第5話 恋愛相談

 恋愛相談か……。


 恋愛経験のない俺にそんなことができるわけがない。というか、恋愛経験があっても面倒だからやりたくない。

 だが、やらないと停学になってしまう。それと比べるとまだ楽なのか……。


 とりあえず、今回の依頼主は顔見知りだから、まだ楽である。

 去年同じクラスだった小山内円佳。喋ったこともあるので、喋りかけるのに壁はない。


 しかし、小山内さんがラブコメに出てくるヒロインみたいな人だったとはな。全然そんな感じじゃなかったので驚きだ。


「幼馴染……か……」


 幼馴染といえば思い出すな……。


 幼い頃、暗くなるまで遊んだ記憶。親同士は仲が良く、公認の関係。

 お互いの家に出入りし、朝は『もう。レンくん。いつまで寝てるの? 学校行くよ』と優しく起こしてくれる。

 俺の家のキッチンでご飯を作ってくれて、制服にエプロン姿。

 俺の家のテーブルで食を囲み、朝ごはんを食べて、一緒に学校へ。

 学校ではクラスも同じで一緒に勉強し、放課後はお互いの部活があるので校門で待ち合わせ。そして一緒に帰る。

 晩御飯は幼馴染の家で食べる。そして幼馴染の両親に『いつ結婚するの?』なんて聞かれてお互い顔が赤くなる。

 ご飯を食べ終えて、幼馴染の部屋で『ご、ごめんね。お父さんとお母さんがいきなり。で、でも、私、変わってないよ? 昔からの夢変わってない。レンくんのお嫁さんになるって夢』

 それを聞いて俺達は一つになる──。


 そんな架空の幼馴染を作って一人悶絶していたな……。


 あーあ! いいなっ! 幼馴染いいなっ!! くっそ! 羨ましいっ! 爆ぜろ! 幼馴染持ちは全員爆ぜろ! 羨ましいっ!


 そんな思いを胸に俺は昼休みの教室を出て行った。




   ※




「とりあえず爆ぜたら良いんじゃないかな?」

「いきなりだね。高槻くん」


 文芸部の部室。


 目の前に座る、ポニーテールのスポーツが得意そうな見た目の可愛い女生徒──小山内さんに言い放ってやる。


 小山内さんとは簡単に接触できた。


 彼女のクラスに行き「昨日のことで話がある」とだけ言うと簡単に付いてきてくれた。

 元クラスメイトで、結構喋ってたからできた芸当だろう。

 内容はあまり他人に聞かれたくないだろうから、文芸部の部室を勝手に借りた。


「昼休みに女の子をこんなところに呼び出して、第一声が爆ぜろなんて、高槻くんヤバい人だよ」

「俺の思いは、日本男児の思いなんだよ。ちくしょうが」

「どういうこと?」

「幼馴染だよ。ちくしょう。いいな、幼馴染いいな」

「あー……。なるほど……」


 小山内さんの表情が少し曇る。


「そんな良いもんじゃないよ……。距離が近すぎるっていうのも」

「近すぎて伝わらないってやつ?」

「そんな感じ」


 言って、窓の外に目をやる彼女はどこか寂しげであった。


「まぁ……現実の幼馴染ってのはそうなのかもな……。でも、小山内さんは幼馴染のことが好きなんだろ?」


 俺が聞くと彼女を俺を見て、微笑んだ。


「好き……。大好き」


 一瞬、俺に言われていると思って心臓が爆上げになった。

 なんちゅう破壊力だ。くそっ! 小山内さんみたいな可愛いすぎる笑顔をひとりじめにできるなんて、南志見とかいう男子は許さん! 爆ぜろ!


「──え、ええと……。今更なんだけど……。俺に言って良かったの?」

「うーん。まぁ……。最初は富田先生に相談してたんだけどね」

「あの三十路にねぇ」


 別に先生の言葉を信じていないわけではなかったが、そのことを聞くと、本当に相談されていたんだな。

 

「友達とかには相談しなかったの?」

「高槻くん知らないの? 富田先生に相談した恋は叶うって噂」


 あのおばちゃん。パワースポットかなにかなの?


「ふふ。どうせ、あの三十路のことだ。男子生徒脅して、無理矢理にくっつけたんじゃないの?」


 そう言うと小山内さんは「あはは……」と苦笑いを浮かべる。

 同意とみてよろしいですね。


「私も、まぁ噂だし、と思って信じてはないんだけど……。本気で拓磨と……。その……付き合いたいからさ……」


 顔を赤くして言い放つ小山内さんめっちゃかわええ。俺が付き合いたいわ。


「それで富田先生に相談したら『良い相談相手がいる』って言われてね」

「その相手が上牧佳純だったと」

「そうそう。──話が飛んだけど、その上牧佳純さんと同じ立ち位置の高槻くんなら、別に言っても良いかなって」


 電話でカスミがなにを言ったかわからないが、少なくとも小山内さんは俺とカスミを同じ立ち位置だと思っているのだな。


「なるほど……。噂を信じてまで。俺やカスミに相談するほどに本気の恋だと?」


 尋ねると、コクリと顔を赤くして頷いた。


 あー、可愛い。めちゃくちゃ可愛い。お前らが付き合ったあかつきには南志見拓磨。お前をコロす。


 俺の嫉妬の怒りが燃え上がっていると「あ、ちょっとごめん」と小山内さんがポケットからスマホを取り出して耳に当てる。


「もしもし。──今? 文芸部? だっけ? 昨日の昼休みに話ししたとこ。──あ、うん。いるよ。──あ、はぁい」


 簡単にやりとりを終えると彼女はポケットにスマホをしまう。


「もしかして、カスミ?」

「うん。そうだよ。どこいる? って聞かれたから、ここにいるって答えた。そしたら、来るって」

「ほぉん」

「ね? 高槻くん」


 小山内さんが、ニヤッとして聞いてくる。


「上牧さんと付き合ってるの?」

「ふふ。実はな……。昨日はじめて彼女を知ったんだ」

「ええ!? そうなの?」


 そうして彼女は指を顎に持っていき、首を傾げてくる。


「昨日はじめて知ったのに、名前で呼んでるの?」

「ふふ。実はな……。あいつはコミュ力お化けなんだ。それは物凄いな。出会って数分であだ名で呼んできやがって、自分のことを名前で呼んでとも言ってきたんだ」


 小山内さんが思い出すように天井に目をやる。


「あー。たしかに、コミュ力は高かったね。昨日、私もはじめて会ったのに、そんな気しなかったし」

「だろ? でもさ、少し気になることがあるんだ」

「なに?」


 首を傾げる彼女へ答える。


「あれほどに可愛くて、コミュ力が高い女の子を俺は昨日まで知らなかった」

「うんうん。そうだね。感じ的に言えば、目立つタイプの子だよね」

「だろー!? クラスが違うって言っても、学校のどこかですれ違っているはずだ。なのに、見覚えがない」

「たしかに。上牧さんなら印象に残りそうなものだよね」

「ここで俺は一つの答えを導いた」

「なになに?」

「上牧佳純は霊的なやつなんじゃない?」


 冗談っぽく言うと小山内さんは大笑いをする。


「まさかー!」


 そう言ったあとに、少し不安になる。


「まさか……」

「でも、小山内さん。冷静に考えてみてくれ。あんな可愛くて、おっぱい大きくて、コミュ力の高い、目立つタイプの女の子を俺達は知らなかったんだぞ?」

「さりげなく下ネタ言うところは平常運転だね、高槻くん。──それは置いておいて、たしかに……それはある……よね?」

「ほら! やっぱり。もしかしたら、今も隣に──」


「あの?」


「ぎゃああ!!」


 俺と小山内さんの悲鳴がシンクロする。


「いや、あの……人のことを見て悲鳴あげるとか……。失礼だよ」

「だって! おまっ! どうやって入った!?」

「普通にドアからだよ」

「ドアから入ったら物音するだろうが!」

「二人が話しに夢中だったからでしょ。──まったく……。人を幽霊とか失礼だよ」


 少し怒りながら言われる。


「あり? どこから聞いてたの?」

「『ここで俺は一つの答えを導いた』から」


 そこからね。


「──いや! わからん! わからんぞ! カスミ! お前は霊的ななにかかも知れん!」

「はい?」


 彼女は心底疑問の念を出した。


 俺は立ち上がり、カスミの胸に腕を伸ばす。


 シュタッ! と閃光よりも早く俺の腕が誰かに掴まれる。


「高槻くぅん。セクハラはヤバいよねぇ?」

「おいおい小山内さん。俺は幽霊かどうかを確認しようとしてだな」

「これ以上やったらダメだよ? ね?」


 グギギッと手に力を入れられる。


「いでででで! ごめんなさい。もうしません」

「よろしい」


 俺の言葉に彼女が解放してくれる。


 おー、いてぇ。折れるかと思った。


 しかし、南志見拓磨。お前、もし浮気とかしたらしぬな。

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