第4話

「なぁ、たゑ子」


「なんですか、お前さん」


 今日も美味しいご飯を食べながら、門左衛門はふと気になっていたことを尋ねようと思った。


「こぎゃんうまかーもん、どぎゃんして作っとう?」


 たゑ子の箸がピタっと止まる。


「そっ、そがんこと、男ん人が気にすることじゃなかよ」


「そーかぁー」


 門左衛門は気にせず箸を進めるが、


「……」


 たゑ子は思いつめた顔をして少し青ざめていた。


「どーした?」


「ううん、なんでもなかよ。それより今度、漬物二人で作らん?」


「おぉ、ええなぁ。たゑ子と俺ならきっとうんめぇ、漬物ができる、できるぞ?」


 たゑ子は何かを考え込んでいた様子だったけれど、何気ない提案に嬉しそうに答えてくれる門左衛門を見て、深く考えるのをやめて、はにかんで笑った。


「そやね」


「そやねって、たゑ子が言ったんやろ?」


「はははっ、そやったねぇ」


 それから二人は野菜も作り始めた。海からそれなりに遠い門左衛門の家は塩害なども少なく、二人の愛のなせる技か、野菜も、それを漬けた漬物も大層美味しかった。


 何事も順調。

 順調過ぎて怖いくらいだったが、その日は急に訪れた。


「あっ、痛っ」


 門左衛門とたゑ子が二人で家の周りの草刈りをしていると、たゑ子が草で指を切ってしまい血を出してしまった。


「大丈夫かっ?ほれっ、見せてみ?」


 そう言って、たゑ子の手を取った門左衛門は指を観察し、そして、


「パクッ」


「んんんっ!!!」


 門左衛門がたゑ子の指を舐めた。

 舐められて、たゑ子は硬直していしまう。


「安心せい…切り傷は舐めた方が早く…んっ?」


(うま……い?)


 門左衛門は目を閉じて味覚に集中させる。


(この味……どこかで…あっ!?)


「たゑ子……」


「…はいっ」


 門左衛門に尋ねられてたゑ子は観念したような神妙な顔になる。


「だめじゃぞ?ちゃんと手を洗わんと。まだ、みそ汁の味が指に残っとーよ?」


 ぽかんとするたゑ子。


「どうしたばい?」


「えっ、あっ、すいません。急いでたもんで…っ」


 たゑ子は指を引っ込めて、愛想笑いをした。


「もしかして…たゑ子…、便所さ、行っても、洗ってないんけ?」


「そっ、そんなことは、ないさー。この人ったら、まったく……気がきかん男たい」


 ちょっと、ムスッとして違う方向を向いて草刈りをするたゑ子。

 門左衛門もたゑ子の元気な姿を見て、ほっとして別の場所の草刈りを再開する。

 そのため、門左衛門はたゑ子が不安を抱えつつも、この場をやり過ごせて安堵する顔を見ることはなかった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る