0x08 「65ナノメートル」の壁

「んんんんーっ……」

「……」

「どうする、かなぁ……」

 オフィスエリアの空いてる席で顔を突き合わせた僕たちの前には、一枚のシリコンウエハー。

 その奥には、渋い顔をしている砂橋さんと狼谷さんが座っている。

 今日は五月の三十一日、時間は放課後。朝から今一つだった天気がついに崩れて雨が激しく降り始めていた。その雨粒が弾ける音が、小さく室内にも聞こえてきている。

「動かない、かぁ」

 砂橋さんが大きなため息をつく。実際に、その言葉が、全てだった。

「まさか、イールドゼロを達成するとはなあ」

 そう、僕の前に置いてあるウエハーは狼谷さんが試作した先進プロセスの最新の試作ウエハー。前と同じように、試作としてシンプルなSRAMのチップを作っていたんだけど。

「上手く行かないねえ」

 今回が、本番と同じ技術を使っての二回目の試作になる。だが、イールドはゼロ。

 つまりは、二回の試作で一回も……ひとつも正常に動くチップが作れなかったのだ。

「うっ、良品率ゼロはなんだか頭痛がしますね」

「やっぱ、ゼロはまずいよなあ」

「何だかこう、他人事じゃない感じがしちゃいます」

「ほら、道香は線引き頑張って」

「うう、はいっ」

 僕たちのため息を聞いていたらしい道香ちゃんも、やっぱり不安げ。

 ここ三日くらいでピンアサインは決まり、いよいよ道香ちゃんはボードの設計に取り掛かっている。その作業中でも気になるくらい、今の部の注目事はこのプロセスの進捗だ。

 珍しく、狼谷さんは困ったようにため息をついた。

「……『欠陥モード』は判ってる」

「欠陥モードって?」

「ざっくり言えば不良の出来かたのこと。不良、って一言で言ってもいろんな不良があるでしょ?」

 砂橋さんの説明にふんふん、と頷いて見せる。確かに、どこが壊れているか、どんな風に壊れているかはものによって違うだろうしいくつか種類があるんだろう。それを見て、狼谷さんが話を継いだ。

「その不良はどういう理由で不良になっていて、製造中なぜ不良になったのか。その解析をしないと、同じ機械で同じように作り続ける間ずっと発生する」

「つまりは、どうしてこんなに良品が出来ないのかは判ってるのか」

 狼谷さんはこくり、と頷くと、説明を始める。

「今回起きている欠陥は、基本的には『トランジスタ層』や『メタル一層』の短絡かオープン。製造の段階で、内部回路のどこかでショートしたり配線が切れたりしている」

「トランジスタ層とメタル一層、ってのは確か半導体の中の物理的な層……だったよな?」

「正解。ウエハー、ケイ素の塊の上にトランジスタ層が形成されて、その上に金属の細かな配線を重ねてる」

 半導体の中で、一番精密な加工を要求される部分は一番下、ケイ素の塊を直接加工するトランジスタ層だ。主に数十ナノメートルといった数字はこのあたりの加工で多用されるらしい。

 その上に居るメタル層、つまりトランジスター同士を結ぶ金属の配線をする層ももちろん細かい。この層は様々な配線をいくつか重ね合わせて回路を形成していて、トランジスタに近ければ近いほど配線の密度が高いと聞いている。

 今回の不良は、主にこの密度が高いトランジスタ層、または配線のメタル一層――メタル層の一番トランジスタに近いところにある層だ――で起きているのだという。

「っていっても、ウエハー内での発生場所はバラバラで固定されていない。ってとこまでは判ってるんでしょ?」

「場所は全域で起きうることが判ってる。いつものように不良率は周辺のほうが高いけど、今回は、どちらでもいまいち。だって原因は、『露光不良』だから」

「露光って、フォトリソグラフィー? とかいう写真を撮るプロセスだよな。それが上手く行ってないのか」

 僕のその言葉に、狼谷さんは難しい表情で頷いた。どうやら、本当に上手く行っていないみたいだな。

「元々、この部活にある『ステッパー』、縮小投影型露光装置は、90nmプロセスくらいの加工サイズが仕様上の限界だった。それを使っていわゆる65nmプロセスサイズの物を作ろうとしたら、回路のパターンが綺麗に解像しなかった。当たり前といえば、当たり前」

「90nmプロセスと65nmプロセスで、具体的には寸法がどう変わるんだ?」

「縦と横のサイズが大体元の七十五パーセントに縮小される。面積にすると、それぞれを掛け算しておよそ五十六パーセント。つまりは同じチップでも、面積を大体半分にすることを目指す。具体的に言えば、今回はゲート長……トランジスタのサイズを50nmから35nmに縮小している」

「サイズは半分、か。解像しない、っていうのはどういうことだ?」

「その機械で可能な限りピントを合わせても、微妙にぼけてしまって線の幅が一定にならなかったり、隣との境目が見えなかったりする。結果、ショートしたり配線が切れてしまったりする」

「専門用語で言えば『光学分解能』の限界、だね」

 砂橋さんの補足に、顎に手を当てて考えてみる。つまりは、露光を行う機械の精度的に50nmの精度で投影するのがギリギリで、そこから一回り小さくしたところで破綻してしまう精度だったということだ。おかげで線がぼけてしまい、境界線があいまいになった結果余計なところがくっついたり、逆に不鮮明すぎて切れてしまったりしているのだという。

「機械の性能の限界を超えてる、ってことか」

 正直、機械の性能の問題となるとどうしようもない壁に感じてしまう。改良のしようがあるんだろうか?

「これでも最初より少しはマシになった。でも、やはりウエハー全域でチップのどこかがショートしてしまうくらいの高確率で欠陥が発生する」

「でも、いわゆる先端プロセスって……商業的には14nmとか、10nmとかまで行ってるんだろ? そこまでは大丈夫なんじゃないのか?」

 最近一応チェックすることにしている最新技術のニュースを見た記憶では、さらに先まで進んでいた。最新のニュースでは、確か7nmプロセスの製品がそろそろ登場するという話だったはず。

 でも、砂橋さんは首を横に振った。

「ウチにあるのは大手の製造事業者が使い終わった型落ちのもの、そんな最新の露光プロセスに対応できる機械があるわけないじゃん。JCRAの最新カタログにも当然無いよ、私たちが持てるのは精々90nmプロセスが限界」

「ああ、そうだった」

 そういえばそうだった。今使っているのはもう使わなくなった型落ちの機械をJCRAが買い取ったものだから、そんなに最新のものはある訳が無い。

「なんなら90nmなんてもう十五年前くらいの技術だからね」

「正直、もう少しきちんと解像してくれると思ってた。とはいえそれは私の思い込み。電工研でも、このルールでの縮小テストはやっていない」

 狼谷さんがついに困ったように天井を見上げる。砂橋さんも再び大きなため息をついた。

「電工研でもやってなかったんだ。となると本格的に厳しいねえ……」

「歪みシリコンの方は?」

「そっちは順調」

「お、よかった。あの急造品のデザインで大丈夫だった?」

「問題ない。結凪に作ってもらった90nmプロセスのマスクで試作しているけれど、特性、良品率共に良好」

「そうなのか。てっきり苦戦すると思ってた」

「実は、ちょっと前から工程のステップごとの試作はしていた。全部統合しても問題なかったというだけ」

「なるほど、特に試作を流してない時も製造装置が動いてたのはそれでか」

 一方、もう一つの新しい技術である歪みシリコンは問題なく製造できているみたいだ。電工研が苦戦していた技術を一発で立ち上げてしまうあたり、さすがは狼谷さん。

 ということは、今の問題はトランジスタの縮小だけということになる。

「90nmのプロセスだと、今回のMelonは作れないんだっけ?」

 だから、僕は根源に立ち返ることにした。そもそも不可能なのであれば、また別の案を考える必要があるからだ。

 それに対して、砂橋さんは難しい表情を崩さずに返した。

「作れないことはないと思う。ただ当然、有利にはならない、かな?」

「向こうはウチ以上の性能が出る90nmのプロセスだもんなあ」

「そう」

 あの星野先輩とやらが主導で開発しているプロセスは、確か今のウチの設定よりもより高性能に振ったプロセス。ということは、うちが歪みシリコンを使ってようやく横並びか、ちょっと上くらいって感じかな。

 狼谷さんも、難しい顔のまま頷いている。

「今の歪みシリコンを使ったプロセスなら、多分勝てる。少なくとも、同じくらいまではいける」

 だけど、その後に続けられた言葉は鋭い否定だった。

「でも、今じゃない」

「今じゃないって、どういうことだ?」

 真っすぐ向けられた視線に、僕も目を合わせる。狼谷さんも目を逸らさない。

「既存のものの改良なら、テストチップを作り始めた後でも何とかなる。だから、今は同じくらいを目指す90nmプロセスの改良ではなく、追い越すための技術開発を行うべきだと考える」

 それから放たれる真っすぐな言葉は、やっぱりいつも通りの平坦な声。でも、その言葉には狼谷さんのやりたい、という熱意がこもっているように感じた。

「……そうだよな、追いつくだけじゃなくて、追い越さないといけないんだもんな」

 だから僕は、頷く。狼谷さんがやりたいと思うことなら、まだ僕が止めに入る時期には早いだろう。

「わかった、引き続き新しいプロセスの開発を続けて。砂橋さんもそれで大丈夫?」

「ん、アタシはそうだなあ……氷湖のプロセスが終わらないとアタシの仕事にも入れないから大丈夫。手伝うよ」

「よし、じゃあ今日はひとまず解散!」

 そう声をかけて、会議を解散させる。

 だけど結局、この日は特に進展が見られずに下校時刻を迎えてしまった。

「蒼、一つ提言なんだけどさ。もし氷湖のプロセス開発が綺麗に行ったら思ったよりもチップサイズが小さくなると思うんだよね。だからどうかな、『マルチコア』対応?」

「おお、ついにデュアルコアになるのか」

 だけど、外に出ても開発は止まらない。

 夜になっても、外は相変わらずの雨模様。でも、傘に当たる雨音に混じって耳に届くのは皆の楽しそうに議論する声だ。それは、それだけ皆がやる気であることの裏付けでもある。

 それはそうと、今の砂橋さんと宏の会話に出てきた単語は何だ?

「マルチコア?」

「簡単に言えば、一つの半導体の中にコアを二つ載せんだよ。人間で言えば脳味噌二つ」

「あー、デュアルコアとかクアッドコアとか見るやつか」

「そそ、デュアルコアは二つ、クアッドコアは四つのコアだな。最近は八コア、オクタコアとかも多くなってきた」

「そうすれば、その分性能が上がるってことか」

「ま、そういうことだ」

 悠のざっくりした説明でなんとなく理解できた。今までは一つだけだった脳味噌を二つ載せることで、二つの処理を同時に出来るようになるということだ。

 つまりは、運が良ければ性能がさらに二倍に跳ね上がる。

「どうかな、バスインターフェースって準備できたりしない? スヌープ周りはMIHが対応してたはずだし」

「ふふん、私が何も準備していないと思ったの? 既に論理側に仕込みはしてあるから、物理設計で面積に余裕があったら言って」

 砂橋さんの提案に、蒼も笑顔で返す。

 ただ、その笑顔に疲れが少し覗いているのは……気のせい、じゃ無いだろう。

「なあ――」

 そんな蒼に声を掛けようとしたとき。つんつん、と学ランの袖が引っ張られていることに気付いた。

 腕の方を見ると、そこに居たのは下を向いた道香ちゃん。どうやら、引っ張っていたのは道香ちゃんのようだ。

「あの、センパイ。今日これからちょっとお時間ありますか?」

「僕? あるけど……どうしたの?」

「ちょっと、お話したいことがあって……」

 さっきまでのパワフルな道香ちゃんは陰を潜め、いまいち歯切れの悪い言い方をしている。何か言いづらいことでもあるのかも、部活関係の何かだろうか?

 とりあえず、話を聞くこと自体は全然問題ない。

「わかった、良いよ。じゃあ、今日は家まで送ろうか」

「いいですか? ぜひお願いしますっ」

「今日なんだけどさ、道香ちゃんを送ってくから蒼と悠は先に帰っててくれないか?」

 念のため、蒼と悠に声を掛けておく。道香ちゃんの家は少なくとも僕たちの最寄り駅である七日町よりは先みたいだから、途中でお別れせざるを得ないからだ。

「えっ? ……うん、いいわよ。というか、わざわざ確認しなくても良いのに」

「ま、蒼は俺がちゃんと送ってってやっからさ」

「お向かいさんのくせによくそんな威張れるわね。ただの帰り道じゃない」

 ついでに、悠の奴に「蒼の様子に気をつかってやれ」とアイコンタクトを試みる。悠はそれにウインクを返してきた。

 本当に判ってるのか不安だけど、幼馴染だし察してくれていると信じよう。

「んじゃねー、お疲れ様」

「お疲れさま。また月曜日」

「おっつー」

 校門を出る前に、寮に向かう狼谷さんと別れた。

 校門を出ると、今日は雨だったからバスだという砂橋さんと別れる。

 最後に七日町の駅に着いた車内で蒼と悠の二人と別れると、僕たちは二人きりになった。

「なんだかセンパイがここまでいらしてるのが不思議な気分ですっ」

「だな、僕も久しぶりに若松の駅まで出るよ。最寄りはどこなの?」

「今は若松ですっ」

「そうなんだ、もう少し遠いと思ってた」

 確か僕のぼんやりとした記憶が正しければ、前の道香ちゃんの最寄りはさらに北にある塩川のあたりだったはず。こっちに戻ってくるタイミングで引っ越してきたのかな。

 だが、七日町から若松まではあっという間。確認する前に、自動放送が会津若松駅への到着を告げた。

 若松の駅に着いても、案の定外は雨が降り続いている。車内で畳んでいた傘をもう一度広げると、道香ちゃんも折り畳み傘を広げた。

「ここから十五分くらい歩くんですけど、大丈夫ですか?」

「もちろん、ここまで来たんだし」

 二人並んで、雨の降る街へ歩き出す。雨だから、それに夜だからというのもあるんだろう。駅前でさえ人の声はあまりしない。

 ちらりと隣を見ると、ちょっと緊張しているからか、いつもよりも道香ちゃんの表情が硬いように見えた。

 しばらく並んで歩いていると、道香ちゃんは大きく息を吸う。まるで、何かの覚悟を決めたかのように。

「周りにも、あんまり人は居ませんよね?」

 道香ちゃんと歩いていたのは、駅からちょっと離れた人の気配がない裏道。

 聞こえてくるのは静かな雨音だけ。路上の水たまりが、路上の少ない街灯の光をきらきらと反射していた。

「ああ、誰もいないな」

 それを聞いた道香ちゃんはたたたっ、と走り出し、一本の街灯の下で立ち止まる。

「あのっ、センパイ。……いや、弘治お兄ちゃんっ」

 振り返った道香ちゃんは、どこか辛そうな、苦しそうな、そんな表情だった。その目には、いまにも溢れそうなほど涙が溜まっている。

 そして、その呼び方は懐かしい――六年前のもの。

 道香ちゃんは何回か深呼吸をすると、その涙を振り切るように頭を下げた。

「ありがとう、ございますっ……!」

 罵倒か、謝罪か。どっちにしても思い当たる節は無いけど、なんとなくそうかな、と思っていた。

 でも道香ちゃんの口から紡がれたのは、そのどれでもない、感謝の言葉。

「ちょ、ちょっと頭を上げてよ道香ちゃん……どういうこと?」

 正直、困惑が一番大きかった。何か感謝されるようなことをした覚えはないし。

 僕のその言葉を聞いて顔を上げた道香ちゃんは、涙に顔を濡らしている。数秒息を落ち着かせると、その真意をゆっくりと話し始めてくれた。

「……五年半前の、あの時。わたしは、何も出来ませんでした」

 彼女が零したのは、どこまでも深い後悔。

「センパイのお母さんが亡くなったっていうのは、知ってたんです。お父さんから聞いちゃいました。それに、言われたんです。センパイに連絡とってやれ、って……」

 呼び方を今のものに戻して、少しずつ言葉を絞り出すように紡いでいく。

 傘を握りしめるその両手は、小さく震えているようにさえ見えた。

「でも、わたしは勇気が出ませんでした。どんな言葉でメールすればいいか、電話してなんて声を掛ければいいのかが判らなくて。だから、連絡を取れなかった……いえ、取らなかったんです」

 五年半前。僕が一番苦しんでいたときの、道香ちゃんの苦い記憶。

「それを、今までずっと後悔していて……。どうしてもあの時、センパイに声の一つさえ掛けられなかった……幼馴染として、友達としてすら」

 道香ちゃんは今までずっと、そのことを後悔し続けてきたんだ。

 僕はただ、彼女の辛かった思いを受け止めることしかできない。道香ちゃんは自分の罪を告白するように、涙を流しながら言葉を続ける。

「一回気まずくなっちゃうと、メールのやりとりも、電話のやり取りも難しいんですよね。勝手に気まずくなって、勝手に距離を置いて……でも、やっぱりわたしは嫌だったんです。そんな理由でセンパイとお別れになっちゃうのは」

 それから、彼女は涙を流しながらも笑顔を見せる。

「実はわたし、今、一人暮らしなんですよ」

「え、お父さんはじゃあ、もしかして」

 てっきりお父さんもお母さんも一緒に戻ってきていると思ってた。でも、そうじゃなかった。

「はい、まだアメリカに居ます。お母さんも残ってます。……高校に入るとき一念発起して、日本に戻ろうと思ったんです。センパイに会うために。お父さんからセンパイの進学先は聞いてましたから」

 辛そうに笑う道香ちゃんを見て、その努力を想像せざるを得なかった。学年的に半年ずれるアメリカからこっちの学校に戻ってくるなんて、生易しいことでは無かったはずだ。

「でも、帰る直前になって怖くなったんです。そんな大変な時に自分の意志で何もしなかったわたしを、覚えてくれているとは思えなくて。だから、最初に声を掛けて、覚えててくれた時には……びっくりしました」

「ああ、僕もびっくりしたよ。道香ちゃんが帰ってきたなんて、何も聞いてなかったから」

 ようやく、ちょっと緩んでえへへ、と笑う道香ちゃん。

 朧気な記憶の中の笑顔と比べてよっぽど大人びたはにかみはきっと、その抜けない小針の痛みで育ったものなんだろう。

 その笑顔の目尻から、またつうっと光が一筋滴り落ちる。

「覚えててくれて、とっても嬉しかったんです。前のままの……お兄ちゃん、って呼べたころのままで居てくれたって。でも、蒼先輩から聞いちゃいました。センパイはあれからショックを受けて、コンピュータから距離を置くようになってたって。もちろんわたしのせいじゃないっていうのは判ってるんです。そんな自意識過剰なことはないんだって。でも、何も出来なかった自分が悔しくて、ずっと、ずーっと後悔してて……でも、ごめんなさいって言うのも、何か違うと思ってっ」

 そのはにかみの、いつもの元気な笑顔の裏側。そこには、暗くて冷たい思い出が横たわっていたんだ。

「ちゃんとお話出来た後も、やっぱりセンパイって呼び方から変えられなかったんです。わたしがアメリカに渡る前の関係が、一回終わっちゃったような気がして。でも、今日だけ……今日だけは、お兄ちゃん、って呼ばせてっ……!」

 もう一度、今度は溢れる涙を抑えずに頭を下げる道香ちゃん。

「だから、お兄ちゃん……っ、こんなわたしのことを覚えててくれて……本当に、ありがとう、ありがとうっ」

 僕は静かにそんな道香ちゃんの近くへと歩み寄ると、下げられた頭を優しく撫でた。

「僕が忘れていないなんて、当たり前だよ。むしろ、そこまで気にしていてくれたなんて……思わなかった」

 道香ちゃんに背負わせてしまった重荷の事を思うと、僕も苦しささえ覚えた。あの時の僕だって、多分そんなことは望んでいなかったよな。

「道香ちゃん、いや……道香は道香で、慣れないアメリカで元気にしててくれたんだ。それ以上は望むわけないじゃないか、あの時の僕だって」

 僕も五年半前の呼び名に戻して、優しく、言い聞かせるように話す。

 母さんが死んだのは僕が小学五年のころ、つまり道香がアメリカに渡ってすぐだ。慣れない異国の土地で、自分のことだけで手一杯な中で、他人のことを気にしている余裕なんてある訳が無い。

 だから、そもそも気に病む必要なんてないんだよ、と。

「……お兄、ちゃん?」

「もう、変に気を使うのは無しだ。呼びたいなら前みたいにお兄ちゃんって呼んでくれてもいいし、別に敬語じゃなくてもいい」

「……いいの?」

「ああ、もちろんだ。悠と宏がうるさそうだけどな」

「ふふっ、あの二人の先輩はいろいろ突っ込んで来そうだね」

「ま、それもまた一興だな。……冷えてきたしそろそろ行こう、道香」

「うん、お兄ちゃんっ」

 僕のことをそう呼んで、見せてくれた笑顔は。

 安堵と喜びの入り混じった、今まで見た中で一番の笑顔だった。



 翌日六月一日、土曜日の朝。

 金曜日に時間のかかる製造やシミュレーション、論理合成などの時間が掛かる処理を仕掛けて土日は休みにしてしまうことの多かったこの部活。

 だけど、IP大会の後は全員が揃うことが多くなっていた。

 今日も、悠と蒼と僕の幼馴染組、そして宏と砂橋さんは朝から作業に取り組んでいる。狼谷さんもクリーンルームに入って試作を繰り返していた。

 蒼の顔色は相変わらず優れない。目の疲労の色は少し良くなってこそいるけど、やっぱり万全な状況からは遠い気がする。

「おはようございまーすっ」

 そんな部室に、最後の部員がやってきた。

 道香は今日も相変わらず元気そうだ、昨日のことも引きずってないみたい。

「おはよ」

「おはよ、お兄ちゃんっ」

 ……引きずっていないからだろう、元気な笑顔のまま爆弾を投げ込んだ。

 まあいいか、逆にあの馬鹿二人の反応が見たいところもあったし。

「お兄ちゃんっ!!!!????」

「は?」

 案の定宏は立ち上がって叫び、悠は開いた口が塞がらないらしい。ちょっと面白いぞ。

「お前っもしかしなくても血の繋がっていない義妹とか新たな業の深い設定を」

「何お前、そう言うの好きなの……?」

「好きじゃないオタクが居ると思うか?」

「あっ、うん、そうか。ごめん」

 立ち上がって熱く語る宏に冷ややかな視線を向けていると、同じように砂橋さんも立ち上がって驚いていたことに気付く。

「道香ちゃん何があったの!? お、お兄ちゃん……って。もしかして鷲流くんに強要されたとか? 辛い思いしてるならお姉さんが、お姉さんが話聞くよ?」

「え、そういうことするって思われてたの……?」

 あまりにもあんまりな誤解をされていた。あと、お姉さんって強調するのは完全に逆効果だぞ。言葉にはしないけど。

「砂橋ちゃん、もっかい『お兄ちゃん』ってお願い」

「誰が言うかっ!」

 宏がどこからか取り出したボイスレコーダーを砂橋さんに向ける。どこまで行ってもこいつは相変わらずだなあ。

 唯一返事が無い蒼の方を見ると、

「…………?」

 フリーズしていた。

 面白そうなので眺めていると、数秒後に無表情でゆっくりと動き出す。

「まあ部員のプライベートに深入りするつもりは無いわよ? でも、何があったかくらいは教えてくれてもいいんじゃないかしら」

 大きくため息をつくと、いつもの蒼に戻ってくれた。一瞬、すごく寂しそうな表情を見せた気がしたのは……きっと気のせいだろう。

「五年半会ってなかったとはいえ幼馴染なわけだし、会ってなかった時のことを色々と話したんだよ。そのついでに、呼び方も六年前のに戻したってわけ」

「そういうことなんですっ」

 さすがにこれ以上混沌の種を置いておくのは、申し訳程度の良心が痛む。全員にネタをバラすと、ある程度納得してくれたようだった。

「へぇー、そういうことか。ったく、俺と蒼以外の幼馴染ねえ」

「何だよ」

「べっ、別に羨ましくなんてないんだからねっ!」

「なんかお前のその言い方妙にリアリティーあるし、絶対教室でやんなよ?」

 悠のツンデレは、ポーズも含めて腹が立つくらいには完成度が高かった。ちゃんと女の子の恰好をして、ちゃんと女の子の声でやったらきっとモテるだろう。

 その結果として不幸な事故が増えそうなので止めておいた。

「そ、そうなんだ。アタシはてっきり告白の一つでもしたのかと思った」

「そ、そんなこと無いですよっ! 恐れ多いですっ!」

「恐れ多いって言うのもなんだかおかしな話だけどさ?」

 砂橋さんと道香も漫才を繰り広げている。やっぱり、道香が元気だと部の雰囲気は一気に明るくなるな。

「――」

 だから、蒼の小さなつぶやきは。

 僕の耳には届かなかった。



 ……だけど、こんな楽しげな雰囲気は続かない。

 Melonプロセッサの最初の製造開始を翌週の金曜日に控えた六月の八日。今週の土曜日も部員全員が集まっていた。

 プロマネの仕事として、既にCPU甲子園への申し込みは無事完了。書類受領のメールも返ってきている。生き残りを賭けた最終戦に向けて、少なからずみんなの士気も向上しているみたいだ。

 蒼は金曜の最終下校までに終わらなかった論理設計の続きを、道香はボードの部品の配置・配線作業とやらを少しでも進めたいとのこと。

 宏は引き続きBIOSのコード読みと改良をしていて、また悠は蒼が書いている論理設計のコードを読みながらコンパイラのソースコードとにらめっこ中だ。

 今週の平日は青い空を見ることができたんだけど、今日は再びの雨。朝起きた時から降っていた雨は、弱まりこそしたものの降ったりやんだりを繰り返している。まるで今の開発状況のようにすっきりしない天気だ。

 そんな雨の中、僕と狼谷さんは再びオフィスエリアのデスクに向き合っていた。

 僕たちの前にはシリコンウエハーが二枚。先週から一週間で製造したテストウエハーだ。

「うああああっ、駄目だーっ! 動かんっ!」

 静寂をブチ破る声を上げながら、ファブから砂橋さんも帰ってくる。その手に握られたウエハーケースには、もう一枚――今日の朝製造が終わったばかりのテストウエハーが入っている。

「大体三分の一が短絡の症状、三分の一がオープンで抵抗が無限大。あとは動きそうだけど、一部のビットが動かなかったりしてどこかがおかしいっ! 正常なのはゼロ!」

 あきらかにヤケになって結果を報告しながら、つかつかと向かってくる砂橋さん。その表情には、若干の焦燥が混じり始めていた。

「今回も駄目、かあ……」

 僕も思わずため息が出てしまう。新しいプロセスの方はあれから試作を重ねているが、未だに動作するものが作れていない現状は変わらなかった。

「やっぱりこの機械だと難しいんじゃない? 何か手が無いと、これ以上は本当に時間の無駄になっちゃうよ」

「そこまで言わなくても」

 砂橋さんの言葉も若干強くなってしまっている。さすがにちょっと宥めると、さあっ、と砂橋さんの表情から血の気が引いた。

「ご、ごめん、アタシ……」

 その言葉を聞いて、天を見上げていた狼谷さんは砂橋さんに視線を落とす。

「ん、大丈夫。結凪が言ったのも、事実」

「でも、ごめん」

「本当に、大丈夫。気にしないで」 

 そこまで聞いて、砂橋さんの表情がようやく少し戻った。砂橋さんも大丈夫かな。

 とはいえ、プロジェクトマネージャーとしてもそろそろ心配をしないといけない時期に差し掛かりつつあるのは事実だ。何しろ、最初のチップの製造開始まではわずか一週間。

 途中から製造技術を切り替えることは不可能ではないけど、物理設計を全てやり直す必要がある。それに必要な砂橋さんの手間とリスクを考えれば、出来れば取りたくない策だ。

「何か手はあるの?」

「手はいくつか思いつくけれど、どれも良品率を大きく改良できるビジョンが見えない」

 狼谷さんとは思えない言葉に、思わず狼谷さんを見つめてしまう。

「鷲流くん、何かない?」

 その言葉には自分への失望が滲んでいて、その表情からは落胆と焦燥が読み取れた。

「そうだよね、一番焦ってるのは氷湖だよね」

「私がなんとかできないのが、悪いから」

 狼谷さんが力なく首を横に振るのを見て、僕と砂橋さんは思わず顔を見合わせた。

「重症、だね」

「ああ……」

 思わず呟きを交わすと、三人の間には沈黙が落ちる。

 その沈黙が何となく嫌で、逃げるように窓の外に目をやった。僕につられるように狼谷さんも窓の外に目を向けたのが横目で見える。

 窓ガラスに張り付いた水滴がところどころ外の景色を歪めて、灰色の空と建物の前に植林されているアカマツの木を映し出している。つまりは、いつも通りの雨の日の風景が広がっていた。

 晴れていれば、気分転換の散歩なんかも出来たんだけどなあ。それすら阻む梅雨の雨を睨んでも、当然ながら状況は改善しない。

「……雨粒に映った景色って歪むよな」

 そんなに良いアイデアが降って湧いたりしてくれたらこんなに苦しんでないよなあ。

 できることと言えば、目についた物を口にするくらいだ。

「どうしたの、いきなり」

 沈黙を嫌ってか、砂橋さんが話に乗ってくる。そのまま二人でなんてことない雑談に逃避することにした。

「いや、どうしたもんかと窓の外眺めてて何となくさ」

「そりゃあまあ、空気と水、それにガラスじゃあ屈折率が違うからねえ。理科の授業でやんなかった?」

「やったなあ、そんなの。屈折の実験とか懐かしいなあ」

「ってか高校物理でもやるでしょ、普通科のカリキュラムはアタシ知らな――」

 なんとなく中学校の理科の授業を思い出しながらぼんやりと話をしていた、その時。

「……っ!」

 がたーん! と大きな音が響く。

 その音は、狼谷さんがオフィスチェアを後ろのデスクにぶつけるくらいに勢いよく立ち上がったからだ、ということに気が付くのには数瞬必要だった。

「おあ、どうした狼谷さん!?」

 狼谷さんの方を見ると、さっきまでの憮然とした表情はどこへやら。今まで見たことが無いくらいに目を大きく見開いている。誰が見てもはっきりわかるくらいに感情が出ている狼谷さんを見たのは初めてかもしれない。

「それっ……それっ!」

 ばしん! と机に右手を突きながら、左手でどこかを指さす。その先には、水滴のついた窓ガラスか窓の外の景色しかないぞ?

「それ、って?」

「水の屈折率を使えばっ!」

「み、水?」

「ああ! なるほど、この世代でアレを使うって発想は無かった!」

 砂橋さんが何かを理解したかのように手を叩いた。僕は当然置いていかれたままだ。

「ちょっと、蒼! 設計図ってどこだっけ!」

「ステッパの図面? それなら倉庫のAラック、二番とか三番とかのあたりだったはずよ」

 楽しそうな目をした二人は蒼の言葉を聞くとどこかへと走り去ってしまった。でもまあ、あの感じだと何かいい技術のアイデアが生まれたんだろう。ちょっとでも役に立てたかな?

「もう、氷湖も結凪も目の色変えちゃって」

「うおっ、蒼!?」

 狼谷さんたちが飛び出していったドアを見ながら心の中で安堵のため息をついていると、蒼に声を掛けられた。

 その声の方を向くと、至近距離にあったのは蒼の顔。慌てて顔を引いて距離を取ると、蒼もようやく気が付いたのか顔を背けた。

「ご、ごめんシュウ。近かった」

「い、いやいいよ。それにしても、あんなに楽しそうな表情した狼谷さんは初めて見たかも」

「ふふっ、あの子たちも結局は技術大好きな技術者、ってことよ。何か面白いことを思いつくと、やらずにはいられないの」

 改めて蒼の方をに向き直ると、呆れるように、そして自分も面白がるように笑っていた。

 その姿に、いつの日かの母さんの姿が、表情が――

「……蒼の方は、進捗どうだ?」

 おぼろげに過去の映像が浮かびそうになって、それを誤魔化すように蒼に話を振る。過去を鮮明に振り返るのは、心のどこかが相変わらずブレーキを強く掛けていた。

 蒼の表情は、焦りと疲れが混じったような、あまり見たことのない表情に変わる。

 まずいな、あまり良くない状況みたいだ。

「……何とか、ギリギリね。まだ全部のロジックが仕上がっていないから、このままのペースで行くと最初のチップは最低限の機能しか入らないかも」

 実際、設計の進みもあまり良くないらしい。

 元々少し前から設計を始めていたとはいえ、こんなに急に本番用コアとして使うことになると想定して進めていたわけでもないんだろう。ある意味仕方なくはある。

「つまりは、二回目の試作以降で追加する機能が出てくるってことか」

「そうなっちゃうかも」

 後からの機能追加は、今までのプロジェクトの記録を見ていると出来れば避けたい。

 それはプロジェクトマネージャーとしては当然の意見だった。なぜなら、その分その機能を検証する時間が短くなるから。本番で万が一見つけきれなかった不具合を踏んだら、泣くに泣けなくなってしまう。

 だけど、蒼の疲れが見え隠れするしている顔を見ると、ノーとは言えなかった。

「わかった。とりあえずはあと一週間、なんとか頑張るしかないな」

「そうね。最善を尽くそうとは思うわ」

「うん、頑張って」

 そう言って、蒼は疲れの滲む笑顔でデスクへと戻っていく。その様子には、やはりそこまでの元気があるようには見えない。

 かといって、ここでずっと蒼の心配をしている訳にもいかないよなあ。

「悠と宏のとこにでも行くか……」

 誰にともなくそうつぶやくと、一番進捗、というか素行が不安なあの馬鹿二人の元へと向かうことにした。

 その悠と宏は、入り口にほど近い席に並んで陣取っている。

「よっ、二人とも順調か?」

「おーっす。シリコンの方も何とかなりそうじゃねえか」

「ああ、何かアイデアが降ってきたみたいだな」

「それにしても65ナノで液浸が必要になるとか、大概な露光装置だなあ」

 宏は珍しく目の下にクマを作っていない。ダダダダと音がしそうな勢いでキーボードを叩きながら、こちらを見てにやりと笑った。

「えきしん? って何だ?」

「あー、まあ……面倒くさいから狼谷にでも聞いてくれ。お前もナイスな助け船だったと思うぜ、弘治」

「アレを助け船と言われてもな。で、お前たちの進捗はどうなんだよ?」

 なんだか釈然とせずに頭を掻きながら訊くと、隣で資料らしき物を見ていた悠がやれやれと言うように首を振った。

「はー、出た出た進捗どうですか魔人。大丈夫だったら今日居ないって」

「じゃあ何でお前はブラウザでゲームしてんだ?」

 そう、その悠のデスクの二枚並んだ液晶の隅にはブラウザでゲームが開かれていた。明らかにやっべ、という表情を見せる悠に詰め寄る。

「あっ、いやー、それは、その、コンパイルの待ち時間に……てへっ☆」

 その見た目を盾に使ってきた。確かに可愛いのは可愛いのだが、無性に腹が立つのは仕方ないだろう。

 まあ、実際のところそれ以外にも色々なウインドウが開かれているのはわかる。遊んでただけでもないんだろうけどさ。

「次やったら外な」

「いやマジでごめんって、言うて放置系のゲームだから大丈夫だって」

「まあ熱中してやってるとは僕も思ってないけどさ。実際のとこは?」

「んー、俺の方はそこそこかな。今でも動くものはあるけど、もうちょっと最適化できるところがあると思う」

「そんなに悪い状況じゃないってことか」

「だな」

 何だかんだ言ってやることはちゃんとやってるあたり、さすが悠だな。

「宏は?」

「こっちも八割ってとこかな。製造終わる日までには間違いなく終わると思うぜい」

「おお、上々じゃん。お前らならそこまで心配は要らないと思ってたけど、その通りだな」

 宏の方も順調なようだ。二人の言葉からすると、そんなに凄い急ぎの作業があるわけでは無さそうに感じる。

「お前ら、ここ気に入ったな?」

 だから、ちょっと思ったことを聞いてみた。それは、僕がちょっと気にしていたことでもある。素直な聞き方にならなかったのは許してほしい。

 一方の悠はにやりと笑うと、本当に楽しそうな、まるで子供がいたずらを仕掛けるときのような笑顔で言い切った。どうせ、僕が考えてることなんてある程度バレてんだろうなあ。

「お前が気に入って、俺が気に入らないことがあると思ったか?」

 悠のその素直じゃない肯定を聞いてちょっと安心した僕は、二人の机を離れる。

 席を立ったついでだ、残りの一人――道香の様子も見に行くか。

 道香は、一番ラボに近い席に陣取ることにしたようだった。ディスプレイの向こうでひょこひょこ揺れているアホ毛を頼りに席へと向かう。

「おーい道香、進捗はどう?」

 近づいたところで声を掛けてみるけど、返事が無い。

 デスクまで辿り着くと、そこには鬼神の如く鋭い表情で液晶に表示された回路図や図面と戦っている道香が居た。

 その手はマウスとキーボードを恐ろしい速度で行ったり来たりしながら画面の様子を変化させ続けている。

「あの、道香……?」

 そんな姿を見ていると、自然と声が小さくなった。でもどうやら聞こえてはいたらしく、こちらを……

「ひっ、ごめんっ」

 睨むように一瞥した。当然選択は謝る一択だ。

 でも、その表情は見る見るうちに緩む。気付けば、いつもの道香になっていた。

「お兄ちゃん、お疲れ様っ! わたしのところに来てどうしたの?」

 不思議そうにきょとんとこちらを見ている道香に、さっきの鬼神のような面影はない。

「いや、進捗どうかなーって思って見に来たんだけど……集中してたのを邪魔しちゃったかな?」

「いや、お兄ちゃんならいつでもウエルカムなんだけど……その様子だと、もしかしなくても、本気で集中してる時のわたし、見ちゃった……よね?」

 小さく首を縦に振ると、道香の表情はどんどん青くなっていく。

「あのあのあのっ、違うのっ、別に声を掛けられたのが嫌とかそういうんじゃなくってっ」

 そしてわたわたと弁解を始めた。どうやら、あまりフレンドリーな感じではないことに関して自覚はあるみたいだな。

「集中するとついついそれだけを見ちゃって、あの、ついつい目つきが鋭くなっちゃうだけで、声を掛けてもらうこと自体は嫌じゃないどころかむしろ嬉しいというか、あのっ」

「お、落ち着いて道香?」

 さらにわたわたと目を回す道香。青くなった顔が逆に赤くなり始めたから、慌ててがくがくとしばらく肩を揺すると、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。

「ごめん、取り乱した……ありがと、お兄ちゃん」

「いや、いいんだけど……どう? 進んでる?」

「うんっ、今のところ順調だよ!」

 そう言って、道香ちゃんはマウスとキーボードをいじって画面を切り替える。表示されたのは、線や図形が大量に描かれた図だった。

「これは、回路図?」

「そうっ! 新しく作ってるボードの回路図で、回路図自体はほぼほぼ完成と言っていいところまで来たよ」

 それからもう一度操作をすると、大きく画面が変わって何かの図面のような物が出てくる。画面中を様々な色で描かれた線があちこちへと縦横無尽に駆け抜けていて、反対側が全く見えないくらいの密度だ。

「こっちは何?」

「実際のボードの図面、今は配置と配線作業の真っ最中。JCRAが提供している仕様書を見ながら配線をしているところなんだっ」

「この、線の色の違いは?」

「これはね、『レイヤー』」

「レイヤー……?」

 色に関して聞いてみたはいいけど、返ってきた言葉はいまいちピンと来ない。

 レイヤーと聞くとコスプレイヤーの略称しか出てこなかった。思考までも宏に汚染されているみたいで本当に嫌だな。

 そんな僕の様子を見てか、道香ちゃんは苦笑いしながら教えてくれた。

「えーっとね、最近のボードはあまりにも配線しなきゃいけない信号が多すぎて、表と裏だけじゃ配線する場所が足りないの」

「ふむふむ?」

「だから、ミルクレープみたいに配線を重ねて配線をするんだよ。クレープの代わりに銅箔の層を、クリームの代わりに絶縁体を、って感じ」

「ミルクレープ、か。なるほどね」

 イメージとしては判りやすい。配線と配線を、電気を通さない物を交互に挟みながら積み上げていくということだ。確かにこれなら面積不足にも対応できるだろう。

「でも、真ん中の層にはどうやって配線するんだ? 電気を通さないものを挟んでるわけだし、上の層とか下の層とかと繋がらなくないか?」

「ふふん、そこはもちろんちゃんと繋がってるんだよっ」

 そう言うと、近くにあったIPのボードを手に取ってボード上の一点を指さした。特段、何か特別なものがあるようには見えない。

「この金色の丸い穴、これが貫通してるの見える?」

「ああこれか。うん、見える」

 言われたところをよく見ると、そこには確かに淵が金色の穴だった。よくそのボードを見てみると、同じような穴があちこちに空いているのが見える。

「この穴を『ビア』って言うんだけど、穴の中にも円柱状の金属が埋め込まれているの。この穴の金属が中に埋まってる層の金属にも接触してるから、中の層どうし、それに一番上や下の層とも接続が出来るんだよっ」

「なるほどなぁ……じゃあ、今作ってるボードも同じようにこのビアってやつを使って複数の層を繋ぐわけだ」

「その通りっ。実際にボードに部品を置いていく『レイアウト』の方はもう少し掛かりそうだけど、チップの製造開始と同じくらいのタイミングでボードも製造に出せるかな」

 道香は自慢げに胸を張る。話の内容と様子から見ても本当に大丈夫そうだな。さすがは主席なだけあって、うちの開発環境もすぐに使いこなしてしまったみたいだ。

「配線作業はどうやってるんだ? まさか全部手動……?」

「いや、さすがに全部は死んじゃうって……ソフトが八割くらいはやってくれるかな。それで自動配線が出来なかった二割くらいの配線は自分で引いたり、条件を付けてもう一回ソフトに挑戦してもらったり」

 ついでに気になったことを聞いてみると、さすがにこのご時世に全部手動ということは無いらしい。それはそうだ、ざっと見ただけで何千本、何万本とある配線を全部手動でやるのは修行を超えてもはや不可能だよな。

「あー、なるほど。砂橋さんの物理設計みたいな感じか」

「だねっ、砂橋先輩の物理設計も大枠はソフトがやってくれてそれを人の手で仕上げていく感じだけど、こちらも同じような感じだと思って大丈夫」

 とりあえず状況も判ったし、何より道香の表情が楽しげだったことに安心した。狼谷さんと同じように、誘ったのは僕だしちゃんと気にかけてあげないと。

「ありがとう、引き続き頑張って。何かあったらすぐ報告してね」

「ありがと、頑張るよっお兄ちゃん!」

 元気な声と笑顔でパソコンへと視線を戻す道香。

 その様子を見ていると、こちらも何だか元気を貰った気さえする。

 道香の席を離れた後、自分の席に戻る途中で改めて現状を思い出してみた。

「えーっと、道香のボードも順調、悠と宏のソフトチームも大丈夫、砂橋さんと狼谷さんの方も進んだっぽいから……やっぱり蒼、か」

 今のところ、一番状況が良くない……というか、追いつめられている蒼のことが、やっぱり気になる。横目で蒼の様子を見ると、相変わらず蒼はずっと画面に張り付いているようだった。ここからはその表情は見て取れない。

 かといって、狼谷さんたちのときのように僕に出来ることが何も無いのが悔しい。

 自分の席に戻ると、しばらく先延ばしにしていた過去のプロジェクトの運営資料を読んだり、引き続き蒼から借りた本を読んで勉強を進める。頑張って勉強して、出来るだけ早く皆を手伝える、いや、皆の言っていることがわかるくらいにはならないと。

 そうしていると、時間の進みは本当にあっという間だ。

「っと、もうそろそろ下校の時間だな」

「……ん、もうそんな時間なのね」

 下校時間が近いのを確認した僕たちは、全員に声を掛けて回る。あのあと製造室に籠っていた二人にも声を掛けた。

「いやー、『液浸露光』って凄いねぇ。まだバチっと設定が決まってないから完全じゃないけど、一気に精度が良くなりそうだよ」

「まだまだ調整は必要、温度の問題もある。でも、試さないと何事も判らない。いい勉強になった」

 十分後、ファブから出てきた砂橋さんと狼谷さんはほくほく顔で話している。どうやら上手く行きそうらしい。

 廊下でみんなと合流し、七人の大所帯で玄関を目指す。

「これで、多分予定通りのルールで作れる。詳細なルールは改めて送る」

「アタシの仕事の準備もこれで完璧だね。蒼の方はどうよ?」

「全機能を最初の製造には間に合わないと思う。手間かけちゃうけどごめんね」

「んーん、気にしないでいいよ。初物だしね」

 砂橋さんは、珍しくどこか心配するような表情を蒼に向けた。蒼は、やっぱり少し疲れたような笑顔で返す。

「そう言ってくれると助かるわ……あら、雨止んでたのね」

 実際のチップ製造に向けた情報共有をしながら玄関を出ると、外の雨は止んでいた。みんなが玄関から出たのを確認してから、広い並木道を校門に向けて歩き出す。

「そういや、今日やってたのがそのえきしん、って奴なのか?」

「あー確かに、鷲流くんには何も話しないまま作業に入っちゃったもんね」

「じゃあ。鷲流くん、結凪、今から暇?」

「ん、暇だけど。どうしたんだ?」

「アタシも大丈夫だけど?」

 ちょっと蒼の様子が心配なくらいで、何か用事がある訳ではない。授業の課題はあるけど、無いも同然だ。

 その返事を聞いた狼谷さんは数秒思案してから、さも当然の如く言い放った。

「うち、来る?」

「ん? えええっ!?」

 その約五分後。

 僕は、女子寮の玄関に居た。

「へー、こんな立派なんだね。てっきりもっとボロいと思ってた……んで鷲流くん、少しは落ち着いた?」

「落ち着くわけないよ、女子寮だぜ? だって」

 玄関に居る、ただそれだけで圧倒的なアウェーな雰囲気を感じる。宏くらいのずぶとさがあれば「女子寮だヒャッホイ」とでも言って喜ぶんだろうけど、生憎僕にそこまでの度胸はない。

「ん、お待たせ。いこ」

「お、おおう。お邪魔、します?」

「そんなガチガチに緊張しなくてもいいじゃん、気楽にいこうよ気楽に」

「いや無理だって!」

 思いっきり緊張して挙動不審になる僕を連れて、狼谷さんは小洒落た階段へと向かった。色々と観察したくなる欲望を抑えながら、まるでホテルのような作りをしている女子寮の中を僕たちは進む。

 ある一室の前で足が止まると、狼谷さんは流れるように鍵を開けた。

「いらっしゃい」

「お邪魔、します」

「お邪魔するよーん」

 玄関を入って最初に目についたのは、大きめのPCデスクに置かれた二枚の大きな液晶と、その反対側の壁に置かれた技術書がたくさん詰まった本棚だった。

 逆に言えば、特筆するべきものはそれくらい。あとはモノトーン調で揃えられた、物の少ない綺麗な部屋だ。

「へえ、綺麗な部屋なんだね。物も少ないし」

「これだけで十分。二人とも、どうぞ」

 そんな僕たちを意に介す様子もなく、荷物を置いた狼谷さんは僕たちをローテーブルに誘う。言葉に甘えてカーペットに腰を下ろすと、狼谷さんが飲み物を出してくれた。僕と狼谷さんが初めて会ったときにも持っていたコーヒー牛乳のミニパックだ。

「コーヒー牛乳だけど、よければ」

「『コーヒー急行』じゃん。確かによく購買で買ってるよね、好きなの?」

「ん。王酪のカフェオレよりも牛乳感が強くて個人的に好き」

「こだわりだね。確かにどっちも美味しいし、アタシもそれ好きだよ」

 狼谷さんのこだわりを楽しそうに話す狼谷さんと砂橋さん。だけど、僕は正直それどころじゃない。

「……そもそもなんだけど、僕はここに居て良いの?」

 正直、緊張で心臓がうるさいぐらいだ。退学になったりしたら、とか悪い想像さえ脳裏をよぎる。

 そんな僕の心配もよそに、狼谷さんはいつもの澄ました表情のままだ。

「大丈夫。ダメだったら入れてない」

「へえ、意外とウチの寮って緩いんだね。アタシも知らなかった」

「あまりこの寮に住んでる人も多くないから、よく知られてないのも仕方ない」

 とりあえず、見つかるとつまみ出されるような状態じゃないって確認できたのは大きいな。

 一息つく代わりに甘いコーヒー牛乳を一口飲むと、早速話を切り出すことにした。

「で、狼谷さんは今日何をやったか教えてくれるんだっけ?」

「そう。アイデアをくれたのに、何も教えずに突っ走ってしまった。反省」

「いや、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。むしろ、こうやって時間を取って教えてくれてありがとう」

「んじゃ、アレの話をしますか」

「アレ、っていうと?」

 にやりと、本当に楽しそうに笑う砂橋さん。

「それは、無理やりArFエキシマレーザーを使った露光装置を最新プロセスまで延命させるために生み出された技術の一つ」

 砂橋さんがもったいぶって溜める。小さいアイコンタクトの後、狼谷さんはすっと立ち上がり、言葉を継いで言い切った。

「それが、『液浸露光』と呼ばれる技術」

 その後、とてとてと歩いてプリンターから何枚か紙を持ってくるとテーブルの上に広げる。そこにささっと色々な図形を書き込むと、狼谷さんによる液浸露光という技術に関する講座が始まった。

「まず、今問題になってる分解能。言い換えれば、どれだけ細かい幅までくっきりとピントを合わせることが出来るか、という性能の観点がある。当然、分解能は小さい方が性能が良い」

「そりゃそうだよな、それだけ細かい加工が出来る訳だからな」

 きっちりピントが合わないと、線がボケてしまうからそれだけ細かい加工が出来なくなる。それ自体は午前中にも理解ができてたし大丈夫そうだ。

「分解能が低いもので細い線を写そうとすると、焦点は合ってるのにボケちゃうんだよね。それが半導体だと致命傷になるってわけ」

「ピントが合ってないわけじゃないんだよな?」

「そう。ピントを一番合う場所に合わせても、線がぼける状態になってしまう」

「一番くっきり映る場所にレンズと写すフィルムを置いてもボケちゃうってことなんだな。この間『解像しない』って言ってた奴は」

「そう。その分解能は数式で表せて……簡単に言えば、波長に比例し、『開口数』という概念に反比例する」

 さらさらとよくわからない数式を書いていく狼谷さん。正直その数式自体の意味はわからないけど、言ってたことを要約すればこういうことだ。

「使う光の波長が短くなればなるほど、開口数とやらが大きければ大きいほど性能が良くなるのか」

「せーかい。今までは基本的には光の波長を変えて分解能を上げてきたんだ。だけど、今使ってる光源自体の性能は悪くないんだよね。『ArFエキシマレーザー』って奴で、波長は193nm。これより波長が短いものになると、次はEUVになっちゃう」

「出た、あのバカ高い奴だな」

 最初に蒼から聞いていた、一台の値段が一生遊んで暮らせそうな金額になるアレだ。つまり、性能をよくするための片方はもうどうしようもないってことになる。

 砂橋さんは、僕の雑なまとめを聞いて苦笑いを見せた。

「そ。そんな高い装置を、言い方悪いけど所詮学校には置けないし。だから、光源を変えるのはできないってわけ」

「今回の問題は、どちらかと言えば開口数が問題。古い機械だから開口数が小さくて、ArFエキシマレーザーを使っても分解能が上がらない」

「それが今回65nmプロセスで作れない原因、だったもんな」

「開口数は簡単に言えばどれだけ明るく光を取り込むことができるか、という概念を表す数字。対物レンズに入射する光線の角度の正弦と、物体と対物レンズの間の物質の屈折率を掛け算することで求めることができる」

「うおっ、いきなり数学かよ」

「んにゃ、物理だね」

 砂橋さんの的確なツッコミをスルーしながら、図に起こしてもらった数式を見直したけどやっぱりわからない。

「シンプルに言えば、対物レンズと投影したい物質の間にある物質の屈折率が大きければ大きいほど嬉しい」

「なるほど。そう言われるとシンプルだな」

 そんな思いが表情に出ていたのだろうか、狼谷さんは相変わらず澄ました表情で言い換えてくれた。そんな狼谷さんの微妙な表情の変化と雰囲気から、なんとなく楽しんでいるのが読み取れるのはここ二か月の成果だな。

「さて鷲流くん、中学校の理科の復習だよ。水と空気、一般的にどっちの方が屈折率が高い?」

「え? えーっと……確か水の方が大きいんだったよな?」

「大正解。空気は大体一、水は温度にもよってくるけど一.三と少し。つまりね、対物レンズとシリコンウエハーの上のレジスト。この隙間にある空気の代わりに水を入れてあげるだけで、性能が一.三倍になるっていうわけ」

「そんな技術があったのか! でも、どうして今まで試さなかったんだ?」

 そんなお得な技術ならば、狼谷さんなら思いついてもおかしくなかったと思うんだけどな。それを聞いた狼谷さんは、ほのかに申し訳なさそうに言葉を紡いだ。

「さっき結凪が言った通り、この技術はArFエキシマレーザーの限界に当たった後、少しでも延命するために生み出された技術の一つ。32nmプロセスや22nmプロセスといったより先端技術で使うものという意識があって、検討すらしていなかった」

「最初は、22nmプロセスとか、14nmプロセスくらいからはEUVの領域って言われてたんだよね。でも、知っての通りEUVの露光装置は今ですら馬鹿みたいに高いし実用化もようやく始まったくらい。簡単に言えば開発が大きく遅れたんだよ」

 狼谷さんの説明に、砂橋さんの補足説明が入る。つまりは、本当なら今頃EUV、もっと波長が短い光を使った露光が全盛になっているはずだった、ってことだ。そうしたら、運が良ければもっと新しい装置がJCRA経由で手に入ることもあったんだろうなあ。

「でも、半導体のプロセスの縮小は急務だった。ムーアの法則、って知ってる?」

「ああ、聞いたことはあるな。なんか死んだり生き返ったりしてる法則だろ?」

 さすがにその法則の名前はニュースとかで聞いたことがあった。どこかの会社の社長がムーアの法則は死んだ! と言えば、それに対してどこかの会社がそんなことはない! と言っていたような記憶がある。

「死んだり生き返ったりしてるわけじゃないけど……ムーアの法則ってのは、『1970年代末以降二年経過するごとに、半導体の中の一つの素子……代表的にはトランジスタだね、その単価が一番安くなる素子数は二倍になる』って経験則なんだよ。そして実際に、コンピュータを作っている半導体メーカーは概ねこの通りのチップを世に出してきた」

「会社として売るときに、チップはその中の素子の単価が一番安くなるところを狙う。少なすぎるとその分チップも安くなって利益が出ないし、多すぎると今度は製造が難しくなったり原価が上がりすぎたりして利益が出ない」

「つまり、会社として一番バランスが取れてるとこを狙い続けると、自然とそこになる、ってことか。それだけ製造技術が進歩したんだな」

「もちろんプロセスもだけど、あとはチップ面積とかもあるかな。昔はウエハーがどんどん大きくなっていってて、大きいチップでもチップの数が取れるようになっていったから面積を大きくしてもそれなりの値段で出せたんだよ」

「ああ、確かにそれもそうか」

「だから、今まではちょっとプロセス技術が停滞してもなんとかなってきた」

「その結果、現代の技術もまだ追い求めてるのか。それを」

「そう。何故なら実際にそのペースで今までは来ていたし、同じペースでの進歩が期待されていたから」

「ずっと同じペースに近い形で進んで来てるんだもんな。そりゃみんな同じペースでこの先も進歩するって思うよな」

「でも、製造技術の根本を成すEUV露光装置の開発は足踏みしてしまっていた。だから、今まで使っていたArFエキシマレーザーを何とか延命しないと顧客の需要に応えられない」

「チップサイズを大きくするのだって、ウエハーのサイズや精度、それにコストも合わさって限界があるからね。今ある手元の技術だけで、なんとか微細化しないといけなかった」

「そこで、この液浸露光ってことか」

 この液浸露光技術が生まれたのは、半導体業界の進歩を何とか足踏みさせずに走り続けるために必要だったから、ということ。確かに、たった十年でもパソコンは全然別物のように速くなったらしいし、スマホだってそうだ。

 その全てがこの半導体技術の進歩に掛かっていると思うと、あるものを極限まで使ってなんとか先へ進もうとするのもわかるな。

「実際には、液浸露光技術だけじゃないよ。無茶苦茶にも思えちゃうような色々な技術を組み合わせることで、ArFエキシマレーザーの壁、と言われていたところから四世代分くらいの延命に成功してるんだ」

「四世代も!? そりゃすげえな」

「だから、65nmプロセスなんて古いプロセスで効果がある場面が来るとは正直思っていなかった。よく考えてみれば、むしろ今一番使うべき技術なのに」

 そして、その背景をよくよく知っていたからこそ思いつかなかった、という訳だ。まあ、確かに二十何ナノとか言う世代で使われ始めた技術なら仕方ないか。

 ようやく、宏が昼間に言っていた大概な装置だ、ってのも理解できた。確かに、今の話を聞くとウチにある装置もだいぶ旧型ではあるんだな。

「冷静さを欠いて、必要な時に必要な技術を使えないようでは技術者失格。ごめん」

 しゅん、と小さくなって狼谷さんが謝る。今日は本当に狼谷さんの感情がわかりやすい日だな……なんて、考えてる場合じゃないな。

「いやいや、そんな謝るようなことじゃ……僕はただ外を眺めてただけだから」

「それでも。ありがとう、気付くきっかけをくれて」

 狼谷さんは、本当に幸せそうな、安心しきった笑顔を見せる。

 初めて見た狼谷さんのはっきりと緩んだ笑顔は、どきっとさせられるくらいに綺麗だった。

「ちょっと氷湖、その笑顔は反則だって」

 その笑顔を見た砂橋さんすらちょっと顔を赤く染めるほどの破壊力だといえば、どれほどかは判るだろう。

「ってわけで、今日やったことの話は終わり! そうそう、寮暮らしってことは氷湖は実家が遠いんだっけ?」

 ちょっと恥ずかしかったのか、強引に雑談へと話題転換を図る砂橋さん。

 狼谷さんは、いつもの表情に戻ってこくりと頷いた。いや、口元がちょっと上がっている気がするから笑ってくれているみたいだ。

「そう、只見だから。通うのは無理」

「へえー、只見か。そりゃ確かに遠いなあ」

 只見といえば、若松と新潟の間の山奥の町だ。鉄道で若松から三時間弱掛かるから、確かに通学はとうてい無理だろうなあ。

 冬は若松なんて目じゃないくらいに雪が降ることで有名で、紅葉が綺麗だということくらいなら、地元のテレビ情報で知っている。会津若松だって東京の人から見たら大概田舎だけど、ここなんて目じゃないくらい小さい街だったはず。

 行ったことは……わざわざ行く用事もないし、ないな。

「親御さんもよくOKしてくれたね、コンピュータ系の技師だったりするの?」

「違う。親はただの教員」

「先生なのか、結構意外だな。そんな環境だと、逆に何で半導体をやろうって思ったんだ?」

「……ちょっと、待ってて」

 狼谷さんはそう言って立ち上がると、壁に沿って置かれている本棚へと向かう。それから一冊の本を取り出して戻ってきた。いわゆる四六判の分厚い本だ。

「計算機立国、日本の自叙伝?」

「そう。NBCが作ったドキュメンタリーで、その書籍化」

「あー、それお爺ちゃんの本棚にあったかも。読んだことないけど、そのものズバリな内容なの?」

「そう。半導体って何? ってところからトランジスタの歴史、実際に半導体を製造するところ、コンピュータのチップの設計や歴史まで、全部が入ってる」

「確かにそれは盛りだくさんだな」

「ちょっと古い本だけど、親が買って本棚にあった」

「どれどれ……うお、僕たちが生まれる前の本か」

 奥付を見ると、刊行されたのは1991年。僕たちが生まれる十年以上前の本だった。よくそんな本を読もうと思ったな、当時の狼谷さん。

「あー、ってことは本当に黄金期を元に書いたんだね。一番日本が強かった、八十年代の半導体業界を元に」

「そう。読んで、すごく面白いって思った。だから自分で勉強して、ここに進学することにしたの」

「へえ、それから一年であの電工研の主任プロセス技術者になるんだから凄いじゃん」

「この本を読んで一番興味を持ったのが、製造技術。だから、独学で勉強していた」

「それだけで何とかなるの?」

「あとは、お父さんの友達の大学の先生にインターネット越しに教えてもらったりした」

「おおう、そういうことか。じゃあ、独学とはいえきちんと勉強してたわけだ」

 只見の奥に居ても、インターネットのビデオ通話を通じていい先生に教えてもらっていたわけだ。なるほど、それならこれだけの知識や技術を持っているのも頷ける。

 ――お父さんの技術が、いつか、みんなを繋ぐから。

 ……頭を小さく振って、出てきたその言葉をかき消した。

「それで、電工研に入って大活躍したと」

「大活躍までは、していない。理論的には大体は網羅して理解していたつもりだったけど、実際の装置やモノに触るのは初めてで、大変だった」

「へえ、じゃあ結構時間かかったんじゃない?」

「ん。だいたい一ヶ月半くらい掛かった」

「あの製造装置を一ヶ月で使いこなしたのか」

 きっと、元々が勉強家な上に天才肌なんだろうな。でないと、あれだけの機械を何か月という単位で使いこなせるようになるのは無理だ。

「それから……元コン部の人たちに追いやられて、逆にコン部に流れ着いたんだよね。本当に、アタシたちの先輩がごめんね」

「結凪は謝らないで。悪くないのに」

「ん、ありがと。本当に、アタシたちの部に来てくれてありがとね」

「私こそ。受け入れてくれてありがとう」

 砂橋さんと狼谷さんは笑顔を見せあう。こうして仲良くなってくれるのを見ると、改めて誘ってよかったなと思えるな。

「鷲流くんも。あの時声を掛けてもらってなかったら、もう勉強も辞めていたかも」

「狼谷さんがコンピューターの勉強をやめるなんてことにならなくて良かったよ」

「そっか、氷湖は鷲流くんのスカウトだもんね」

「砂橋さんもありがとう。蒼を支えてくれて、この部を今まで残してくれて」

「お、おっ、おおう。アタシはただやりたいことをやっただけだから。そんなこと言うなら、鷲流くんだって入部してくれてありがとうだよ。あの時入ってくれなかったら、多分もう無理だった」

「んおっ、あ、ありがとう」

「あーもう、なんでこんなお互いに褒め合ってるんだよーっ! くすぐったいじゃんかっ」

 恥ずかしそうに顔を赤くしながら手を振り上げた砂橋さんを見て、狼谷さんと二人で笑う。

 それから砂橋さんの寮を後にして、寮生だけが使える裏玄関から出た。バスに駆け乗った砂橋さんを見送ってから、僕も駅へと向かう。

「……何なんだろうな」

 ぽつり、と口をついて出てきたのは、自分自身への疑問。思い出そうとしても引きずり出せなかった過去の思い出が、ぼんやりとはいえ最近になってぽろぽろと出てくるようになっていたから。

 そして、僕はそれが怖かった。過去を思い出したら、今抱えている心の黒いもやも一緒に出てきてしまいそうだったから。

「思い出さない方がいい、か」

 出来るだけ考えないようにしよう。うん、きっとそれが良い。

 雨が止んで星が見え始めた空を見ながら、質素な駅のホームで帰りの列車を待った。



 ついに迎えた六月十四日の金曜日。

 第一会議室には、僕を含めて七人の部員が集合している。

「じゃあ、第二回Melon開発会議を始めるぞ」

 開発会議を進めるのは、ついに僕の仕事になっていた。

 皆の前に立つと、自然と胃が締め付けられるような感覚がまだある。普通に部活をやっている時には気にしないようにしていたけど、会議だとそうはいかない。

 でも、その胃が締め付けられるような感じは一ヵ月前とは大きく変わっていた。

 今までの全身が冷たくなっていくような痛みじゃない。生気をどこかへと吸い取られてしまうような、体が冷えていくようなことはない。

 自信が無くて、ただ緊張しているだけだ。

 その冷たい痛みを手放すことができたのは、この一か月、申し訳程度とはいえみんなをまとめてきた成果なのかな。

「まずは蒼から。論理設計はどう?」

 蒼を見ると、まるで往年の悠のように目の下にクマを作っていた。先週末から今週にかけての追い込みをしており、さらに砂橋さんに渡した後もまだ終わっていない機能の実装に取り組んでいたからだ。

 僕の目線に気付いた蒼は、プロジェクターにパソコンの画面を映し出す。その表情には、いつもの勝気な笑顔は無かった。

 画面に資料を出すと、ほぉ、と皆の口から歓声ともつかない声が漏れる。

「言ってた通り、Sunnyfieldの実装は完全には終わらなかったわ。一部の命令の追加実装が終わってないのと、幾つかダミーのままの機能がある。とりあえず動くようになってるだけで本番用の回路になってないところも両手で数えられないくらいあるわ」

「普通に動かす分には問題ないんだよな?」

「うん、その辺は事前に杉島くんと悠のとこにお願いしてある」

 杉島くん、という呼び方に改めて違和感を覚えながら宏を見ると、いい笑顔で親指を立てていた。何か策を施してあるんだろうな。

「アーキテクチャ的にはIPCに極振りした感じね。トランジスタ数は考えてないわ」

「四命令同時デコードにALU四つ……ベクトルエンジンは二つとはいえ、かなり攻めてるよなあ。演算器盛り盛りだぜ」

「本当に、これだけのコアを動かせるようにしたんですねえ」

「ええ、とりあえずだけど。後は結凪と氷湖に任せたわ、お願いね」

「ひひっ、上等上等」

 話を振られた砂橋さんは本当に楽しそうに、にひひ、と笑っている。その理由は後で聞けばわかるだろう。

「だから、とりあえず試作してみるという意味で私はGoを出すわ」

「作ってみないとわかんないこと、一杯あるだろうしね」

「その通りよ。性能予測は、今のままだと1GHz動作で1.79GFLOPSというシミュレーション結果よ」

「この前の二倍。すごい」

蒼が言った性能の予測値は、前回の二倍以上を叩き出していた。それでも満足していないらしい蒼は、僕を鋭い目で見つめてくる。

「でもまだまだ伸びる、いや伸ばすわ。シュウ、いいかしら」

「……ん、わかった」

 蒼は大丈夫かという言葉が喉まで出かかって、飲み込む。その鋭い目線が、信じて欲しい、と言っていたからだ。

 そう言われてしまうと、僕は信じる以外の選択肢を持っていない。とはいえ、本当に限界を迎える前のどこかでは止めないと、だな。

「んじゃ次、砂橋さん。物理設計の方はどう?」

 少しの不安は残るけど、おやつをつまんでいる砂橋さんへと話を振った。

 砂橋さんは慌てておやつ――今日は悠がいろんなグミを買ってきていた。今日名前を決めたらきっと開発名は『グミ』だっただろう――を飲み込むと、蒼からケーブルを貰ってスライドを映し出した。

「トランジスタ数がヤバいよ、コアだけで今までの二倍弱に膨れ上がってる。とはいえまだ面積もあるからデュアルコアもいけそう、チップの規模はこないだの二倍以上だね」

 さっきと変わらない楽しくてたまらないというような笑顔の理由は、まあこれなんだろう。壁が高ければ高いほど楽しいと思うジャンキーなのは間違いないな。

「まずは最高駆動周波数、なんと自分でもびっくり2.8GHzちょいまでいける予定だよ。思ったよりも液浸の効果があって、トランジスタの特性がかなりよさそう。トランジスタ数は一コアで約七千万、正直二コアにしてもちょっと余裕があるかな」

 映し出されたその数字は、今までの物よりも良くなっているように見える。本当にシリコンの特性もいい感じみたいだ。もちろん、砂橋さんも短い時間の中で頑張ったに違いない。

「へえ、それなら本当にデュアルコアに出来そうね」

「消費電力がちょっと怖い気もするけどね。そこは道香ちゃん次第かな」

「お任せくださいっ、電源はもりもりにして設計しましたので」

「ん、じゃあそこも論理設計で増やしてみて。あとはこっちで何とかするからさ」

「わかったわ」

 今回の試作は一コアだけど、次の試作では二コアにできそうだ。これで、性能はさらにぐんと上がるに違いない。

「あとは、新しいボード用に色々変えたけどそこは道香ちゃんともダブルチェックしたし、ソフトでもチェックしたし物理設計はGoだよ、動かないってことはないでしょ」

「……大丈夫なんだよな? 信じていいのか?」

 砂橋さんは顎に指を当てて考えてたみたいだけど、特に思いつくところは無かったらしい。

 怪しい言い方にちょっと不安になったけど、そう聞いたらいたずらっぽい目で僕のことを真っすぐ見据えて言い切った。

「だいじょぶ、百パーセントは無いけど九十九パーセントは」

 それは、技術者が言う最善を尽くした証の言葉だ。

 だから僕は安心して頷いた。シリコンの設計はとりあえず大丈夫そうだな、次はそれを実際に製造する狼谷さんだ。

「よし、じゃあ次は製造技術かな。狼谷さんどう?」

「散々てこずったけど、何とかなった。いわゆる65nmプロセスではあるけれど、一般的なものより少しだけトランジスタの密度が高い。素性が良いチップなら1ボルトで2.4GHzまで伸びた」

 スライドを見せながら、内容をさくさくと説明していく。そんな狼谷さんは相変わらず澄ました顔をしているけど、その目は先週までとは違ってとても楽しそうに見える。

「本当にいい感じね。上はどう?」

「もう少し電圧を上げれば、クロックは余裕で3GHzを超える。ただ、全体的に消費電力が多くなりがち。冷却には気をつかわないといけない」

「なるほど、まあ仕方ないところかしら」

 蒼との会話で口にされた数字は、性能が明らかにライバルを出し抜いていることを意味していた。プロセスも一つ進めて、歪みシリコンのおかげでクロックもかなり伸びている。もうちょっと時間もあるし、さらなる改善も期待できそうだ。

「歩留まりはどうなんだ?」

 ただ、一点だけ確認しておく必要がある。それは良品率だ。

 今回は出来が良いものが最低三つは必要で、性能がイマイチなものを使わざるを得なければ大きくスコアを落とすことに繋がってしまう。さらには、極端に良品率が低ければ動く石が三つ取れない可能性すらある。

 それでは、去年の八月と同じ轍を踏んでしまう。それだけは避けなければならない。

 だけど、そんな心配は杞憂だったらしい。狼谷さんは小さく頷いた。

「SRAMの試作で良品率は六十八パーセント。以前よりはだいぶ落ちたけど、まだ改善の余地はある」

 狼谷さんが言ったその数字は、十分とは言えないけどまだ許せる数字に見える。過去のデータを思い出しても、多分大丈夫なはずだ。

 実際にテストチップを作ってみないとMelonの良品率が判らないのはちょっと怖いけど、少なくとも今はそれだけ良品率が高ければ最低限動くチップは出来るだろう。

「よし、それだけ取れればまずはなんとかなるな」

「あと、もう一つ追加情報」

「ん、何だ?」

「工程が複雑になったから、製造日数が伸びる。具体的には、プラス四十四時間くらい」

 製造時間が二日くらい増えそう、という話は今週製造テストをしているときに聞いていたから驚きはない。具体的な時間は初めて聞いたけど、問題が出ないようにスケジュールを組めばいいだけだ。

「あー、配線層増えたもんね」

「そういうこと。それに液浸の分の工程も増えてるから、許容してほしい」

「ってことは、製造開始から大体……九日か?」

「後工程を入れるとそれくらい欲しい」

「わかった。この後のスケジュールは後で修正しておくよ」

「製造自体に問題はないから、私もGo」

「よし。最後に道香は?」

 狼谷さんが頷いたのを見て、僕は次の確認に移る。

 道香の方を見ると、ちょうど狼谷さんからケーブルを貰ったところ。資料が表示されると同時、待ってましたとばかりに立ち上がる。

「ボードの設計は終わりましたっ。砂橋先輩の話だと消費電力がかなり増えそうだったので、余裕をもってピークで六百アンペアくらい引けるようにしておきました」

 その数字を見て、僕と道香以外の全員が唖然としていた。なんなら信じられないものを見るような目で見ているし。

 ちなみに「電流を引く」というのは技術者用語で「電流を流すことが出来る」という意味なのだという。道香に教えてもらった。つまり、最大で六百アンペア流せる電源の変換回路を作ったってことになる。

「ちなみに、IP大会の時に使ったボードはどれくらい引けたんだ?」

「あれはピークで一一〇アンペアちょっとしか引けません、お世辞にも電源はよわよわですね。電圧供給回路の出力安定性もあのボードよりよっぽど改善してますっ」

 自信満々のどや顔を見せる道香の答えを聞いて、皆が唖然としている理由がわかった。つまりは、そのあたりのボードより何倍も強力な電源回路を載せたボードを作っていたということだ。

「ちょっ、六百アンペアって何ワットになると思ってるのよ」

 さすがにこれは僕も知っている、電力は電流と電圧の掛け算だ。大体1.3ボルトを掛けるとして、六百アンペアということは、七百八十。電子レンジくらいの電気をCPU単体で消費しても耐えられると考えれば、どれだけ凄い回路をしているかがわかる。

「とりあえずCPU単体で定格五百ワットくらいまでは安定して引けます!」

「……それは、シリコンが多分焼ける」

「CPUの発熱で肉が焼けそうだねえ」

「安全マージンだと考えてください! その他の回路も、ピンの役割の確認やCPUに近い回路なんかは砂橋先輩と狼谷先輩にもチェックを頂いてるので、多分大丈夫だと思います」

 思わず狼谷さんがツッコミを入れるほど、今の道香はやる気に溢れていた。若干暴走気味なのは周囲が若干引いている通りだけど、それを設計し切る能力は本物だな。

「ん、アタシが見た範囲ではなーんも問題なかったよ、電源系のノイズ対策もばっちりだったし。本当に優秀なんだねえ」

「ボード周り、電源周りも大丈夫だし、冷却系も準備出来ましたっ!」

 道香はさらに、ついでとばかりに鞄からなんだか物々しい金属の大きな塊を引っ張り出す。十五センチ四方くらいあるように見える大きな金属のフィンが二つあり、その間に挟まるものと手前側の二か所に大きなファン、扇風機のようなプロペラが付いている。

 その金属のフィンは太いパイプのようなもので結ばれていて、結ぶパイプの中央には銅色のちょうどCPUくらいの大きさの金属片が付いていた。

 その地味に鋭利な形とサイズは、角で殴れば本当に人が死にそうに見える。いや、死なないにしてもかなり痛いだろうなあ。フィンは薄い金属板だから、気を付けないと指を切るくらいは普通にありそうだ。

「……この人を殴ったら殺せそうなのが?」

 今度は僕も含めて言葉を失った。そんなことは気にせず、道香は楽しそうに続ける。

「はいっ、試作品です! ここに付いてるファンを全力で回せば、三百五十ワットくらいまで余裕で冷やせます!」

「そりゃ、冷えるでしょうね」

「逆に言えば、電源と冷却には心配いらないね。不安要素が減るのは素直に嬉しいよ」

 最大限ポジティブなコメントをする砂橋さんに、皆が苦笑いをする。まあ実際その通りで、ボードの設計と冷却に関しても心配はいらなさそうだな。

「ありがとうございますっ、砂橋先輩っ」

 喜んだ道香ちゃんは、テンションのまま砂橋さんに飛びつく。例のクーラーを持ったまま。

「――っ」

 その様子を見た砂橋さんは、突然表情を硬くして避けた。避けられると思ってなかったんだろう、道香はバランスを崩してそのまま蒼に抱きつく。

「ちょっ、道香?」

「ご、ごめんなさい蒼先輩。大丈夫ですよ結凪先輩、これで襲うなんてしませんよ!?」

「てえてえ……」

 手を合わせて邪念に勤しむ宏は置いておいて、気になったのは砂橋さん。明らかに、普段の砂橋さんとは違う表情の動きだった。表情が硬くなったというか……怖がってる?

「……あははー。ごめんごめん、それ、あんまりにも痛そうだったからさ」

「もうっ」

 でも、本当のところは分からない。砂橋さんはいつの間にかいつもの姿に戻ってるし、追及するのも今じゃない、よな。

 道香も深追いはしないみたいで、自分の席に戻ると腰に手を当てて見事などや顔を見せた。

「ともかくっ! ボードと冷却系もGoですっ!」

「わかった、最後に宏と悠のソフトチームは?」

「俺らの方もばっちり。もうBIOSの最初のイメージは出来てるよ」

 最後に回した宏と悠にも話を振ると、悠は小さな黒いチップを振って見せる。前に道香に教えてもらった、BIOS、と呼ばれるプログラムが書かれた小さなメモリチップだ。

「ま、まだシミュレータレベルだ。ついさっき早瀬ちゃんから今回の試作の最終版の設計を貰ったところだから、これから確認して細かく修正するよ」

「あれ、悠はコンパイラとかやってるって言ってなかったっけ?」

「そ、一応蒼から貰った資料に基づいていい感じにコンパイル出来るものは出来たんだよ。んで、ちょうど宏がBIOSのコードを弄り終わったところだったからテストも兼ねて使ってみてたってわけ」

 つまりは、二人で協力しながらやってるという訳だ。分野的にもそう遠くは無いわけだし、協力し合える環境は間違いなく良いな。

「そういうことなら納得だ」

「ってわけで、ソフトチームもGoだぜ」

 悠が言い放つと、宏も親指を立てる。いつのまにか、会議を始める時に感じていた胃痛は消えていた。

「よし、Melonの最初のテスト製造に入るぞ! 狼谷さんは製造開始をお願い、蒼と砂橋さんは引き続き設計の改善を進めて。ボードは製造に出すから道香は必要なデータを全部僕に送ってくれ、宏と悠は引き続きBIOS周りを頼むぞ」

「「おおーっ!」」

 重なる部員全員の声。いよいよ決戦に向けた僕たちのチップが実際のモノとして作られる実感が湧いてきた。

 改めて全員の表情を見ると、全員が興奮と、期待の笑顔を僕に向けている。

 ――ただ一人、蒼を除いて。

 蒼は、少しだけ青い顔をしていた。まるで、少し前の僕のように。

「さーて、製造製造っと」

 みんなは椅子を立ってしまったから気付いていないみたいだけど、気付いてしまったからには声を掛けたい。

「おーい、蒼」

「何かしら?」

 そう思って声をかけてみたのはいいけど、なんて切り出すかを考えてなかった。

「……大丈夫、か? 顔色悪いぞ」

「大丈夫よ。ほら、元気」

 とりあえず直球勝負で聞くと、案の定正直には答えてくれない。どうしたものかと一瞬考えを巡らせた瞬間、それを突いて話を逸らしにかかった。

「ああーっ、そうだ!」

「お、おいっ」

「ん、どしたの蒼? そんな急に」

 当然その声は皆にも届いてしまって、部屋を出ようとしていた皆の足は止まってしまった。この状況では、落ち着いて話なんてできないな。

 一方の蒼はというと目を白黒させている。こっちもこっちで何を話すかまでは考えていなかったみたいだ。

 ……二人して何してんだかなあ。

「えーっと……えっと、みんなは中間テストの準備大丈夫? 来週からだけど」

 何とかひねり出したのだろうその言葉は、一瞬で会議室内の時間を止めた。

 ……そういえば、今年に入ってからまだテストを受けた記憶がない。ついでに授業中にも先生が何かを言っていた気がするけど、あれはテストの話だったのか。

 逃げるように周りを見渡すと、道香と狼谷さんがきょとんとしている以外は全員目を逸らしている。

 ははーん、皆忘れていたな? 僕もだ。

「あんたたち、忘れてたわね……?」

「ア、アタシは大丈夫だしっ?」

「へえ、砂橋さんって成績いいんだ?」

「嘘言わないのっ、いっつも赤点ギリギリでしょっ」

「え、意外だな」

 正直砂橋さんは成績が良いイメージがあったんだけどな。頭の回転も早いし、勉強は出来そうな気がするんだけど。

「正確に言うと、計算機工学科の特別授業以外が怪しいのよ」

「アタシ、やれば出来る子だから」

「そういっていっつもやらないんでしょっ」

「あー、なるほど」

 理由を聞けばとても納得がいった。興味があることの勉強以外を後回しにしてしまうってのは確かに砂橋さんらしい。

 一方、僕は悠と宏の方を見る。普通科の僕たちにしてみれば、テストなんて無いも同然だ。

「シュウ、俺らはどうする?」

「何も考えてねえな」

「とりあえず現実逃避でゲームでもするか」

 今から勉強してももう手遅れ、という意味で。一夜漬けでなんとか赤点を回避するのが今までの習慣だったから、今回もそのつもりだった。

 それに、そんな時間があるなら今は蒼たちの力になるための勉強の方を進めたい。

「あんたたちねえ……」

 蒼も最初は話を逸らすためだったんだろうけど、思ったよりも酷い、いや、あまりの惨状に気付いてしまったらしい。

「決めたわ」

「何を?」

「今日無事製造開始の決断が出来たことだし、明日は任意活動ってことにします」

「どうして?」

 きょとん、とした狼谷さんが訊く。狼谷さんも、さっきの様子と合わせてテストに不安は無い勢なのか。

「部活どころか留年の危機みたいな奴らがそこらに一杯いるからよっ、補習なんて許さないんだからねっ」

 蒼が吼えるのもごもっともだ。実際、これから本格的に動くチップを検証していかなきゃいけないところで人が減るのは避けたい。

「んじゃさ、ここで勉強会しようぜ勉強会!」

 それを聞いた悠は、もっともらしい提案をし始めた。多分勉強会という名目で遊べることを期待しているんだろう。

「おお、いいね! 勉強会なんて楽しそうじゃん、アタシ参加ね」

 即乗ってきたのは砂橋さん。砂橋さんも今からなんとかしないといけないってことは、成績的には僕たちに近しいところがあるに違いない。

「……私は作業してるから、遊ぶのは許さないわよ」

「わかってるよ部長さん、部活に参加できなくなる事態だけは避けないとだからな」

「私が、先生をやる」

「氷湖が先生やってくれるなら心強いよ、きーまりっ」

 こうして、成績不良勢の補習を賭けた戦いが始まる。

 翌日、十五日。蒼と部室に行くと、既に僕たち以外は揃っていた。

「あら、珍しいわねもう揃ってるなんて。というか任意活動なんだし……って言っても、道香ちゃんだけになっちゃうわね」

「一人だけ仲間外れは寂しいので来ちゃいましたっ、作業もありますし」

「ん、良い心がけね。じゃあ氷湖、製造開始したばっかりで悪いけど頼んだわよ」

 そう言われた狼谷さんの目に、一瞬鋭い光が宿った気がした。おお、やる気だなあ。

「問題ない。製造工程が正常に動いているうちは」

「んじゃ、始めますかっ」

 砂橋さんの掛け声で、突発の勉強会は始まった。空いてるデスクなんて沢山あるし、適当に座ると設計資料の代わりにノートと教科書を開き始める。

 僕も、昨日のうちに仕入れたテスト範囲を見ながら問題集に向かうことにした。国語は何とかなるだろうし、まずは数学かな。

 新品同様の問題集を開くとノートに問題を解いていく。一章、二章と出題範囲を進めていくと、あることに気付いた。

「あれ、意外とわかる?」

 小さく声が漏れた。当然のように応用問題は出来ないものの方が多いけど、基礎問題はそれなりに解ける。去年よりはよっぽど良い。

 思い当たる節はこの部活、なんだろうか。

 去年は悠や宏と連日のようにゲームをしていたから、授業もまともに聞いていなかった。だけど、春からは部活があるからちゃんと寝るようになったし、そのおかげで授業もそれなり程度には聞くようになってたからな。テストの範囲とかは聞いてなかったけど。

「こんなとこにも良い影響が、か」

「なーにをぶつくさ言ってるのよ」

「うおっと、どうしたんだよ蒼」

 突然蒼に後ろから声を掛けられて飛び上がりそうになる。ちゃんと問題を解き進めていたからやましいことはないんだけど、急に後ろから声を掛けられると驚くぞ。

 時計を見ると、あっという間に一時間半程が経っていた。今までに無いくらい集中してテスト勉強をしてる気がするな。

「サボらないように見に来たのよ、論理合成中だし……って、相変わらずねえ」

 蒼は僕のノートの自己採点の結果を見ると、小さくため息をついた。

「待ってくれ、去年よりかなりマシだぞ」

「どれどれ……ん、確かにそうね。基礎問題は出来てるじゃない」

 どうやら気付いてくれたらしい。去年はこの時期、一緒に勉強したりもしたからお互いにどの程度勉強してるかは知っているしな。

 ちなみに蒼は成績優秀だ。一番とまでは言わないけど、常に成績上位を保っているって聞いたことがある。

「ってか、計算機工学科も普通科と同じ授業もやるんだな」

 そして、蒼も同じ問題を解けることに驚いた。てっきりコンピュータに関する授業ばっかりやっているから普通の授業は遅れてるもんだと思ってたけど、そういうわけじゃないんだな。

「あったり前よ、高校の数学や物理が出来なくて最先端の研究の話なんて出来るわけないじゃない。むしろ同じ範囲を短い時間数でやるから大変なんだから」

 つまりは普通科よりも一時間当たりの進みが早いということだ。確かに、蒼が言うことにも一理ある。僕なんかはあっという間に置いて行かれてしまうに違いない。

「でも、お二人とも同じあたりをやってらっしゃいますよね?」

 そんな話に興じていると、道香もやってきた。休憩にするようで、その手にはお茶の紙パックが握られている。

「時間を削って作った時間で計算機工学科の特別授業が入ってるからね」

「なるほど、あの特別授業はそうやって時間を作ってるんですね」

「桜桃ちゃんは何、余裕な感じなの?」 

 顔を上げた宏が訊く。その間に奴のノートをちらりと見ると、こいつも意外と正答が多かった。普段の成績は僕といい勝負だっただけに、こいつも同じなのかもしれない。

「はいっ、今から焦って何かをする必要は無い……かと。どの程度の問題が出るかは初めてのテストなのでわかりませんが、一応予習復習はしてますし」

 一方の道香ちゃんの答えはとっても優等生らしい答えだった。そのこまめな予習復習が出来たら苦労しないんだよな。

「うっ、眩しいっ。さすが主席」

「結凪、手が止まってる。ちゃんとやる」

 一方、同類の砂橋さんはダメージを受けていた。そこに容赦なく鞭を入れて勉強させる狼谷さん。

 蒼はそんな砂橋さんのノートをひょいと覗き込むと、顔をしかめて見せた。

「……あんた、シュウより出来ないのはどうかと思うわよ」

「げ、マジ?」

 やば、と心の底から思っているような顔をする砂橋さん。

 確かに僕は勉強出来るキャラじゃないけど、そんなに勉強できないと思われるようなムーブをしていたつもりもないんだけどな。実際勉強はできないんだけどさ。

「失礼だなあ、そんなに――」

「事実だからな」

 思わず僕の口から漏れかけた言葉すら遮って、悠からさらに失礼なツッコミが飛んできた。僕が絶句していると、砂橋さんは気をよくしたのか笑顔でうんうんと頷く。

「ちょっと頑張る気になったわ」

「……すげえ納得が行かねえ」

 そんな僕のつぶやきに、蒼はやれやれ、というようにもう一発ため息をつく。

「あんたの日頃の行いが悪いからよ。ほら、続きやる! わからないとこは私も教えてあげるから」

「いいのか?」

「シュウに留年でもされたら困るからね」

 そう言って微笑む蒼の表情は、昨日見せた影の色を少し薄めている。蒼に負担を掛けてるんじゃないかと不安になったけど、今日に限ってはいい息抜きになってるみたいだ。

「それもそうだな。じゃあ頼むわ、蒼先生」

「ん、任せなさい。ったく、私がいないとダメなんだから」

 結局この日は、この後三十分に一回くらいのペースで蒼が教えに来てくれた。

 そのお陰で、テスト勉強がよっぽど捗ったのは事実。

「ぐあーっ、もう駄目だー! 疲れたー!」

「確かに、もう良い時間」

 砂橋さんの情けない大声に顔を上げると、日は落ちて最終下校時間が近づいていた。自分のデスクに戻って設計をしていた蒼も、その声で気付いたらしい。

「本当ね、今日はそろそろお開きにしましょ。どう? まさか赤点は回避できるわよね?」

「……意外と捗っちまったのがな」

 基礎問題だけとはいえ、数学二科目に物理と化学。理系科目のテスト範囲をひと嘗めできるなんて、我ながら思わなかった。これなら、成績上位なんてのは無理でも補習回避は堅い。

「シュウは、やればできるんだから。普段からそれくらいやればいいのよ」

「そう、かな」

 当然そんな実感はない。でもこの間の悠の言葉を聞いたり今の蒼の優しい笑顔を見たりすると、そうなのかもしれないとちょっと思ってしまった。もう少し頑張ってみようかな、なんてらしくないことが頭をかすめて、慌てて首を振った。

「オレなんて道香ちゃんに教わるとは思ってなかったぜ」

 平静を取り戻すべく宏と悠の方を見ると、大きく伸びをして体を伸ばしていた。

 悠の発言の通り、奴は道香に数学を教わっていた。もはや二年の分だけでは取り返しのつかないレベルだったらしい。

「あはは……数学は基礎から、ですからね」

「うぅー、頭から色々出てきそう」

「今日は、帰って復習したら夜更かしせずに寝ること。いい?」

「はい」

「狼谷さんの圧が今まで見たことないことに……」

 一方の狼谷さんは、般若のような顔で砂橋さんを威圧している、蒼曰く僕以下ということもあって、思ったよりも教えがいがあったらしい。

 まあ、たまにはこういう勉強会なんてのも悪くないのかもしれないな。



 この勉強会のせいか、週明けからのテストは自分の中で一番いい出来だった。当然赤点はなく、半分を超えた教科も少なくない。

「思ったより解けちまった……」

「俺もだ、俺ってやれば出来る子だったんだな」

「奇跡としか思えん」

「アタシもなんとかなったあーっ!」

 テスト返却後のオフィスエリアは、安堵感に支配されている。

 悠と宏のバカ二人も全科目で赤点を免れており、少なくとも普通科の僕たちが足を引っ張ることは回避できたのが大きいな。

「普段からやってなかったからでしょ。平均点は割ってる訳だし、次はもう少し早くから勉強しなさいよ」

「あはは……」

 そんな僕たちを見てあきれたため息をつく蒼と、苦笑いする道香。なんだかこの構図が定番化してきているのが悔しいけど、日頃の行いが悪いから仕方がないな。

「結凪、赤点は?」

「なし、今回もギリギリ回避に成功しちゃったよ」

「ぎりぎり?」

「あっ、やばっ」

 一方で、砂橋さんは狼谷さんの目の前で地雷を華麗に踏み抜いていた。ギリギリだったのか、今は砂橋さんに脱落されるのが一番まずいぞ。

「最低、何点?」

「え、えーっと……」

「何点?」

 目をそらす砂橋さんと、それを許さない狼谷さんの容赦ない追撃。

 数十秒の視線の攻防戦ののち、白旗を上げたのは砂橋さんだった。

「……英語表現の、三十一点です」

「後二点低かったら補習じゃねえか」

「本当にギリギリね」

 明らかになったのは、思ったより酷い点数。テストが同じかどうかはわからないけど、僕ですら四十五点は取れてるぞ。

 まあ、授業もちゃんと聞いてなかったりしたんだろうなあ。内職して設計のことを考えてたりしそうだ。

「よくそれで英語の論文が読めるな」

「違うんだって、論文の英語は授業でやる英語じゃないんだよ!」

「それは分からなくもないですけど……」

「これから、私が家庭教師。前期末まで、週一回は勉強を見る」

「ありがとう、ございます」

 頭を下げる砂橋さんの目は、血の涙を流しているように見えた。

 試験に追われる日々は終わって、僕たちのチップ開発はなおも進んでいる。

 季節はもう、夏を迎えようとしていた。

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