 嬉しそうに笑う岩橋さん。頼むからそれ以上可愛い事を言わないでくれ。我慢の限界はもうすぐそこまで来ているんだ。


 目標を達成した俺と岩橋さんは、ジュースでも飲んで帰ろうかとクレーンゲームのコーナーを後にし、ゲームセンターを出たところで俺は足を止めた。一つ思い残す事があったのだ。


「どうしたの? 加藤君」


 いきなり立ち止まった俺の顔を岩橋さんが覗き込んだ。

 言うぞ。前に言えなかった事を。大丈夫、今なら言える。そんな気がする。いや、今言わないでいつ言うんだよ。


「プリクラ撮ろうよ。今日はちゃんと二人で」


「うん!」


 俺は決死の覚悟で言ったんだが、そんな覚悟は不要だった様だ。岩橋さんは迷うこと無く即座に大きく頷いてくれた。


 俺と岩橋さんは踵を返してまたゲームセンターに戻った。目指すはプリクラのコーナーだ。


「どれにしよう?」


 ちょっと前までは「たかがプリクラの機械が何でこんなに何種類もあるんだよ。バカじゃねーのか?」なんて思ってたりしていた。

 もっとも『プリクラ』と言うのは某社の商品名の略称がプリントシールの一般的な名称になったらしいが、そんな事はこの際どうでも良い。とにかく俺に縁の無い機械がゲームセンターの結構なスペースを占めているのが気に食わなかったのだが、今の俺にとってはお花畑にでも居る様な感覚だ。って、お花畑なのは俺の頭の中か。


「コレが良いんじゃない?」


 岩橋さんが選んだのは、前に和彦と由美ちゃんと四人で撮ったものだった。


「そうだね、コレが良いな」


 俺と岩橋さんは二人で機械に入り、カーテンを閉めた。


「あっ、さっきの百円玉、まだ残ってるから」


 岩橋さんがお金を入れてくれ、おぼつかない手付きでフレームを選択、撮影ボタンを押した。

 数秒後、フラッシュが光り、確認画面に切り替わると、モニターに俺と岩橋さんの姿が映し出された。和彦と由美ちゃんに仕組まれてでは無く、自分達の意思で笑顔で寄り添う二人の姿が。



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