第4話 耳フェチ

「どうだね? 状況は理解できたかね?」


 部屋を出たすぐの壁にカッコつけてもたれている富田先生がいきなり聞いてくる。


 ビクッとなったのを見られて軽く笑われる。


「いつからいたんですか?」

「質問しているのはこっちなのだが? キミは答案用紙に疑問文で答えるのか? 残念ながら、それでは点は取れないぞ」

「あーあー。めんどくせぇなぁ」


 俺の言葉を無視して聞いてくる。


「状況は理解できたかね?」


 同じ質問を投げてくるので、次はちゃんと答える。


「できましたよ。先生が二人の生徒に脅しをしているってことがね」

「人聞きの悪いガキだ。これを脅しと捉える意味がわからない」

「これを脅しと思わないなんて、脳みそバグってますよ?」

「可愛げのないガキめ……」


 鼻で笑われてしまう。


「それで? 上牧佳純はどうだね?」

「え?」


 質問の内容が予想していたのと違ったので声が漏れてしまう。


 先生の抽象的な質問は、今回の依頼の件だと思っていた。


「可愛いだろ? 抱きたくなるだろ? 愛でたくなるだろ?」

「いや、まぁ……。可愛いのは可愛いですけど……」

「やはり。男というのはああいうのがタイプなんだよな。単純なものだ」


 過去になにかあったのですか? 先生。


 聞くとややこしくなりそうなので聞かないけどね。


「良いんですか? そんな、可愛くて、抱きたくなって、愛でたくなる女の子に脅しをかけて」

「どういう意味だ?」

「聞きましたよ。上牧佳純が留年しかけたのを助けたって。途中でやめたら退学だって。そもそも、生徒個人にそんなえこひいきするようなことをして良いのですか?」


 こちらの言葉に先生は大笑いをする。


「それは脅しのつもりかね? さしずめ、自分の停学を白紙にしてもらおうという魂胆だと思うが」

「ぐぅ」


 俺の心を見透かされた気がして、変な声が出る。


「上牧佳純の件は何の問題もない。言うならば学校側の救済処置だ。生徒会に所属している者、部活動をしている者は内申点が高いだろ? その原理と同じだ」

「ものは言いようですね」

「なんとでもいいたまえ。──そろそろ質問に答えて欲しいのだが……。上牧佳純はキミから見てどんな印象かね?」

「印象ですか……」


 先程の彼女とのやりとりを思い出し、率直に答える。


「一番はコミュ力が高いって感じですかね」

「ほぅ」


 先生は驚いたような、感心したようなそんな声を出した。


「他には?」

「あれほどにコミュ力が高くて、中身も外見も可愛らしい生徒を俺は知らなかった。あの子は目立つタイプの人間だと思います。だから、今まで存在すら知らなかったのはどうしてだろうかと思いますね」

「目立つタイプ……か……」


 目を細めて、どこか遠くを見るように先生がつぶやいた。


「先生。俺からも質問。なんでそんなことを聞くのですか?」


 聞くと先生は壁にもたれるのをやめる。


「キミは彼女の助手だ。助手からの印象を確かめたくてな」


 答えて欲しい答えではなかったので、続けて質問する。


「なんで先生が確かめる必要があるのですか?」

「まぁ今回の依頼の件は、もともと私のところにきていてな。私もまだ『若い』女教師だ」


 若いという部分をやたら強調して言ってくる。


 そういうところだと思うぞ? 男が寄ってこないの。


 それを口にすると恐ろしいから、絶対にしないけどね。


「だから、女生徒からの恋愛相談も結構されるんだ」

「なるほど。それが面倒だから、留年しそうな女生徒に押し付けたと。それで、自分のメンツも守れると。そんな感じっすか」

「言い方は悪いが、まぁ……。うん。それで良いだろう」


 それで良いという言い方にどこか引っかかりがあるが、気にせずに先生の話しを聞く。


「上牧一人では依頼達成が厳しそうだったのでな。高槻にも頼んだ。二人でやるんだ。言うならペア、バディ、相棒。そんなところだろう。そんな相手の印象を聞いておきたくてね」

「別に印象が良くても、悪くてもどっちでも良くないですか?」

「印象が悪かったらキミ達はお互いに協力しないだろ? こういうのは協力することに意義があるんだ。キミ達には依頼をぞんざい扱って欲しくないからな。私に返ってくる」

「だったら自分が親身になって相談してあげれば良いじゃないですか」

「それじゃあ、彼女は留年してしまうことになっていたじゃないか。彼女とはWin-Winの関係だ」

「俺とはそんな関係じゃないですよ」

「キミには更生の場を設けた。それだけで十分じゃないか。これ以上与えることはできんぞ」

「このヤーさん教師め」


 苦虫を潰すような顔をして言い放ってやると、先生が耳打ちしてくる。


「──だ」

「ひょ」


 俺、耳フェチかも……。


「わかったか?」

「いや……。それは別に良いですけど……」

「守れなかった場合は即停学と、キミが耳フェチだということを学内に広める」

「なっ!? この悪魔!」

「はっはっはっ! 私はどちらかと言うとエクソシストさ!」


 機嫌良く笑って先生は歩き出す。


「ま! 彼女の印象は良いみたいで一安心だ。精進したまえ。依頼の件は良い結果を期待している」


 そう言って先生は去っていった。

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