第3話 示しはつかないが

 俺が一週間を掛けて必死こいて進んできた道のりは、アナスタシアからしてみれば一瞬の距離だったらしい。そして、今まで魔族が人類を攻めてこなかったのはただの魔族の慈悲だったのだろう。


 確かに、今まで勇者と魔王単体同士の戦いはあったものの全面戦争が勃発することはなかった。きっと魔族側、こと魔王からしてみれば、襲い掛かってきた勇者、もしくはその一行に対応しているだけだ。もしかしたら俺の知りえない何かしらの足枷があるのかもしれないが。


「尋常ではない警戒態勢を取られていますね」


 アナスタシアは、どういう原理で飛んでいたのかは知らないが、速度を緩めて王都の門の前に着陸した。目の前では恐怖に顔を青ざめさせた門番たちが慌てて陣形を組んでいる。


 きっと奥からは追加で兵士が送り込まれ続けているのだろう。ついでに言えば、王自身と次期勇者の座を期待されている王子様も来るだろう。なにせ、一歩間違えれば国家存続が危ぶまれる事態だ。


「魔王襲来ですから」


 そして俺はと言えば、ここ数時間の空中の旅のおかげで魔王に随分となじんできた。こちらに危害を加えるわけではないのであれば、いつまでも脅えていても仕方がない。俺の口調は敬語にした。不遜な口調のまま話し続けることもできたのだが、こちらの方が心臓への負担が少ない。


 また、アナスタシアが悪い人間はないことも分かった。話せばわかる。人畜無害だ。怒らせない限り。


「………強行突破しますか」

「いや、流石にそれは」


 嘘です怖いです。 


 ただ、アナスタシアの考えていることが何となくわかってきたのは確かだった。もともと人の顔色を窺って人生過ごしてきたようなものだ。得手不得手の問題ではなく、必要不可欠な技術だったが。


「では、どうしましょうか」

「…………まずは下ろしていただけるとありがたいです」


 腰元に回された両手が俺のことを離す気配がなかったので思わず口に出してしまった。


 そう、未だに俺はアナスタシアに抱えられたままだった。抱えられた、というのは語弊があるか。抱き着いた姿勢のままだ。アナスタシアが低身長と言うわけではないがために、抱きかかえられている自分では足が地面につかない。


「嫌だと言ったらどうしますか?」

「大人しくしがみ付いています」

「……なら、嫌です」


 一瞬の躊躇いを見せたものの、魔王アナスタシアの決心は固かった。冗談です降りたいですと肩を叩いても反応はない。


 今更ながら羞恥心に襲われる。俺は魔王に抱きかかえられたまま帰国したのか。魔王を倒すと息巻いて出発したというのに。実際は半ば追い出されたようなものだったので、特段息巻いていたわけではないのだが。


「魔王ともあられる方が何故ここまで来られたのかご説明をいただきたい!」


 そうこうしているうちに、門の内側の安全なところで護衛に囲まれた国王が声を張り上げ始めた。


「………国王ともあろう者が魔王に謙ってどうするのでしょうか」

「すみません、うちの国王の性格なんです」

「あなたが謝ることではないでしょう」


 静かな声で呟いたアナスタシアに冗談を返していると、国王はしびれを切らしたように、しかしそれでも怖いのか距離は取ったままでもう一度叫び声をあげる。


 普段は叫びなれていない人間が叫んでいるからかその声は時々裏返り、どうも格好がつかなかった。俺に訓練を強要していた時のあの威厳のある態度は何処に消えたのだと大声で文句を言いたい気分だ。


 ええ、ええ、魔王に抱えられている自分が言えることではありませんとも。


「和平を申し込みに来ました」


 アナスタシアが堂々とした態度で声を上げる。魔法で増強でもしているのか、アナスタシアの口調は静かではあったが、その透き通る声は良く響いた。


「………和平、だと!?」


 混乱したように今度は王子が叫び始めた。まだ教会からの正式な通達が無い頃からも次期勇者を気取っていた王子の事だ。きっとこれから魔王を倒しに行く算段でも立てていたのだろう。そしてその道中で武勲を上げて祭り上げられるところを想像していたのだろう。


 直接的な恨みがあるわけではないが、王子という身分の者が取り乱しているのを見るのは楽しかった。


 ええ、魔王に抱えられている自分が言えたことではないとは分かっていますから。そう何度も確認せずとも。


「理由はなんだ!?」

「勇者に一目惚れしたので、婚約を結ぶために」

「………はぁ!?」


 この魔王、色々と自由だ。


 国王等が取り乱していて正式な交渉の手順を踏むことを忘れているのは致し方がないこととはいえ、アナスタシアならばその程度のこと配慮できるだろうに。


「正式な話は書面か何かがあった方がいいのでは?」


 一応言葉に出しておくかと思って口を挟む。その言葉を聞いてアナスタシアは小さく頷いた。


「確かにそうかもしれないですね」

「……魔法契約っていう手もありますが、それだと魔族に示しがつかなかったりは」

「いや、それでいきましょう。時短ですし」


 即答だった。迷いなど欠片もなかった。


 もう一度言おう。この魔王、自由だ。自由すぎる。


 考え直してみれば、やはり人族は魔族にとってあまり大きな敵ではなかったということだろう。人族が勝手に騒ぎ立てているだけであって彼らからすれば攻撃してさえ来なければどうだっていいのだと、今のアナスタシアの態度が如実に語っていた。


 生まれながらにして魔法に適した体を有するのだから、何も持たない人間など目ではないのは確かにそうなのだが。


 やはりアナスタシアに抱えられたまま、そんなことを思うのだった。

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