第9話 朝食

 翌朝の食事は、食堂へと案内された。ただ食堂とはいえども、どちらかと言えば高級料理店か何かのような雰囲気だった。魔族らしき者は何人かいるが騒がしくなるような雰囲気ではない。


「食事される場合はこの場所を使っていただきます」


 ルカがそう言って椅子を引いてくれる。この待遇には慣れないが、何となく断ることもできずに腰を下ろした。


「では、直ぐ食事をお運びいたしますので」

「ありがとうございます」


 昨日の夕食を思い出してまだ見ぬ料理に思いを馳せる。高い物を食べさせてもらっているからかもしれないが、昨日の料理は本当に衝撃だった。


 直ぐに料理が運ばれてきた。自分のためにしてもらっていることがあるのに自分だけ見いてることしかできないというのは、やはりむず痒い。これも時間がたつにつれて慣れていくのだろうか。今後もこれが続くのかと思うと少し怖かった。魔族の人々になじんできたら、また違う方向に慣れるのかもしれないが。


 ルカにお礼を言って、食膳の祈りをし、食事に手を伸ばそうとしたところで食堂にアナスタシアが現れた。後ろには侍女が付いてきている。


「間に合いましたね。良かった。食事を共にとらせていただこうと思いまして。よろしいですか?」

「ああ」


 人の目があるところでアナスタシアに敬語を使わずに話すのは少し神経がいる。胸の奥に違和感があった。変に緊張してしまっている。


「なるべく時間は取りたいと思うのですが、どうしても忙しくて。………すいません、言い訳ばかりで」

「大丈夫だ。一緒にいる時間を作ってくれるだけありがたい」

「そう言っていただけると嬉しいです」


 アナスタシアが俺の正面の席に座る。そのまま綺麗な所作で食事を始めた。急に自分の作法が気になってきたが、いくら気を遣ってもアナスタシアに追いつけるような気がしなかった。彼女と同じように上品に食事をする自分を想像して、あまりの場違い感に若干落ち込む。


「………ああ、そう言えば」

「なんですか?」


 食事に手を付ける前に、アナスタシアに聞きたいことがあった。今後の予定の事だ。昨日の夜に、今日から自分は何もしなくてもいいと言われている。だが、何もしないで過ごしているのはやはり辛い。自分は貴族ではないし、純粋にそういう扱いに慣れていなかった。


「何かしらの仕事をしたいと思っているんだが、どうだろうか」

「ウィルは仕事などしていなくても良いのですが………」

「ターシャに何か不都合があるのであれば止めるが、勇者がどうのこうのと考えているのだったら気にしなくていい。俺はもとは平民だったし、何なら何もしないでいる方が辛い」


 返答を聞いて、アナスタシアが考え込む。その間に自分は飲み物を流し込んだ。


「………ウィルに割り振れるような仕事が想像つかないので、探しておきます」

「新人を募集している場所があれば、採用試験からでもいいとは思っている」

「それならば、そうですね。もしかしたらあるかもしれないです」

「ありがとう」


 珍しく食い下がったからかアナスタシアが少し驚いた顔をしていたが、自分にとっては大事なことだったから話が通ってよかった。


 改めて朝食に手を伸ばす。食事の内容としては、ポトフ、パンに肉や野菜を挟んだもの、そしてチーズのような乳製品だった。


 パンを口に運ぶ。肉には塩味が効いていて、燻製のような独特の深みもある。野菜に苦みは少なく全体の味を邪魔していない。パンは、今まで食べたものの中で一番柔らかかった。酸味が少なく、丁度よく焼けていて歯切れがいい。


 ここまで旨い食事を食べさせられてしまうと、そろそろ人族の生活には戻れなくなりそうだ。親や兄弟たちなど、故郷に残してきた人たちはいるというのに。


 そう幸せな気分で食事をしていたのだが、アナスタシアの目に気が付いた。相変わらず無表情だが、優しい視線でこちらを見ている。


「………どうした?」


 口の中のものを呑み込んでから質問をする。彼女の口元が若干緩んだような気がした。


「いえ、美味しそうに食べるなと思ってみていただけです」

「顔に出てたか?」

「そうではないですよ。あの、一度言いましたが、人の感情を読むことは慣れているので………」


 嫌ですよね、という少し落ち込んだような雰囲気で、アナスタシアが目を伏せる。言いようのない気まずさに襲われながら首を振った。


「嫌ではない。完全に感情を除かれているわけでもないし、知られて不味いことは考えてないからな」

「なら良かったです」


 アナスタシアが一気に安堵感があふれ出させて微笑んだ、という幻想を見た。その程度には彼女の感情が読めるようになってきた気がする。最初は無表情だとしか思わなかったが、感情の機微がかなり顔や口調に現れていることが分かるようになってきた。


「それに、食事が旨いと思ってたのは事実だ」


 昨日の夜の食事の感動も含めて、アナスタシアに伝えるために挙げ連ねていく。人族陣営にいるときには食べたことのない食事、見たことのない食材、信じられない旨さ。あのときの感動が大き過ぎて、もはや良い思い出となってしまったような気さえした。


 そうして食事の素晴らしさを伝えていたのだが。いつの間にかアナスタシアの視線が微笑ましいものを見るようなものに変わっていて、動きを止める。


「嬉しいです。私が作ったものではないですが、人族の方で魔族に対して偏見なしに物事を伝えてくれる人は貴重ですから」

「人族に食事でもふるまう機会があったのか?」

「ええ、私が実際に目にしたのは一度だけですが。迷い込んでいた人族の方に。かなりご立腹な様子で帰っていきましたね」

「なんか、その、すまん」

「いえ。私たちは怒っているわけではありませんし、責任に思うべきなのはウィルではありません」


 確かに、森の中で行方不明になった人が数日後に帰ってくるという話は聞かなくもない。もしそれが魔族に助けられて助かった命だとしても、それを声高に話せるような人はいないだろう。反魔族主義者であれば恥に思うだろうし、そうでなかったとしても魔族の美談を下手に話してしまえば肩身が狭くなってしまう。


 もし今回の魔族と人族の和平が上手く行っているのであれば、種族間の確執は少なくなるのだろうか。それこそ魔族と人族の子どもなんかも増えてくるかもしれない。


 その後も食事をしながら、歓談を続けた。今力を入れていることを詳しく話を聞いてみれば、人族側と反対にある森の方面の開発に力を入れているということを教えてくれた。木を伐りすぎると精霊が腹を立てるため速度は遅いが、森の中に調和するような建物をいくつか建てる予定なのだという。


目を輝かせて話すアナスタシアを見るのは楽しかった。

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