第18話 割と接しやすい魔王

 実家の様子は殆ど変わっていなかった。畑で育てられている物が増えている程度で、他に変化は見られない。

 両親に連れられるまま、家の中へと入る。相変わらず無表情のアナスタシアではあったが、新しい物に囲まれて興味深く周囲を伺っているのが分かった。元より少ない口数が更に少なくなっている所にしても、姿勢よく近寄りがたい空気を醸し出している所にしても、その様子は借りてきた猫そのものだ。


 母親が家の奥にある台所へと消えて行って、父親に食卓に座るように促される。


「それで、ウィラードは結婚したのか」

「あぁ。ほんの少し前に」

「…………勇者をしていると、聞いていたつもりだったんだが」

「まぁ、間違っていない」


 一体どこから話したものか。そもそもアナスタシアが魔王をしていることも話さないといけないわけで。


 母親が戻って来て、弟や姉も食卓に着く。席が一つ足りなかったので椅子を違う部屋から持ってきて、弟をそれに座らせた。


「まずは紹介をさせてくれ。説明はその後で」

「分かった」

「この人が、俺の奥さんのアナスタシア。どんな人かは後で話す」


 隣に座ったアナスタシアが、綺麗な所作で頭を下げる。弟は居心地が悪いのか顔を逸らし、姉はアナスタシアの美しさに顔を輝かせていた。


「ターシャ。この人たちが俺の両新で、ジスランとザーラだ。で、弟のアルバーノと姉のレギーナ」

「よろしくおねがいしますね、アナスタシアさん」


 母親がにこにこと笑顔で言う。アナスタシアも小さな声で「お願いします」と呟いていた。柄にもなく緊張しているのかもしれない。


「それで、説明っていうのは」


 アルバーノが耐えきれなかったように話を促してくる。話が長くなりそうだったので母親が飲み物として出してくれた玉蜀黍とうもろこし茶を一度口に含んでから、口を開いた。


「まずはこの家を出てから。この家を出て直ぐは別に警戒も何も────………」


 空気を深刻にしたくなくて話すのだが、どうにも上手く行かない。途中から愚痴を言うような形にはなってしまったが、家族が気にしている様子はなかった。


 なるべく同情されたくなくて言葉を選んで話した。王国での訓練に関しても、実際の旅路に関しても。弟と姉は旅の話に目を輝かせていたが、父親は何故俺がそこまで急行で旅に出たかの理由に感づいたらしく、複雑な表情だった。


 それで、魔族領に着いてからの話は、まぁ、とても話しにくかったが気合で羞恥心は誤魔化した。親の前で恋愛の話をすることほど気恥ずかしいことはない。しかもその内容が『アナスタシアに一目惚れされた』という内容のものであったため、より一層に。

 事実姉はかなり訝し気な表情をしていた。自分としても信じられない話だと思う。彼女の反応を見て逆に安心した。


「それで、人族と魔族が戦争を止めて、お前さんは魔王であるアナスタシアさんにお嫁に来てもらったってことかい?」


 俺が話し終わった後に、母親が驚いたように反復する。その通りなのだが、言葉にされると恥ずかしい物がある。


「最初に『魔王です』って紹介するのもどうかと思ったから言わなかったが、アナスタシアは今現在魔族領で魔王をしている」

「……………ほへぇ」


 母親から、何とも気の抜けた返事が返ってくる。姉は未だに信じていなさそうで、弟に至っては無表情だ。父親は眉を下げていた。


「アナスタシアさん、ウィラードの話は本当なのか?」


 父親が静かに問う。


「えぇ。魔王をさせていただいています、アナスタシアです。今日は息子さんを頂きたくて、こちらに来ました」

「頂くってなんだ頂くって」


 そんな挨拶をされると思っていなくて、思わず突っ込みを入れた。


「え、あれ、何か違いましたか?」

「………素だったのか?」

「え?」


 アナスタシアが恥ずかしそうに視線を逸らす。「父上がそう言えって言ってたんです、父上が………」と言い訳がましく繰り返していた。確かに怖いものなしの先代魔王ならしかねないが。


「………魔王って言ったらもう少し近寄りがたいもんだと思ってんだが、そうでもないのか?」


 そんな自分たちのやり取りを前にして、父親がそう呟く。


「俺も最初はもっと近寄りがたいと思ってたから、父さんの認識は間違ってない。ただ、魔王の家系っていうのは代々猪突猛進らしいから、何とも言えない」

「猪突猛進は父上だけです」

「俺はまさか戦場でしかも初対面で旦那にされるとは思ってなかったんだが」


 俺の言葉にアナスタシアが口を噤んだ。

 アナスタシアは頭の回転は速いのだが、それで言い訳できる範囲を超えた行動を取っているせいで言葉に詰まることが多々ある。不貞腐れるアナスタシアを見るのは割と楽しい。


「仲がいいのね。出会ったのはいつ?」

「俺が魔族領に踏み込んだあたりだから、十五日前ぐらいだと思う」

「雰囲気が夫婦なのはなぜかしら」

「この十五日間殆ど一緒にいたからだろ」


 朝食も夕食も一緒に取り、話せるときはずっと話してたような気がする。その食事の時間に関しても、ゆっくりと時間をかけて食事を摂る様式の事が多く、話が盛り上がって話し続けていることも多かった。

 単純な時間で言ったらそこまで長くは無いもかもしれないが………。密度だけで言えばそこまで希薄ではないだろう。


「………仕事の時は一緒ではありませんでしたが」


 と、思っていたのだが。アナスタシアは不満を漏らす。


「なるべく一緒にいた」

「私は寂しかったのですが?」

「…………それ俺の家族の前でやるか?」

「あ、いえ、その…………」


 アナスタシアの耳が薄く赤に染まっている。それを見て姉は満面の笑みを浮かべた。気恥ずかしいことこの上ない。


「本当に、仲がいいのね。ウィルがそこまで恋愛に興味を出すとは思ってもいなかったわ」

「姉さん、止めてくれ」

「だってそうでしょう?私は素直に嬉しいわよ」


 その後は、母親が夕食を作り始めるまで、家族五人とアナスタシアとで話し込んだ。最初は緊張していたアナスタシアだったが揶揄われるうちに慣れて来たのか、最後には楽し気に話していた。家族も彼女が魔王だということは全く気にしていないらしい。

 取り敢えず彼女が家族に受け入れられたようで良かった。まさか家族が魔族を忌み嫌うばかりに彼女の事を排斥するなどとは思ってもいなかったが、ここまで打ち解けられるかどうかには不安が残っていた。蓋を開けてみれば、家族の距離の詰め方が強引すぎてアナスタシアが少し心配になるほどだったが。


 こうして、アナスタシアは我が家に受け入れられた。

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