第4話

 名前を尋ねると、少女はフレジャイルと答えた。二人は濡れたアスファルトの上を一時間ほど歩き、ハイルの家にたどり着いた。フレジャイルは、ハイルの家族構成や仕事のことなどをいろいろと尋ねてきて、ハイルに興味津々の様子だった。ハイルは、自分の仕事のことは、お客さんを喜ばす仕事と答えておいた。大変なお仕事?と訊かれたので、ちょっと大変だけど、頑張ってるよ、と笑顔で答えた。

 ハイルの家には、まだ早朝だというのに、来客があった。先生の側近であるシュンリだった。

 袈裟を身につけ、剃髪した彼女は、帰ってきたハイルに目礼した。

「お帰り、ハイル。その子は誰?」

 シュンリの前に座っていた母は、フレジャイルを見て、目を丸くする。

「その辺で会った友達。遊びたいんだって」

「だめよ。アンドロイドでしょ? 人様の財産に対してなにかあったらどうするの」

 シュンリは、フレジャイルに対してはなんの反応も示さなかった。というか、彼女は、ほとんどのことに対してなんの反応も示さない。時々こうして家にやってきて、経済状況を確認していくだけ。たくさんの信者の家を回るので、こうして早朝や深夜にやってくることもある。

 父と兄はもう仕事に出ているはずだ。母も家事をしてから仕事に出なくてはいけないし、迷惑といえばそうなのだが、足を運んでくれるのはありがたいと両親はいつも言っていた。わざわざ赴いてくれるのは、双方の通信費を節約するためなのだ。シュンリは、遠い距離を徒歩で来てくれているのだ。それも修行の一部なのかもしれない。

「だって、うちに来たいって言うんだもん」

 誘ったのは自分だけれど、ハイルは口をとがらせて言いわけした。

「もう。あんまり長居してもらったらだめだからね」

「わかったよ」

 ハイルとフレジャイルは、狭いハイルの自室に引っ込んだ。

 ハイルの部屋には、ベッドと箪笥以外はほとんどなにもない。あるのは、最小限の生活用品。衣服は床に無造作に積み上げられている。仕事用の服は職場で用意されているから、部屋着だけ。白い壁には、なにも貼られていない。

 フレジャイルは、ベッドと壁の間の三十センチほどの隙間で体の向きを変えた。

「ハイルは、休みの日はなにしてるの?」

「うーん。寝てるかな」

「遊びに行ったりしないの?」

「しない。ほとんど休みないし、疲れてるから」

 ハイルはベッドに腰かけ、正直に答えた。

「それって、労働基準法違反じゃない?」

「なに? それ」

「まあいいや。でも、買い物とかはするでしょ?」

「買い物? 食料品とかの買い出しのこと?」

「服とか、化粧品とかは買わないの?」

「お金ないから、ほとんど買わないよ。メイクは職場でしかしないし」

「働いてるから、お金はあるんじゃないの?」

「ないよ」

 家族の給料はすべて父の口座に振り込まれて、父は最低限の生活費を除いたすべての収入を喜捨している。

「もし、たくさんお金があったらどうする?」

「どうもしないよ。お父さんに渡す」

 そして父は、いつも通りにするだろう。

「なにかしたいこととかないの?」

「したいこと?」

 なにも思い浮かばなかった。

「フレジャイルは?」

「あたしは、みんなを幸せにしたい」

 フレジャイルは笑った。

「あ、わたしと同じだ。わたしも、お父さんとお母さんとお兄ちゃんを幸せにしたいな」

「ハイルの言う『みんな』って、家族だけのことなの?」

「うーんと、リージとアオも」

「誰?」

「お客さんと同僚」

「大事な人なんだ」

「優しくしてくれるから」

「ふーん」

「なんでそんなこと訊くの?」

「知りたいんだもん」

 その時、母が部屋のドアをノックして、そろそろ仕事に出かけると言ってきた。シュンリはいつの間にか帰ったらしい。

「その子のこと、ちゃんと帰してよ」

 ドアの隙間から母は顔を出す。

「……なんだか変わったアンドロイドね」

「そうだよね」

 なにが変わっているのかわからないが、ハイルはうなずいた。フレジャイルは母に手を振る。

「シュンリさんはなんて?」

 ハイルが尋ねると、母は微笑む。

「頑張ってますねって。ハイルのおかげでもあるね」

「そっか。よかった」

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