第5話 慣れない好待遇

 魔王城は、想像していたよりも綺麗だった。遠目で見た際は仰々しさがあったが、こうして近くで見てみると細部まで良く作り込まれている。少し単調に思えた黒も、近付けばそんなことはない。逆に高級感さえ出ているような気がした。


「………そうして喜んでいただけると、この城の保有者として誇らしいです」


 魔王城の玄関先に入る前に、そんなことを言われる。


「顔に出ていましたか」

「私がその手のことに慣れているだけですので、気になさらないでください。もし嫌なのであれば止めますが」

「いえ、若干恥ずかしかっただけです」

「………なるほど」


 アナスタシアに促されて、魔王城の中へと入っていく。魔王の帰還は流石に大事のようで、数人の使用人らしき者たちが頭を下げて待っていた。その隣にいると、どうも場違いなような気がしてならない。敵であるはずの勇者がここにいるのだから、場違いで間違いはないのだが。


 頭を下げていた使用人たちの内の一人が、一歩前に進み出る。もう一度頭を下げてから、こちらを真っ直ぐに見据えてきた。執事服を綺麗に着こなす、白髪を湛えた初老の男性だった。瞳は薄い茶色だったが、そこに込められている信念は力強い。


「そちらの方は」

「………来客です。国賓として扱うように」

「承知いたしました」


 国賓。胃が痛い。


 アナスタシアの合図で、頭を下げていた使用人たちが後ろへと下がっていった。彼女はその号令をかける際にも『ありがとうございます、下がって大丈夫です』と感謝を添えていた。人族の王とは酷い違いがある。


「ウィル、私は少し仕事があるので来客用の部屋で待っていていただけますか」

「分かりました」

「ええ、お願いします」


 初老の男性に連れていかれて、魔王城の階段を上がっていく。


 魔王城の内装は、どこをとっても荘厳だった。ただそれは豪華絢爛だということではなくて、歴史を感じさせるような重厚感に満ちたものだった。以前抱いていたような魔族の野蛮な印象には少しも当てはまらない。


「こちらの部屋でございます。『使用人』とさえ呼んでいただければ伺いますので」

「分かりました。ありがとうございます」


 失礼いたします、と頭を下げて執事は部屋を出て行った。改めて部屋の中を見渡す。


 国賓というのは冗談でも何でもなかったらしい。一介の人間が過ごすには明らかに規模が大きすぎる。気を遣われてか部屋の中に使用人が一人もいないのだが、それが部屋の大きさを強調している。ただ、同じ部屋に知らない人がいるとくつろげないため、こうした気遣いはありがたかった。


 取り敢えず部屋の中を散策してみる。今までなじみのない、用途の分からないものもいくつか置いてあった。明らかに人族向けでないものもある。かなりの大きさがある櫛を手に取ってみながら、椅子に腰を掛けた。櫛を棚の方へと戻しておく。


 安堵感に、思わず一息吐いた。


 今日は色々なことが起こりすぎた。今までの人生に動きがなかったかと言われれば絶対にそんなことはないのだが、それにしても変化の激しい一日だった。それ相応の疲労が溜まっている。


 椅子の柔らかさも相まって、段々と意識は薄れていく。舟を漕ぐたびに薄目を開けながら、微睡みの中に意識を落とした。





「おはようございます、ウィラード様」

「…………おはようございます」


 目を覚ますと、使用人服を着た青年が頭を下げていた。どうも、頭を下げられるのは慣れない。眠気の合間に変なむずがゆさを感じながら、どうすることもできずに続く言葉を待った。


「アナスタシア様から伝言がございまして、誠に勝手ながら部屋に入らせていただきました」

「あぁ、大丈夫です。ありがとうございます」

「少し仕事が時間を取りそうなので、食事を取って置いて頂きたいとのことでした。明日の朝にはお時間が取れると仰っていたので朝食は魔王様の食卓となりますが、今日のご夕食はこの部屋に運ばせていただくこととなります」

「分かりました」


 流石に人族と魔族との和平は、一日の仕事だけで調整がつくようなことではないだろう。部下に仕事を振るだけだったとしても、数日は掛かる。それにアナスタシアの性格からして全てを投げ出すようなことはしない。


 しかしこの部屋で食事が取れるというのもありがたい話だった。誰かと食事ができるほどの気力がもう残っていない。それが少し親交のあるアナスタシアだとしても。


「ベッドメイクは致しておきましたので、ベッドもご遠慮なさらずお使いください」

「ありがとうございます。助かります」


 椅子で眠っていたのは流石にまずかったか。まあ、この椅子が座り心地が良すぎるのが悪い。それに、誰かに見られるような公共の場所でもないのだからいいだろう。使用人の青年が言ってくれたのは、純粋な好意によるものだろうが。


 失礼します、と完璧なお辞儀をして青年が部屋から出ていく。教えてくれた通り、ベッドを使わせていただくことにしよう。のそのそとベッドの方へと移動する。


 ベッドは柔らかかった。今まで王宮に留まることもなく基本的に宿屋で過ごすことが多かった。勇者とはいえども何とも言えない待遇を受けていたので、こういう質の良い環境にいられるのは随分と久しぶりだ。


 今度は微睡みの間もなく、意識は一瞬で飛んで行った。

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