第30話 白状と告白

 それから数日、俺は岩橋さんに告白する勇気も無く、二人の関係が変わる事が無いまま時間だけが過ぎ、もうすぐ夏休み。あー今年の夏も一人かー寂しいなぁ……なんて思いながら岩橋さんのマンションのエントランスまで歩いたところ


「加藤君、おはよう」


 いつもの様に岩橋さんが声をかけてきた。しかし、なんだかいつもと雰囲気が違う。


「変じゃ無いかな? 加藤君が綺麗な足だって言ってくれたから……」


 なんと、真面目な岩橋さんがスカートを折り込み、膝上まで短くしていたのだ。『変』だなんてとんでもない。


「べりふぉーっ!」って叫びたいぐらいですよ。ぼーっと見蕩れている俺に岩橋さんは物凄い事を言い出した。


「加藤君は私の事、興味無いのかな……でも、私はね……加藤君の事……」


 岩橋さんはいつまでも大事な事を言えない俺に痺れを切らし、勇気を出して言おうとしてくれているのだ。俺の為にスカートを短くしてまで。こうなったら勇気を出してその気持ちに応えるしか無い。俺は腹を括った。


「岩橋さん、俺は……」


 残念ながらそれに続く言葉は『岩橋さんが好きだ』なんて良いモノでは無い。

 俺は自分も女の子を見かけでしか判断しない先輩と同じ穴の狢だという事を洗いざらいぶちまけた。でないと俺は岩橋さんと向き合えない気がしたからだ。それで岩橋さんに愛想を尽かされても仕方が無い。それぐらいの覚悟はあった。


 俺の話が終わると岩橋さんは溜息を一つ吐いた。


「そうだったの……」


 終わった。やっぱり愛想を尽かされたな、こりゃ。でもこれで良いんだよな。だが、全てを諦めた俺に信じられない言葉がかけられた。


「加藤君はいつも一人で居た無口な私に手を差し伸べてくれたよね。私の事、可愛いかもって思ってくれたんだよね。その期待に応えられるかどうかわからないけど……」


 いや、はっきり言って期待以上に応えてもらってます。いやいや、そんな事を言ってる場合じゃ無い。こうまで言ってもらえたなら、これ以上女の子に言わせるわけにはいかない。俺は「ちょっと待って」と岩橋さんの言葉を遮った。


「やっぱり私じゃダメなの?」


 しょんぼりする岩橋さんの肩が震えている。でも、俺の足はもっと震えていた。だって、今から一世一代の告白をするんだからな。


 俺は息を大きく吸い込み、一気に思いの全てを声にした。


「俺は岩橋さんのことが好きです。俺の彼女になってください」


「はいっ!」


 岩橋さんが嬉しそうに答え、そして恥ずかしそうに微笑むと、膝上丈に折られたスカートが南風に揺れた。


 この幸せにずっと浸っていたかったが、そういう訳にもいかない。


「あっ、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」


 岩橋さんの言葉で俺は現実に引き戻されてしまった。


「そうだね、行こうか」


 俺は岩橋さんの手を取った。GSJに行った時も、初めて岩橋さんの額の傷を見た時にも手を取った記憶があるが、その時とは何もかもが違う。自分の彼女となった岩橋さんの手を握ったのだ。


「うん!」


 岩橋さんは少しタレ気味の大きな目を細めて頷くと、俺の手をしっかり握り返してくれた。


「あ、加藤君、一つお願いがあるんだけど……」


 手を繋ぎ、天にも昇る気持ちで歩く俺に岩橋さんがモジモジしながら言った。


『お願い』? 俺に出来る事なら何だって聞くぞ。何だったら今から婚姻届でも貰いに行こうか? って、いくら何でもそりゃ気が早過ぎるだろ。そもそも俺はまだ結婚出来る年齢じゃ無い……って、そういう問題じゃ無いか。


「何かな? 俺に出来る事だったら何でも」


 とびっきりの笑顔で答えると、岩橋さんはおずおずとカバンを少し掲げて見せた。カバンを持って欲しいってのか? まさかな。でもそれぐらいお安い御用だぜ。

 だが、当然の事ながらお願いと言うのはそうでは無かった。


「この子なんだけど……」


 岩橋さんが俺に見せたかったのはカバンでは無く、俺があげた小っちゃなネコのチャームだったのだ。


「私には加藤君がいるけど、この子は一人だから寂しいかなって……」


 なるほど、女の子が考えそうな事だな。わかった、全財産を注ぎ込んでもその子の友達をゲットしてあげようじゃないか!


「わかった。じゃあ、今日の帰りにでもゲームセンターに寄ろうか」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべる岩橋さん。やっぱ強烈に可愛いな……って思ったところでふと思った。


 ――デートか? これって学校帰りにデートするって事なんじゃないか? ――


 学校に着くと、まずは和彦と由美ちゃんに報告だ。もちろん二人共笑顔で俺と岩橋さんを祝福してくれた。


「やったな、明男」


「ちょっと遅すぎる気はするけど、良かったわね、沙織ちゃん。これからはダブルデートね」


 ダブルデート! なんて良い響きなんだ。単純に喜ぶ俺と比べて照れて恥ずかしがる岩橋さんの可愛い事ったらありゃしないぞ。


「でもまあ、しばらくは別行動にするか。そうしたいって明男の顔に書いてあるからな」


 和彦が例によってニヤニヤしながら言った。って、俺、そんな顔して無いぞ。コイツ、マジでエスパーなんじゃないか? 一回CIAにでも調査して欲しいわ。だが、その提案には由美ちゃんも嬉しそうだ。そりゃそうだな、やっと俺から和彦を取り戻せるんだからな……って、俺の方が由美ちゃんより和彦との付き合いは長いんだから『取り戻せる』って言い方はおかしいか。まあどうでも良いけど。


「じゃあ、今日帰りどうする?」


 俺は帰りにゲームセンターに寄る話をしたところ、和彦は少し考えてから答えた。


「二人で行ってこいよ。まあ、初デートがゲーセンってのも何だけどな」


「そうそう、二人で楽しんでいらっしゃい」


 由美ちゃんも笑顔で言ってる。もっとも由美ちゃんは和彦と二人になれるのも嬉しいのだろうな。だが、今の立場になると由美ちゃんの気持ちがよくわかるわ。本当に今まで由美ちゃんには悪い事してたんだな、俺。心の底からそう思った。




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