第7話 面と向かって

「やはり時間を空けてから執り行うことになりました」

「まあ、そうだよな」

「ええ。幹部とも相談してみたのですが、直ぐにというのは厳しいだろうと」


 そもそも直ぐに結婚しようとしていた魔王にも若干驚きを隠せないのだが。まあ、それはそれとして置いておこう。


「俺が勇者だってことは伝わってるのか?」

「伝えました。かなり驚いていましたね」

「だろうな」


 幹部からしても、急にそんなことを言われたら困惑するしかないだろう。関わっているどころか原因の一端を担っている自分にしてみても、同情することしかできないのだが。アナスタシアの決意が固い上に、純粋な力量差の問題としてアナスタシアには逆らえない。


 少し前だったら想像もできなかっただろう。魔王に求婚されて魔王城の中でくつろいでいるこの現状などは。あまりにも稀有すぎる。


「それで、明日からの予定なのですが、特に決まっていないのでウィルは自由にしていただいて大丈夫です」

「……大丈夫なのか?」

「ええ、なるべく部屋に引きこもるようなことは避けて欲しくはありますが、ウィルにしていただかなければならないことは特にありませんから」


 確かに部屋に籠りきりでは、直ぐに結婚するにしても時間をかけてから結婚するにしても、あまり状況が変わらなくなってしまう。ならば外に出て少しでも人の目に触れていた方が良いのだろう。


「私はこれから少し忙しくなりそうです。できればウィルに魔族領の案内などをしておきたかったのですが、すいません」

「まあ、一人で行かせてもらうかもしれないが、案内してもらうのを楽しみにはしておく」

「…………ありがとうございます」


 実際、魔族領の中を探検するのは楽しみだった。当然のことだが、今までは人族に結構な目に合わされてきたから人族にはあまり良い印象がない。だからこそ、魔族の方に助けを求めたい気分にすらなっていた。アナスタシアからは今のところ好意的な行動しかされていないから、どうしても。料理やら魔王城やらの印象が良かったことも随分とあるが。


 こうしていると、自分が捕虜も同然だということを忘れてしまう。本来であれば、敵陣営に強引に捕らえられているという状況なはずなのだが。


「それと、あの」


 若干の躊躇いと共に、アナスタシアに切り出される。自信なさげにしている様子が少し新鮮で面食らってしまい、思わず姿勢を正した。


「少し謝りたいと思っていました」

「………何を?」


 謝りたい、とは。反射的に質問を返してしまった。想像が付かない。


「今までの私の行動は、かなり落着きを欠いていたので。ウィルにも何度も迷惑をかけていますし…………。自分でも、何故か制御が付かなくて」


 続く言葉を聞いてこちらが口を開こうとすると、それを視線で制してアナスタシアが話を続ける。


「普段であれば、こんなことはないのですが。あなたの意思も聞かずに身勝手に連れて帰って。本当に、申し訳ないと思っています」


 そのまま、アナスタシアが頭を下げる。確かにこの人の性格を考えれば不思議な話ではないのだが、一つの種族を代表する地位の者がこうも簡単に下手に出られるというのは、そうそうない話だった。慌てればいいのか感心すればいいのかも分からず固まっていると、アナスタシアが顔を上げた。


 真っ直ぐな瞳だった。


「ただ、すいません、多分もう手放せないです」


 一瞬で心臓が脈打つのを感じた。


「…………そもそも、俺が迷惑だとは思っていないと言ったら?」


 一瞬感じた感情を押し殺すように、声を落として問う。鼓動が少し耳にうるさいが、煩わしい程度で無視できなくもなかった。息が震えそうになるのを堪える。


「確かに急にこんな状況になって驚いている。それは確かだ。でも、それが謝ってほしいということじゃない」

「………どういうことですか?」


 アナスタシアのように、言葉を選びながら話す。ゆっくりと話しても、彼女ならば聞いてくれるような気がした。


そしてその思いはきっと、正しい。アナスタシアの瞳は未だにこちらを見据えている。


「もしあそこでアナスタシアが俺に話しかけてなかったら、きっと俺はもう死んでいる。そもそも急ごしらえだった自分が、魔王であるターシャに勝てるわけがない。それに、もし逃げ帰ったとしても待ってるのは地獄だけだ。俺は進んで訓練をしていたわけでもないし、全員が全員に望まれて勇者になったわけでもない」


 アナスタシアを説得するための少しの誇張はあったとしても、全て自分の本心だった。今まで過ごしてきた日々は、それ相応に辛い生活だった。一般人だった自分が勇者のためにと用意されている訓練に着いて行けるわけがない。毎日が比喩でも何でもなく、地獄だった。それでも必死に耐えた。それが自分に望まれていることだと思ったから。


 ただまあ、それも勘違いだった。一月ほどの訓練を耐え抜き、初めて国王に謁見させられたときに、向けられた視線は蔑視だった。


「あなたが取った行動が正しいものかは分からないが、俺がそれに救われていることは確かだ。あなたが取るべき行動は、俺に対して謝ることじゃない」


 強く言い切る。沈黙が部屋の中に鎮座した。アナスタシアの瞳が若干ぶれて、段々と俯いていく。


「…………ありがとうございます」


 少し揺れた声で、彼女は言った。

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