27. これだからリア充は。おお怖い


 月代くんと付き合い始めてから、一か月と半月ほど経過していた。梅雨真っ盛りの六月末日、最近は季節柄かあいにくの天気が続いている。ヤエとの屋上ランチタイムもめっきりご無沙汰になっていたんだけど、今日に限ってはウソみたいなサツキ晴れ、私たちは束の間の太陽を堪能するべく懐かしき安寧の地へと赴いて、外の空気と共にそれぞれの昼食にありついていた。

 いつもの如く購買パンを三つほどかっ喰らった私は、空と地面の境界である鉄柵を背もたれに全身を預ける。老朽した手すりがギシッとにぶい音を立てて、少しだだけ軋み……、おいコレあぶねぇなと、私は慌てて身体を離した。

 マイペースにもしゃもしゃとひじきを咀嚼するヤエを眺めていてもしょうがないので、私は彼女に最近のできごとを話しはじめた。彼女はもしゃもしゃと口を動かしながら、適当に相槌を打っている。


「――それでさ、月代くん、かつおぶし好きって言ってたからさ、じゃあたこ焼きでも食べようよって私が。そしたら月代くん、たこ焼き食べたコトないとか言い出すんだよ? そんな高校生この世にいないっつーの、で、初たこ焼きデビューさせてあげたら、一個まるごと口にいれて、火傷してやがんの。月代くん、意外とドジなところあるんだよね」

「へぇ~」

「あとさ、月代くん、お笑い玄人ぶってるクセに、たまにダジャレかますんだよ。この前なんかさ、私が『トイレ行ってくるわ』って言ったら、『行っトイレ』とか言い出して、しかも言ったあとに絶対顔赤くなってるんだよね。照れるくらいなら、最初から言うなっつーの」

「ふ~ん」

「……あ、そうだ。こないだの朝、二人で登校してたとき、猫見かけたんだ。人懐っこいやつで、私らが寄っても全然逃げないの。月代くん猫好きらしくて、珍しくはしゃいじゃってさ、面白いから猫と月代くんのツーショット写真撮ったんだけど、月代くん、写真撮られ慣れてないからか、めっちゃ笑顔下手くそなんだわ。笑えるから、見てやって――」

「アカネ、ちょっといいですか」


 ゴクンと喉を鳴らしたヤエが、淡々とした口調で私の声を遮る。

 スカートのポケットに入れていたスマホを取り出そうとしていた私はピタリと手を止め、「何?」と無邪気に彼女を見つめた。


 お弁当箱のフタをパタンと閉じやったヤエが、ふぅっと大きな息を吐き出す。徐に立ち上がった彼女は、両肘をクロスさせてググッと片方ずつ腕を伸ばし始めた。

 ……え、なんでこのタイミングでストレッチ――

 八の字眉を作った私が首を斜め四十五度に傾けるのは必然であり、ヤエはというと、ブラブラと手首をブラつかせながら、いつものジト目で私のコトを見下ろして、ゆっくりと右手を振り上げはじめて――


「……ノロケ、うっぜぇぇぇ!」


 スパァーーン、と。

 私の頭が引っぱたかれる音が、晴天の空に轟いた。


「……イッテ――、あにすんだよっ! いきなりっ!?」


 一瞬だけ意識が飛びかけた私だったが、脊髄反射で頭をさすりながら、涙目でギロリとヤエを睨み上げた。ヤエもヤエで掌にダメージを負ったらしく、左手で右手首を掴みながら、やはり涙目になりながら腰を前屈にかがませている。


「……いえ別に、シンプルにイラついたので、ウサ晴らしです、イタタ――」

「――お前も痛がってるじゃねぇか! 自業自得でざまぁねぇな! ……ってかなんだよ、私、別にノロケてなんかねーし」

「おや、自覚がないんですか。これだからリア充は。おお怖い……」

「なっ……ッ! 変なイジり方すんなよ! 彼氏いたことなかったから、返しがよくわかんないんだよ! ……あとその蔑むような顔やめろっ!」


 怒りと恥ずかしさでいたたまれなくなった私はガバッと立ち上がった。私が怒声を浴びせるも、両腕で上半身を覆いながら湿ったジト目で私を流し見るヤエはその態度を改めようとしない。純度百パーセントの悪意で構築された彼女の顔面を力ずくで瓦解させるべく、私はとりあえず彼女の真っ白な頬を両手でぐわしと掴んで、右往左往に引っ張り上げた。「ひだい、ひだい、ひゃめてふだはい」と、ヤエは何を言っているのかよくわからない。バタバタと鳩のように手を振り回している彼女が面白かったので、私はしばらくソレを続けていた。



「まぁでも、月代さんとうまくいっているようで安心しましたよ」


 和人形のように白い肌をヒリヒリと赤く腫らしたヤエが、屋上の地面にゴロリと転がりながら、そんな台詞を漏らす。私も彼女と同じように地面に寝そべっており――

 仁義のかけらもない戦いにはしゃぎ疲れた私たちは、残る昼休みの時間をお昼寝タイムに当てていた。虚空に放られたヤエの台詞に対して、私もまた虚空に向かって返事を投げる。


「まぁね。なんだかんだ毎朝一緒に学校行ってるし、土日のどっちかは二人で遊んでるし」

「ヤジ馬女子たちも、アカネにかまわなくなりましたね。水野くんに過去フられたイケ女共も大人しくなりましたし、……水野くんと付き合ってるあの能天気女、まさかお兄さんが有名な元ヤンだったとはね。こうなると逆に水野くんが心配ですよ」

「ハハッ……、まぁ私としては、私の身に火の粉が降りかからなければ、なんでもいいや――」



 月代くんと付き合いはじめた当初は、屋上で思わず叫び声をあげるほどに精神が疲弊していた私だったが、急変してしまった私の高校生活はその実、すぐに平和を取り戻す運びとなった。

 先月ヤエが予告していた通り、ヤジ馬女子たちは別のゴシップに奔走するべく私の元をぱったりと訪れなくなり、クラスメートたちも私と月代くんの関係をいたずらに取り沙汰するコトはしなくなった。私に宣戦布告してきたイケ女たちの顛末に関しては先のヤエの発言の通りであり、そういえば、私に恨み節を浴びせてきた月代くんファンの陰キャ女子が数日間にわたって学校を休んでいたので、まさか丑の刻参りに失敗して呪いが跳ね返ったんじゃ……、とか私は一人でビクビクしていたんだけど、フツウに風邪だったらしい。


 私は今の高校生活にそこそこ満足していた。月代くんは相変わらず謎の部分が多いけど、そのあたりの事情に関しては、彼が話したくなったときに話せばいいと割り切っていたし、割り切ってしまえば、彼との交際はフツウに楽しかった。

 恋愛を諦めていた私の元に訪れた不思議な恋人、月代蒼汰。

 もはや私は、彼を手放したくないとすら感じているかもしれない。


 ……そういえば――

 月代くんが私に告白してきた時、彼は気になるコトを言っていた。付き合ってから特に話題にあがるコトがなかったので、今の今まで忘れていたけど、「僕と付き合ってよ」と言った彼は、確かにその後こう続けていた。


『半年間……、今年の十月三日が終わるまでで、いいからさ』


 私たちは、半年間という期間限定の恋人だったのだ。

 何故彼が期間設定したのかは私には見当もつかないし、実際、十月三日が訪れた時に彼がどうするのか、それもわからない。……というか、私自身はどうなんだろう。

 例えばその日になって彼が別れを切り出したとして、「うん、そういう話だったもんね」と、素直に受け入れるコトなんてできるのだろうか。


 ……私、月代くんを、このまま好きになっていいのかな。っていうか――

 たぶんもう私は、月代くんのコトを。

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