第17話 帰省
自分で言っておいて恥ずかしかったのか、アナスタシアは顔を見せてくれなかった。
「私も、ウィルからの愛の言葉を要求しても良いですか」
少しの沈黙の後、アナスタシアがそんなことを言う。逡巡して、口を開いた。
「まだ自分の中で整理がついていないから、これが恋愛感情なのかは分からない。それでも、ターシャといると落ち着くし、楽しい」
「………その言葉が聞けただけでとても嬉しいです」
アナスタシアに抱えられた状態で空を飛ぶ。前回俺が息をしづらそうにしていたのを覚えていてくれたのか、速度は出ているのに風は感じなかった。
少しして、森を超えて町が見えて来る。体勢的に下を見ることが難しかったが、王都に近づいたということは分かった。
「どの方角に進めばいいですか?」
「王都からは北西に真っ直ぐだから、ここからだったら来たに進めば良いと思う」
「分かりました」
アナスタシアがスピードを上げる。真っ直ぐ前を向く彼女の真剣な表情を眺めながら、家族の事を思い出していた。
勇者として王都に連れられてからは、家族とは殆ど会っていない。家族の方には勇者として大切に扱われていると伝えられているらしく、積極的に連絡を取ってくれなかったのだ。家族の行動が優しさからくるものだとは分かっていたものの、恨まざるを得なかった。
自分から連絡を取ることも許されていなかった。というより、言いたいことが言えなかった。どれだけ苦労しているかを公表することは禁じられていて、手紙の内容は校閲され、酷い時には『上手く行っています』という内容を代筆されて送らされた。
と考えると、家族たちは未だに自分が魔族と闘っていると思っているのかもしれない。人族の情報網は魔族ほど迅速ではない。そうであればアナスタシアを連れて行くことは問題だが…………。
自分の家族の性格なら、例えアナスタシアが魔王であることを知らせたとて気にしないような気はした。
「どうですか、ウィルの話ではそろそろだと思うのですが」
「…………少し待って欲しい」
上空からの景色では良く分からない。自分が実家に行けなくなってから随分と経っていたし、変わった部分も多くあるだろう。
「ここで一旦下に降りてみても良いか?そっちの方が分かると思う」
「分かりました」
アナスタシアが地上に降りて行く。場所は街道の傍にある町だ。そこまで大きくはないのだが、活気はあった。町中に降り立ったわけではなく少し離れた場所に降り立ったため、誰かから見られて騒がれるということはない。
周囲を見てみれば、見慣れた景色だった。村で暮らしていたころに、買い出しや肉を売るときに訪れていた町だ。
「向こうだ」
指さしながらそう言うと、アナスタシアにもう一度抱き上げられる。そのまま宙へと浮き上がって、自分が指さした方向へと空中を飛んで行った。
直ぐに目的の村は見えて来た。小さい頃に町へと向かうのに時間が掛かっていたことを考えると、ここまで近かったのかと拍子抜けだった。空を飛べることがここまで便利だとは。
村の入口へと降り立つ。村の周囲には、貧相ではあるが人の身長の二倍ほどの柵が張り巡らされていて、唯一の入り口である門は普段固く閉められている。今回はその内側に降り立った。
アナスタシアが降り立つ光景を見ていた村人の一人が驚いて声を上げて逃げて行く。弁明の暇もなかった。
「どうしたのでしょう?」
「多分、空から侵入されるのは初めてだったからだと思う。それかアナスタシアの容姿が整いすぎているから、人外か何かかと思ったか」
「…………人外ではありますが」
「ごめん、言い方が悪かった」
「いえ」
直ぐに、焦った様子の自警団がこちらへと駆けて来た。先ほど自分たちを見て逃げて行った一人も後ろからついてきている。
そして、俺の存在に気が付いて目を丸くした。
「ウィラードじゃないか!おい、お前、ウィラードの家族を呼んで来い!」
自警団の長らしき人物、良く見てみれば幼少期に一緒に過ごすことが多かったクィンシーだった。
昔から腕っぷしは強かったが、まさか団長にまでなっているとは。
「久しぶりだな、クィンシー。やっと戻って来れた」
「あぁ、待ってた」
クィンシーが、近寄って来てばんばんと背中を叩いて来る。痛いと文句を言おうとして見れば、その瞳には若干涙が浮かんでいた。
そうしていると、村の奥の方から誰かが駆けて来た。
「兄ちゃん!」
弟のアルバーノだった。アルバーノ飛び込んできて、力強く抱き着かれる。俺よりも身長が高く筋肉質なせいで息苦しい。
アルバーノ後ろからは続々と家族が集まってきていた。姉に、母親に、父親。久しぶりに見る姿に懐かしさが込み上げて来る。
「お帰り、ウィラード」
「ただいま」
家族全員と抱擁を交わした。特に父親は普段は中々涙を見せないというのに珍しく涙目になっていた。
ここまで来て、やっと実家に帰ってきたという実感が湧いて来る。
「それで、その方は?」
父親が涙目のままそう聞いて来る。その視線の先には、所在なさそうにしているアナスタシアの姿があった。
「俺の、奥さん。アナスタシア」
「へぇ、ウィル結婚したんだね」
姉が感慨深そうにそう呟く。母親もアナスタシアに頭を下げていた。アナスタシアも頭を下げ返す。
「取り敢えず家の中で話すでも良いか?」
「あぁ、そうしよう」
父親が、クィンシーと同じように背中を叩いて来る。痛いのだが。
文句を言おうとすると、それよりも先に父親が「良く帰ってきた」と小さな声で言った。何とも言えなくなって、適当に返事をした。
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