第6話 食事とその後の出来事

誠に勝手ながら、全体にかなりの修正を入れさせていただきました。以前からの読者の方は話の辻褄が合わない可能性がございます。申し訳ございません。


※※※


 目を覚ますと、日が暮れる少し前だった。窓からの景色さえ考え込まれているのか、遠くで綺麗に輝く夕日が部屋の中にまで差し込んでいた。ぼんやりと、その窓からの景色を眺める。


 腹が鳴って、空腹感に気が付いた。思い返せば今朝から何も食べていない。それを思い出すと急速に何かが食べたくなった。


「失礼します。お食事をお持ちいたしました」

「ありがとうございます」


 丁度よく使用人の女性が来てくれた。部屋の中の一際大きな机の上に、食事が並べられていく。中には見たことがない物もあったが、どれも旨そうだ。


「本来であれば食卓をご使用いただくのですが、このような形となってしまい申し訳ありません。以後このようなことがないよう、誠心誠意気を付けてまいります」

「大丈夫です。食事を頂けるだけありがたいですし、かなり上等な部屋まで用意していただいているので」

「………ありがとうございます」


 一応食事中は部屋の中に待機してくれるらしく、使用人の女性が入り口付近にそっと立った。少し気になるが、それを察してか視線を逸らしていてくれるので、そこまで酷く緊張するわけでもなかった。


 久しぶりのマナーに気を付けなければならない場で時々動きは止まるものの、文化の違いで困ることはあまりなかった。人族よりも若干豪快な一面のある料理だったが、だからと言って洗練されていないわけではない。何なら今まで高い飯を殆ど食べてこなかった自分には、人生で食べてきた食事の中で一番だと感じるほどだ。


 こういう格式ばった料理では、基本的には食べ切れない量の料理が用意されている。こと魔族に関しては、何の血を引いているかによって体質が随分と変わる。外見は人族と同じことが多いとはいえ、食事量などはかなり影響を受けるだろう。となれば、種族も知れ渡っていないだろう自分の食事の量が多いことにも納得がいく。


 想像以上の旨さに思ったより食べてしまったらしく、度を超える満腹感に息を吐く。ただ、どちらかというと苦しさよりも幸福感が勝っていた。そのまま飲み物に手を伸ばす。


「お下げいたします」

「何から何までありがとうございます」


 使用人の女性が食器類を下げていくのを、どんな顔をしてみていればいいかも分からず、視線を落とした。やはり完璧なお辞儀で部屋を退出する女性に会釈をして、体から力を抜いた。


「旨かった………」


 そう。人の目があったから表には出さなかったが、内心は感嘆の叫びをあげたいほどの気分だったのだ。


 肉は少し噛み応えがあったが、塩と胡椒の素朴な味付けが素材の味を引き立てていた。歯ごたえも、あったからこそあの感動だったのではないかと思えるほどの調和度合いだった。疲れていたことも効いてか、信じられないほど旨かった。


 語るべくは肉だけではなかったのだが、どうしてもあの肉が忘れられない。出された料理は全てこの世のものとは思えない旨さだったのにも関わらず。もはや泣きそうだ。


 そうして、感動に浸っていたのだが。


「…………すいません、一声かけてからが良かったですね」


 アナスタシアが若干気まずそうに顔を逸らす。どうやら、使用人の女性とすれ違いで部屋の中に入って来たらしい。「こちらこそ、気を抜いた姿をお見せしてしまい───」と若干の羞恥心を隠しながら姿勢を正す。別に見られて困るほどの失態でもないのだから恥ずかしがる必要などないのだが。


 お借りします、と断りを入れたアナスタシアが椅子に座る。


「少ししか時間が取れなかったのですが、今後の話をと思いまして」

「なるほど」


 彼女は、頭の中で文章を組み立ててから話す人なのだろうか。一つ一つの言葉の前に若干の沈黙がある。自分の発言に対する慎重さのようなものを感じて、魔王という地位の重みの片鱗を見たような気がした。


「一つだけ提案があるのですが」

「提案、ですか」

「ええ。敬語を使わないで話していただけませんか」


 こちらの困惑を感じてか、その方が都合が良いのだと色々と説明をし始めてくれた。


「このような性急な形ではありましたが、ウィルは私の婚約者です。私は敬語を好むことが広まっているのですが、ウィルはそうではないですから」


 いいですよね、と視線で問われて、思わず反射的に頷く。一応は敬語を使っていたが、本人からの許可があるならば別に常態語でもいい。


「はい───いや、了解」

「ありがとうございます」

「いや、俺としてはこっちの方が話やすいぐらいだから」


 一応フォローを入れておく。こんな細かいことで引け目に思われても困る。


 何の警戒心も抱かずにアナスタシアの事を考えている自分に気が付いて、思わず自嘲した。正直に言おう。アナスタシアにはもう既に絆されている。もともとの人族陣営にいたときの扱いがかなり酷かったからか、ここまでの待遇を与えられてしまうと警戒する気にもなれなかった。移動中に色々と話をしたこともある。


「それで、次は個人的なお願いなのですが、私のことも愛称で呼んでいただけると」

「………あー、ターシャってことで良いのか?」

「そうですね。ありがとうございます」


 人族ではアナスタシアという名前はあまりいないが、略するときはターシャだったような気がして、そう答えた。かなり薄い記憶に頼って言ったのだが、間違っていなかったようで良かった。まあ愛称は自分で勝手に作ったりもするから、そこまで気を付けることでもないのだが。


「では、本題です」

「あぁ」


 真剣な表情をしたアナスタシアが、口を開く。


「私たちの結婚式ですが───………」


 本題と言うからには人族と魔族の話だろうと思っていたが、違ったようだ。

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