第19話 親友
その夜は、母親の『アナスタシアちゃんは泊って行かないの?』という鶴の一声でアナスタシアと共々実家で眠ることとなった。残念ながらこうも田舎では風呂もなにもないためアナスタシアには不便だろうが、彼女は割と楽しそうだったので気にしないこととした。
「夕食、何が食べたいとかあるかしら?」
「帰ってきた感じがする料理が食べたい」
「一番難しい要求ね。シチューでも良いわよね?」
「良い。食べたい」
「はーい。じゃあお父さんと他の子たちにも伝えて置いて」
台所で作業をし始めた母親にそう言われて、居間にいる三人にそう伝えた。
これから自分とアナスタシアは、村の中を回ろうかと思っている。朝方騒がせたこともあるし、結婚の報告やら、帰還の報告やらをしておきたい。
アナスタシアは姉に絡まれていた。「好きな食べ物は?」や「普段の仕事では何してるの?」というよくある質問に始まり、「何の血を引いているの?」などという割と際どい質問まで及んでいる。
「姉さん。ターシャが困ってる」
「えぇー、困ってないわよ。ね、アナスタシアさん?」
「あの、私は………」
話しても埒が明かないような気がしたので、事情を話してアナスタシアを連れ出す。
取り敢えずクィンシーに挨拶に行こうと思って、街の自警団の本部───と言っても名ばかりで普通の家なのだが───に向かった。
本部の中に入ると、数人が休憩中のようで、エールを片手に歓談していた。この村の成人済みの飲み物は大体が酒だ。他の飲料よりも需要が高いため優先的に作られるようになり、そのせいで逆に良く飲まれるようになっている。
「おぉ、ウィラードじゃないか!誰かクィンシーを呼んで来い!あいつ今奥で作業してっから!」
自警団の中でも特に年の行った爺さんが、酒の入った赤い顔でそう言った。声が大きく、吐く息もどこか酒臭い。これが懐かしい光景になってしまっているのが残念だ。
アナスタシアにとっては新鮮なのだろう。直ぐ見ただけでは分からないが、楽しそうに顔を輝かせていた。
「さっきぶりだな、ウィラード。家族への話は済んだのか?」
ほどなくしてクィンシーが家の奥から現れる。獣の解体でもしていたのだろうか。革製の前掛けを付けており、それが血で赤く染まっていた。
「まぁ、大体は済ませて来た」
「そりゃあ良かった。それで、何か飲むか?………って言っても、ここにはエールしか置いてないんだがな」
「遠慮しておく。アナスタシアはどうする?」
「私もいりません」
アナスタシアが小さく首を振る。
そんなアナスタシアを見てクィンシーは感慨深そうに溜息を吐いた。
「本当に美人で良い奥さんを捕まえて来たなぁ、ウィラード」
「捕まえて来れたかどうかは微妙だけどな」
クィンシーに連れられ、家の奥へと進む。
「あー、アナスタシアさんだっけか?は獣が捌かれてるのは見て大丈夫か?」
「えぇ、特に問題はありません」
何を見せるつもりなのかと思ったが、連れられて行って判明した。純粋に解体途中の魔物が居て、手早く捌かないと劣化するから急いでいるだけだった。
後で話すでも良いと言ったのだが、どうやら直ぐに話したかったらしく、クィンシーが作業をしながらの雑談となった。
家族にもした一連の話をクィンシーにもする。しかしこちらはどちらかという愚痴交じりだ。
小さい頃から家族には言えないようなことを良く聞いてもらっていた。面倒見が良いクィンシーの性格からして、聞き手に丁度良かったためだ。適当な相槌を打ちながら耳を傾けてくれる。
話し終える頃には、今まで溜まっていた鬱憤が晴れたような気がして気分が良くなっていた。
「お前も苦労してきたんだな」
「あぁ、本当に酷いものだった。王国は」
「お疲れ様」
その後クィンシーの話を少し聞き、近況報告などを終えて、アナスタシアに話を振ろうとしたのだが。
「…………どうした?」
眉を潜めるとまではいかないが、少し寂しそうな空気で座っているアナスタシア。色々な感情が混ざっていて読み取れない。
「いえ。ウィルがそこまで愚痴を言う性格だったということを知らなかったので、驚きと、悔しさと、あとは何で私に言ってくれなかったのかという嫉妬がせめぎ合っています」
「おーおー、ウィラード愛されてんなぁ」
クィンシーが柔い笑顔を浮かべる。
小さい頃から良く見せていた笑みだ。
「アナスタシアさん。きっとウィラードはあんまり素直じゃないと思うんだが、大事にしてやってくれ。これでも長年一緒にいたからそいつのことは分かってるつもりだが、そんなに悪い奴じゃない」
「『そんなに』とはなんだ、『そんなに』とは」
「どちらかというと私の方が追いかけている側なので、大丈夫です。それに、彼が素敵な人だと言うことは知っていますので」
自分の言葉を無視して二人の話が進んで行く。俺の帰郷のはずなのだが。
「おぉ、そりゃあ良かった。こいつの将来は心配だったんだよ。一人で生きていけんのかってぐらい落ち着いた奴だったし、急に勇者として連れ去られるし、手紙も寄こさねぇし。最後のは、寄こせなかったって今になって分かったけどもが」
心配をかけていたのだろう。自分だってまさか自分が勇者として選ばれるなどとは思っていなかったこともあり、この村を出るときに家族以外には殆ど挨拶もしないで出発してしまった。王国の使者が急いでいたというのもあったのだが。
なんとなく居心地が悪くなって、視線を逸らす。クィンシーがまた笑った。
「まぁ、元気そうでよかったよ。まさか魔王の旦那になってるとは思わなかったが。ぱっとしねぇ王国の勇者からだととんだ昇進じゃねえのか」
「そうだな」
アナスタシアの機嫌を悪くしないように今後は愚痴も話すようにしようと密かに誓いながら、幼少期の親友との話を終えた。
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