第5話

 その夜。


 いつものようにたゑ子は夕ご飯の用意をしていた。


(気を付けないと…)


 たゑ子は門左衛門が布を巻いてくれた人差し指を見つめる。


『優しく巻きすぎたい』


『おっ、おう…』


 たゑ子は緩すぎて布を巻く意味がなく、笑ってしまう。門左衛門はというと、真剣な眼差しで布を解いて、再び布を巻く。


 ギュッ


『痛っ』


『あぁ、すまんっ!!』


『はやく、はやく解いてっ』


『おっ、あっ、えーっと…』


 太い指で一生懸命布の結び目を解く。


『そうそうゆっくりゆっくり。傷つけないでね』


 その言葉に少し反応して、目線をあげる門左衛門。

 たゑ子はどうしたのか見つめ返す。


『どうしたの?』


『いや…なんか…どこかで聞いたような…』


『痛っ』


『あぁ、すまんすまん』


 本当は痛くはなかったけれど、たゑ子は痛いと言って、門左衛門の気を逸らした。


「大丈夫、大丈夫…」


 たゑ子はそう言いながら、みそ汁用に茹でていた鍋に手をかざす。

 すると、鍋は徐々にいい香りがしてきた。


「うん、良い感じ」


「なにが、いい感じなんだ?」


 たゑ子が独り言を言っていると、門左衛門の声が後ろからしてきた。

 たゑ子はゆっくりと振り返る。


「なんなんだ? ただのお湯が…なんで…?」


 たゑ子が思いにふけっている間に門左衛門はずーっと見ていた。

 門左衛門は鍋に近づき、まだ味噌も入っていない透明なお湯に指を付けて味を確かめる。


「これは…っ」


 その味は今日の昼間に味わった味と同じだった。

 たゑ子は瞼を閉じて、もう隠し事はできないと覚悟を決めた。


「私ゃあんたから助けられた赤鯛の化け物たい。こぎゃん姿、見られたからにゃこれ以上おることでけへん…堪忍なぁっ」


 深々と頭を下げて、たゑ子は出ていった。


「まっ、待ってくれ~、たゑ子っ!!」


 たゑ子は必死に走った。

 彼女が掻いた汗が落ちて、地面に光っていた。門左衛門も急いで追おうとして、地面を見ると光っていたのは鱗だった。夕暮れの薄暗い中、その鱗のおかげでどこに行ったかすぐわかり、門左衛門も道を外すことはなかった。なので、走って逃げるたゑ子を見つけることができた。服装としても、男の服の方が走りやすくなっているし、体格がいい門左衛門は少しずつ距離を詰めていく。


 海までは遠い。

 たゑ子は必死に逃げた。


「なんで、逃げるんじゃっ、ちゃんと話そおっ!!」


 じわじわと詰め寄る門左衛門にたゑ子は覚悟を決めた。

 懐から、とってもしょっぱいタクワンを取り出しながら走る。

 そして、


「たゑ子っ!!」


 門左衛門がその手を掴もうとしたとき、口にタクワンを詰め込んで、鯛へと戻り、川の中へと逃げていった。

 

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