第3話

エピークと久しぶりに話したのは、一週間ほど前だったか。

 母が、エピークがハイルと二人で話したいと言っていると言って、部屋までハイルを呼びに来て、リビングにある家族共用の映話機を示した。

 家族がそれぞれ携帯端末を持っていて、映話機など持っていないのが普通だが、ハイルの家は、出費を抑えるために、両親も兄もみんな携帯端末を持たず、共有の映話機で外部とのコミュニケーションを賄っている。

 エピークは挨拶も早々に、「俺の結婚式のことなんだけど」と切り出した。

 彼は、母の従兄の息子かなにかの遠い親戚だった。ほとんど会ったこともないけれど、彼の結婚式に招待されて、出席することになっていた。

 しかし、エピークは、やっぱり結婚式に来るのはやめてほしい、と言ってきた。

 どうして、とハイルが尋ねると、画面の向こうのエピークは、「ハイルがいかがわしい仕事をしてるって、ある筋から聞いてね」と言った。

「うん?」

 ハイルは、いかがわしいの意味も、ある筋の意味もわからなかった。

「きみのご両親とお兄さんはぎりぎりオッケーだけど、きみは無理だよ、ハイル。悪いけど、きみは家で密かに俺を祝ってくれればいいから。オンライン中継もあるし」

 エピークは、白い壁にかかった抽象画の前で微笑んだ。

「ぎりぎりオッケー?」

 またよくわからない言葉が出てきた。

「わかってくれるよね?」

「うん」

 ハイルはうなずいた。特別結婚式に出席したいわけではなかったし、なんの問題もない。

 それで映話は終わったのだが、結婚式に行かないことになったと母に話すと、母と父と兄は相談して、ハイルだけではなく、家族みんなで出席を辞退することにした。

「断る口実ができて、かえってよかったわ。出席するだけでもかなりの出費だし」

 そう言う母に、父もうなずいた。

「そうだな。断るのは失礼かと思って招待を受けたけど、こういうことなら気兼ねなく断れる」

 しかし、兄は少し腹を立てているようだった。

「でも、ひどくない? 職業差別だろ。ちゃんと合法な仕事なのに」

 そんな兄を両親はなだめる。

「仕方ないわよ。きっと、周りの人に頭の固い人がいて、気を遣わなくちゃいけないのよ」

「会社経営って、いろいろ人間関係に気を遣いそうだもんな。でも、結果よかったんだからいいじゃないか」

 ハイルは、夕食の豆の缶づめを食べながら、やっぱりこれはしょっぱいと考えていた。

 そのことを思い出したのは、ビルに掲げられた映像広告に、髪をなびかせながらある女優が登場したからだった。この人が、エピークの奥さんになるらしい。

 すごく綺麗な人だけれど、アオのほうが綺麗、と思った。

「ねえ、お姉ちゃん」

 少女アンドロイドがTシャツを引っ張ってくる。

「なにぼーっとしてるの?」

「ごめんね、飴は持ってないの」

 先程からそう言っているのに、この子はつきまとってくる。

「お姉ちゃん、お金も持ってないの。なにも買えないの」

「一緒に遊んで」

「だめだよ。お金がないの」

「お金はいらない。遊びたいだけなの」

 先に料金を提示しないのは違法だ。なにが目的なのだろう。

「もしかして、壊れちゃった? 修理センターに連れていったほうがいい?」

 最寄りの修理センターはどこだろう。携帯端末を持っている人なら、こういう時に使うのだろうけど。自動タクシーに乗せて連れて行ってもらう? だめだ、そんな無駄遣いはできない。

「壊れてないもん!」

 少女は地団太を踏む。

「あたし、お金は稼いでないの。自由なんだもん」

「あ、そうなんだ」

 ハイルは、自由アンドロイドという言葉を思い出した。企業ではなく、個人に所有され、まるで人間のように生活しているアンドロイドもいるのだ。働くためではなく、愛玩されるための存在。

「あなたは、誰のアンドロイドなの?」

「言う必要ないわ。とにかく、あたしはお姉ちゃんと遊びたいの」

 よくわからないけれど、この子は自由に歩き回ってから家に帰り、主人にいろいろ話して聞かせるのかもしれない。それを主人は楽しんでいる、とか。

「ねえ、お姉ちゃんはどこに住んでるの?」

 ハイルは、この子を普通の人間の子供だと思うことにした。

「ここからずっと歩いたところだよ」

「いつも歩いて帰ってるの?」

「うん、そうだよ」

「大変じゃない?」

「慣れてるから大丈夫」

「あたしも歩いてみたい」

「え? うーん。じゃあ、うちに来る?」

「うん」

 少女は嬉しそうにうなずいた。

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