第二章 三夜~莫迦莫迦しい呪~

黙り込んだ八広に青藍は水を向けた。

「なぁ、八広。お前がオレに声をかけたのは役者絵の話じゃないんだろ?」

八広は青藍を見た。

「なんだ、ばれてましたか。」

「バレるも何も、お前、判りやすいんだよ。」

八広は頭をかいた。ならば、話は早い。

「じゃぁ。青藍さんは私が会った烏大夫ですよね?」

青藍はじっと八広を見た。

「その話か。まぁ、お前には迷惑かけたからな、聞く権利はあるよな。…確かにあの仕掛ではオレは烏太夫を演じていた。ずっと、ではないが。」

「え?」

「お前が来た夜とその次の夜の太夫は明烏だよ。」

「あぁ…。」

八広は納得した。可愛らしいあの烏太夫は本物の烏太夫こと、明烏だったのか。

では、あの妖艶な烏太夫は…当然ながらこの青藍だった、ということになる。

つまり、別人だったわけだ。

「でもなぜ、殿様の前だけ青藍さんが?」

「あぁ。あれはあの殿様とお前に術をかける必要があったからさ。あそこでお前が見ていたのは夢の世界だったんだよ。夢と現実を混同させる幻術は明烏には無理だからな。」

八広は叫び声を上げそうになり、慌てて自らの口に手をやって飲み込み、小声で聞き返した。

「げ・・・げんじゅつって?なんです、それは。」

「妖の術の一種。」

「は?ちょっと待って、青藍さん。え?」

青藍はニヤリとわらった。

「そ。オレは妖なんだよ。ただね、この体はちゃんと人、だけどな。」

八広は話が飲み込めず、ひたすら口をパクパクさせた。

青藍はその様子を完全に面白がって見ている。八広は湯呑の酒を一気に飲んだ。

「あ、あ、あのどういうこと??」

青藍は酒の湯呑を膳において床に寝そべり、頬杖をついた。

「八広はほんと面白いな。見てて飽きない。そのままだよ。オレは妖。生前の明烏に頼まれて、あの仕掛をやった。お前が会った太夫は三日目以外は明烏。三日目だけはオレだったってわけ。でだ。お前が男の姿に戻ったオレをなぜか覚えていて、今がある。そんなとこだな。」

「は?」

八広はやっぱり飲み込めず、間の抜けた返事しかできなかった。その様子を青藍は目を細めて眺めていた。

「殿様を夢に引き込んで、敵討をしたことにする、っていう仕掛けをね。考えたのは明烏。で、オレは手伝ったわけ。わかったか?」

「…頭の悪い私にもわかるように言ってください!」

青藍はとうとう笑い出した。

「あ~、お前、どういうふうに説明そてほしいわけ?もう、可笑しいったら。」

八広は考えこんだ。その間、青藍は時折酒を舐めながら笑い続けていた。

しばらく、固まっていた八広はようやく顔を上げて青藍を見た。

「…じゃぁ、私が一つずつ質問していきますから、答える、っていうはどうです?」

「ふーん、そう来るか。いいよ。じゃ、どうぞ。」

「じゃ、お言葉に甘えて。」

青藍はにやにや笑いを浮かべたまま、八広を見ている。

「青藍さんはどうして明烏さんの手伝いをしたんです。」

「いきなり核心つくのか。でも一言で終わる。明烏に頼まれたからだよ。」

「何を頼まれたんですか。」

「自分たちに掛かった「呪」を解けって。」

「しゅ?なんです、それは?」

「呪(のろい)と書く。人を縛る言葉のことさ。まぁ、人に限らないけど。」

「え?明烏さんにはどんな呪がかかっていたっていうんです?」

だらしない姿勢で酒を舐めていた青藍が姿勢を正した。

「…あいつにとっては「敵討」ってことだろうな。まぁ、本質は違うんだろうが。」

「というと?」

青藍は真面目な表情になり、八広をみた。手に持っていた湯呑に酒を継ぎ足してから膳に置いて口を開いた。

「これはオレの考えだけどな。あの甘っちょろい可愛らしい小娘の明烏がよく太夫になれたな、って思わないか?

遊郭なんて場所は女同士の争いも激しい。相手を蹴落としてでものし上ろうって考える奴のが多いからな。

いくら武家の出だろうと郭に入れば身分は関係ない。見るからに甘いあいつが遊女の最高格の太夫になった。なんでだと思う?」

「その、甘いところが好まれて、太客が付いたからか?」

「まぁ、最終的にはそうなんだが。その前だよ。太客が付くにはそれなりに売り込まなきゃならない。

 見ての通り、あいつは自ら懸命に売り込むような女じゃない。つまりは、周りが売れると踏んで売り込んだのさ。」

「…うん。」

「遊郭なんて場所は玄人の集まりだ。稼ぐためには何でも利用する。当然、あいつの武家上がりっていう出自も利用する。

 あの頃はお上も目くらましに敵討を推奨して利用したからな。猫も杓子も敵討で浮かれてた。

不幸な目にあった武家上がりの遊女、って触れ込めばさ、世間は勝手に想像する。それが噂に出てくる明烏の姿さ。」

「でも、実際にはかわいらしいお人でしたね。」

「だろ?明烏がお若い殿様の筆下しに武家上がりの新造がちょうどいいってってんで、あの殿様を連れて来ちまった。そいつが明烏に惚れて一番の太客になった。

 どんなにガキでも相手は一国の藩主だ。そうなりゃ遊郭側も明烏を昇格しなきゃならない。で、烏太夫の出来上がりだ。」

「あー…。」

「最初は遊女遊びくらいやらせておけ、と思っていた藩側が念のため遊女の身元を調べてみたら慌てる結果になった。

しかも若殿様は初恋にのぼせている上に、大人に逆らいたいお年頃だ。

自分をお飾り扱いして、今も権勢を誇る若隠居の親父の言うことなんか聞くわけがない。

そんな反発するお年頃の若殿様が乙女なお年頃の太夫に芝居のようなことを吹き込めばさ。お前にも想像はつくだろ。

あの討ち損じは起こるべくして起きたんだよ。」

「…なるほど。事実は判った。でも、どこに明烏さんを縛る呪があるんです?」

「そこだよ。オレも思った。明烏は武家だの、郭だのの枠組みに縛られている。それは呪じゃない。あえて、呪ってなんだ?とオレは聞いた。

 そしたら、世間の思い込み。枠組みでもなんでもない。でも、こうしなきゃいけないって。遊女はこういいうのがいい遊女、お武家ならこう、って。

 私にとってはそれが呪だって答えた。」

「難しい話だな…。」

「うん。でも、そんなものはいくらでもある。全部が全部壊せるわけじゃない。どうにかなるもんじゃない、オレは答えた。」

「うん。確かに。」

「そしたら、まず敵討をなんとかしたい、と言い出してな。まぁ、ちょうど明烏もままごと遊びに夢中になってた時期でもあったからな。判らんでもないが、そんなに殿様と一緒になりたいってことか、と聞くと違うと。もし、世間が敵討を持て囃すなければ、そもそも一家離散もなかったし、遊女になることもなかった。っていうんだよ。

 なんでそうなるか聞けば、敵討は討つ方と打たれる方がいて始めて成り立つから、討たれるって思わなければ、武家の典範通り、刃傷沙汰を起こした本人たちだけ罰すればよかったはずだって。実際そうなることは無かったとは思うが、一理はあると思っちまった。」

「うん。」

「明烏は、討つ側のも討たれる側のも両方とも呪だから、それを解けって。そうしないと不幸になる人が増えるからと言われてさ。そういわれるとオレも弱い。で、手を貸すことにした。」

「うん。」

「まったく、甘ちゃんだよ。オレも明烏も。」

「…。で、仕掛って何をしたんです?」

「あ~それな。今にして思えば、明烏と殿様のおままごとの続き、だな。

 あいつが考えたのは、現実のそのままのような噂話を怪異話にすり替えることで敵討なんてバカバカしい、ってことにすることだったんだが。お殿様もよく付き合ってくれたよ。

ある意味成功したと思っていたんだが。気が付いたら、それをどっかの誰かがさらにめちゃくちゃな話にすり替えてさらに莫迦莫迦しい話にしてやがってさ。結果としては思惑通りだが、なんだか納得いかない気分だよ。」

犯人を知る八広はバックレを決め込み、さらりと返した。

「…はぁ。で、そのめちゃくちゃをさらに舞にして舞った奴もいたって聞いたけど?」

「…そいつは知らねぇなぁ。」

青藍はそう嘯いてそっぽをむいたが、しばらくして互いに目が合うと笑い出した。

「終わり良ければ総て良しってね。それでいいんじゃないですか?」

「それもそうだな。八広、いいこと言うじゃないか。お前、本当に面白れぇなぁ。気に入ったよ。」

「はぁ、そりゃどうも。」

青藍は笑いを引っ込めると、八広に向かい真面目な顔をした。

「なぁ、八広。時々でいい。ここに来てもかまわないか?」

八広も笑いをひっこめた。

「どうしたんです?青藍さんらしくない…。」

「何だよ…。」

「青藍さんなら、来たい時に勝手に来ると思ってましたから。そんなこと言われる方が意外だっただけですよ。」

「オレを何だと思ってるんだよ。…ま、お前の想像は外れちゃいないけど。」

八広は苦笑いを浮かべた。

「でしょ?」

「で、オレが勝手に上がりこんでても怒らないか?」

「…怒るも何も…。そもそも一度でも家に上げてしまったら、青藍さんが相手じゃ何を言っても無駄でしょ。嫌な宴会逃げ出してウチに隠れるつもりなのは判ってますし。」

「…お前、オレのことよくわかってんな…。ほぼ初対面だったはずだよな。」

「あんたは判りやすいんだよ。」

青藍はしかめっ面になり、八広は笑ってみせた。

「さて、今夜はもう休みませんか。ちょうど酒もなくなったようだし、ね。」

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