第20話 人間って悲しい生き物だよな

 俺と岩橋さんの二人っきりの時間は遂に終焉の時を迎えた。窓の外の人の顔がはっきりわかる程ゴンドラは低くなり、その中に和彦達の顔が見えたのだ。


「何か、あっという間だったね」


 時間にして一時間程。だが、本当にあっという間に時は経ってしまった。俺が照れながら言うと岩橋さんも顔を赤くしながら言った。


「うん。でも楽しかった。テーマパークで男の子と二人きりなんて初めてだからちょっとドキドキしたけど。デートって、こんな感じなのかな?」


 マジか! 岩橋さんの口から『デート』なんて言葉が出るとは思いもしなかったぞ。コレって、もしかしたら岩橋さんもデート気分を味わっていたって事だよな? しかも『楽しかった』って言ったよな。って事は、コレがマジでデートだったら……

 これはもう告白するしか無いよな。俺は生唾を飲み込み、岩橋さんを見つめた。


「岩橋さん……」


 思いっきり緊張しながら岩橋さんにもう一度呼びかけた時、ガチャリと音がしたかと思うとゴンドラの扉が開けられた。


「お疲れ様でしたー」


 係員の人が笑顔で言っている。口では『お疲れ様でした』などと言っているが、もちろんその真意は『早く降りろ』だ。


「行こうか」


 俺が先に立つと、岩橋さんも腰を浮かそうとした。だが、ゴンドラはゆっくりとではあるが動いている。ココはありったけの勇気を絞り出すしか無いよな。

 俺は先にゴンドラを降りると、岩橋さんに手を差し出した。


「ほら、大丈夫?」


 俺に続いてゴンドラを降りようとした岩橋さんの動きが一瞬止まった。

 しまった、やっちまったか? そりゃ、彼氏でも無い男に突然手を差し出されたら面食らうだろう。俺は順序を間違っちまったのか……


 後悔の涙が溢れそうになった俺の手に柔らかくて温かい感触が伝わると共に、耳には嬉しそうな声が聞こえた。


「ありがとう」


 岩橋さんは俺が差し出した手を、拒むこと無く取ってゴンドラから降りた。

 やったぞ! 勇気を出して正解だ! 俺は岩橋さんと手を繋いたんだ! 後悔の涙が歓喜の涙に変わろうとした時、柔くて温かい感触は俺の手から消え失せてしまった。


「明男~」


「沙織ちゃーん」


 和彦と由美ちゃんが手を振りながら俺と岩橋さんの方へと歩いてきたのだ。それで岩橋さんは恥ずかしくて俺の手を離したんだな。もし和彦と由美ちゃんが来るのがもっと遅かったら、まだ手を繋いだままでいるに違い無い。うん、きっとそうだ。まさか手摺り代わりにされただけなんて事がある筈が無い。

俺はそう自分に言い聞かせながら和彦に手を振り返した。


 和彦達と合流した俺は皆の様子をさり気なくチェックした。俺が岩橋さんと夢の様な時間を過ごしている間に六人の男女に何か進展はあったのか? 果たしてカップルは成立しているのだろうか? 

 結果から言ってしまえば残念な状態だった。和彦と由美ちゃんは並んでいるが、それ以外は男は男同士、女の子は女の子同士で三人ずつ固まっていて、どう見てもカップル四組には見え無い。まあ、たかが一時間やそこらでカップルが成立する訳は無いだろうし、そもそも一番の大チャンスをもらった俺がこの体たらくだからな……ほんの一瞬だけ手は繋いだけど。

 ココは下手に目立つ事は出来無い。俺は和彦と、岩橋さんは由美ちゃんと話をする形で、さりげなく皆の輪に戻った。


 楽しい時間は経つのが早く、気が付けばもう昼だ。この手のテーマパークは食べ物の持ち込みは禁止されている。となるとパーク内のレストランで食べるか、何か食べにパークを出るしか無い。

もちろん再入場は出来るので、一度外に出た方が財布に優しいのは言うまでも無い。だが、せっかくGSJに来たのだ。どうせならパーク内のレストランでGSJならではのメニューとやらを食べてみたいじゃないか。財布に優しくないのは重々承知の上だが。

 とは言うものの、ランチタイムはどのレストランに行っても長蛇の列が出来ているに決まっている。しかも俺達は十人という大人数だ。空腹を少々我慢しても時間をずらすのが賢明だ。

という事で俺達はまたパーク内をうろついた。例の奇妙なマスコット『にゃんふらわあ』が来場者に愛想を振りまいているのが見えたりするが、やはりどう見ても俺にはかわいいとは思えない。皆本当にアレをかわいいと思ってるのだろうか?


 などと言っている間に俺達の行く先に一軒の古ぼけた洋館が見えた。もちろん古ぼけて見える様に作られているだけで中身は最新鋭のホラーハウスだ。ココで男の考える事と言えば決まっている。

 


(男+女の子)×ホラーハウス=女の子が抱き着いて来るかも


 男って、何とバカな生き物なんだろう。だが、逆も真なりで、女の子からすれば


(女の子+男)×ホラーハウス=怯えたふりをして抱き着くチャンス



 と言う等式も成り立つ訳だ。もっとも現在の状況を加味すると、女の子でそんな事を考えているのは由美ちゃんだけだろうけど。


 男達は俄然盛り上がった。


「おい、エスケープ・フロム・レジデンス・オブ・ゾンビだってよ!」


「テレビでやってたよな。『君は生きてこの館を出る事が出来るか?』って」


 バカみたいに長いタイトルだな、名付けたヤツのセンスを疑うぜ。それにアトラクションなんだから生きて出られるに決まってるだろうが。もし生きて出られなかったら大騒ぎになるわ。

などと俺が思っていると、男共はココで女の子に格好良いところを見せようと企んでいるのだろう、一方的に話を進めようとしてやがる。


「まず男女ペアになってだな……」


「おう、それでちょっと時間開けてスタートしようぜ」


 おいおい、そこまであからさまにやりますか。これだから女に飢えてるヤツは……って俺も他人の事は言えないか。って言うか、女の子の方も意外と乗り気だぞ。だが岩橋さんだけは不安そうだ。


「岩橋さん、怖いの? 大丈夫?」


 思わず聞いてしまったが、バカか俺は。そんなモン、聞くまでも無いだろうが。


「うん……正直怖いけど……続けて私だけ逃げる訳にもいかないから……」


 岩橋さんは俺のバカな質問に震える声で答えた。そうか。なら、俺に出来る事はただ一つ。少しでも岩橋さんに襲いかかる恐怖を減らしてあげる事だ。


「大丈夫、俺が付いてるから」


 俺が付いていたところで何にもならないだろうとは思うが、それぐらいの事しか言えなかった。そんな俺と岩橋さんを蚊帳の外にペア組みとスタートする順番がいつの間にか決められ、俺と岩橋さんは最後から二番目にスタートする事になっていた。

 ちなみに和彦と由美ちゃんが一番最後だ。これはまあ、二人でイチャイチャしながらゆっくり来てくれって言うアイツ等なりの気遣いなんだろうな。



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