第19話 観覧車は高所恐怖症にとっては最強の絶叫マシーンでもあると思う
ドキドキしている俺が見ている中、岩橋さんはゴンドラに足をかけ、乗り込んだ。さあ、ドコに座るんだ?
岩橋さんが座ったのは窓側の奥だった! これは隣に座れという事か? それとも電車の乗車マナーみたいに単に先に乗ったから奥に詰めただけなのか?
悩んでいる時間は無い。ゴンドラは待ってくれないのだ。俺は急いで足を踏み出した。
結局俺が座ったのは難易度が一番低い①だった。ああ、情けない。だが観覧車が一周するまでにせめて②ぐらいには移動したいものだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、岩橋さんは高い所から見るGSJの景色に歓声を上げている。もちろん俺は景色を見るふりをして岩橋さんばかりを見ていた。
「綺麗ね」
「うん、そうだね(岩橋さんがね)」
その程度の返事しか出来無い俺に、千載一遇のチャンスが到来した。GSJは海を埋め立てた人工島にある。ゴンドラの高度が上がると海が見えるのだ。
「あっ、ほら加藤君、船が見えるよ!」
外の景色を見ながら岩橋さんが言った。あらためて言うが、岩橋さんが座っているのは扉の奥側、俺が座っているのは手前側だ。つまり、俺の位置からでは船は見え無い。岩橋さんの正面に移動するのは今だ!
「どれどれ?」
俺は思い切って腰を浮かして奥の方へ、岩橋さんの正面へ座り直した。
「ほら、あそこ」
岩橋さんが指差したのは何て事の無い貨物船だった。だが、それは俺には豪華客船よりも輝いて見えたのは言うまでも無い。
岩橋さんの正面に座ったのは嬉しいが、一つ困った事があった。
それは向かい合って座る俺と岩橋さんを遮る物が無く、窓の方を向いても視界の隅に入る彼女の胸元が気になって仕方が無い事だ。なにしろ岩橋さんが着ているのは夏物の白いワンピースだ。襟ぐりがかなり空いているデザインなので、少し前屈みになると胸元が非常に無防備になるのだ。あっ、また白いレースがチラっと見えた様な気がするぞ。アレって、やっぱりブラジャーだよな……
などと邪な事を考えている俺と純粋に景色を楽しむ岩橋さんを乗せたゴンドラが頂点に差し掛かろうとした時だった。
「加藤君、高い所、大丈夫みたいだね」
岩橋さんが俺の方を向いて言った。
しまった! そういう名目で俺は絶叫マシーンを辞退したんだっけ。まさか今になってその事を岩橋さんに突っ込まれるとは……少しは高い所を怖がる演技をするべきだったか。これじゃ俺が嘘をついてまで岩橋さんと一緒に居たいって事がバレバレじゃないか!
恥ずかしくなって俯いてしまった俺だったが、岩橋さんは嬉しそうな声で更に言った。
「絶叫マシーンに乗ろうって話になった時、私、怖そうな顔をしてたんでしょ? それであんな嘘ついてまで私を助けてくれたんだよね。ありがとう、加藤君」
岩橋さんの言った事は三分の一だけ正解だ。
確かにあの時俺は岩橋さんの顔が曇った様に思ってあんな行動に出た。だがそれは岩橋さんが絶叫マシーンに乗らなくて済む為だけでは無く、岩橋さんと二人になれるかもと言う俺の願望を叶える為でもあったのだから。もっとも念願叶って二人になったところで根性無しの俺には何も出来無いんだけどな。
岩橋さんの言葉に俺が顔を上げると、岩橋さんが何かモジモジしている様に見えた。コレってもしかして俺の好意が伝わったって事じゃないのか? だとしたら今は……チャンスだ。
「あの……岩橋さん……」
「……はい」
俺が恐る恐る岩橋さんの名を呼び、岩橋さんが俺の呼びかけに応えた時、雰囲気をぶち壊す様にスマホの着信メロディが流れた。
「加藤君、電話鳴ってるよ。きっと谷本君じゃないかな?」
和彦には悪いが今は放置して、後でかけ直そうと思ったのだが、岩橋さんに言われてしまった以上そういう訳にもいかない。スマホをポケットから取り出して電話に出ると、やはり電話をかけてきたのは和彦だった。
「おう明男、邪魔して悪いな。今、何やってんだ?」
いや、本当にタイミング最悪だよ。でも、これで良かったのかもしれない。名前(とは言っても名字だが)を呼んだものの、あの後何て言えば良いかわからないもんな。まさかいきなり「好きです」なんて言う訳にもいかないだろうし。
「ああ、今観覧車乗ってる。もう天辺超えたから、あと十分ぐらいじゃねーかな」
俺の言葉に和彦は驚きの声を上げた。
「観覧車って、お前高いトコ、ダメじゃねーか。大丈夫なのか?」
岩橋さんには秘密だが、実は俺は本当に高いトコは苦手だったりする。和彦はそれを知っているのだ。
だが、驚きの声はすぐに冷やかしの声へと変わった。
「高所恐怖症を乗り越えて……ってか。やるじゃん」
そうだよ、その通りだよ。まあ正直言って岩橋さんばっかり見ていて、自分が高いトコが苦手だって事なんざ完全に頭から飛んでたけどな。
「まあ、そんなトコだ。で、どうする? ドコかで落ち合うか?」
「いや、観覧車だろ? 今からそっち向かうわ。その方がわかりやすいし、俺達が着く頃にはお前らも降りて来てんだろ」
「そっか、了解」
「まあそれまで二人っきりの世界を楽しんでくれ。んじゃ後でな」
俺が電話を切ると岩橋さんが小さな声で尋ねてきた。
「やっぱり谷本君だった?」
「うん、こっちに向かうってさ」
「そう……」
あれっ、何か岩橋さん寂しそうだぞ。コレって、俺と二人っきりじゃ無くなるのが寂しいって事なのか? いや無い無い、そんな都合の良い話は。
ともかく観覧車が一周し終えるまであと十分前後ってトコだ。残り少ない二人っきりの世界を満喫しないとな。
「ねえ、岩橋さん」
「はい」
もう一度呼びかけたのは良いものの、次の言葉が思い浮かばない。そんなうちにも観覧車は回り続け、ゴンドラはどんどん低くなっていく。
「今日は晴れて良かったね」
そんなクソつまらん事しか言えない自分に腹が立つが、岩橋さんはにっこりと口元に笑みを浮かべて「うん」と頷いてくれた。
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