第4話 悪役令嬢(仮)の育成日記(4)sideA


 街から離れた海岸際に、一つ塔があった。

 そこの塔には、噂がある。

――悪いことをしたら、塔の魔王に食べられてしまうよ。


 港の近くに住む者たちは、子どものいたずらを諌めるために、そう言い伝えていた。


 それは嘘ではない。

 けれど、本気で言うと笑い話になる。


 だから、俺はそれを利用させてもらった。



 ――カチャリ

 金属音が鳴り響く。鎖がこすりあったのだろう。彼女が起きただろうか。

 睡眠剤を少し多めに盛ったから、久々の起床だ。


「……アッシュ?」

 キラキラと光っていた宝石のような青い瞳は、淀んだ青色に染まっている。

 服だけは申し訳ないけれど、俺の好みを選ばせてもらった。

 いつまでも、いつまでも俺色に染まってくれない彼女のために、黒いドレスを。俺の瞳の色と同じ金色のフリルとリボンをふんだんに使ったロゼのためだけの特注品だ。


 ドレスの先から、青白い四肢がのぞいている。しばらく陽に当たってないから、少し日差しに弱くなっているかもしれない。けれどその青白さが、彼女の美貌を引き立てる。

 元々美しい顔立ちをしていた彼女が、言葉通り人形のような抜け殻になっている。


「ごめんね、遅くなって。本当はロゼが起きるところもちゃんと見たかったんだけど」

「……ん、なんで、私……ここに……」

 頭を抱えるローゼリア。


「言っただろう? 悪いことをしたからお仕置きだよ」

「……わるい、こと?」


「他の男を誘惑したこと。他の男と婚約したこと」

「それ、は……シナリオで……けふんっ、こほっ」

「あぁ、ごめんね。寝起きだから水分が足りないよね」


 戸棚の上に冷たい水をおいているけど、彼女の足と腕には枷がついているから取ることはできない。

 俺は冷たく冷えた水を口に含み、彼女に口づけた、


 こくん、と彼女の喉の音がなる。


「けほっ、んっ……んくっ……はぁっ……んっ、ちゅっ」


 ついでに舌を絡める。

 彼女はまだキスになれていないのか、俺の一方的な愛を受け止めるだけで精一杯のようだった。


「もう少し飲む?」

 と茶化して聞くと、彼女は首を横に振った。

「俺はロゼの髪の毛の先まで、貴方を愛している。

 創造主の力なんていらない。俺は君だけを愛して、君だけのために世界を滅ぼそう」


「……滅ぼ……す?」

「君が創ったものを作り変えるんだ。

 大丈夫。君ほどの力じゃないから。でもただの人間でも世界を変えることはできるんだ」


「……どう、やって……?」

「――戦いだよ」

 その言葉を呟いた瞬間、彼女の瞳が揺らいだ。


「だ、だめ……っ! それはっ……」

「大丈夫。人口が少し変われば、君の望む世界にできる」

「私の……望む世界?」

「そう」


 ある日、夕暮れに漏らした一言を俺は忘れていない。

 あれは三周目のループのときだった。


「自分で作ったシナリオって、なんだか恥ずかしくて全然萌えないね。

 この先の展開もわかってるから……へへ」


 いたずらっ子のように笑った彼女。


 じゃあ、貴方のために世界を変えてみせよう。


 創造主には流石に敵わないだろうけれど。

 でも、一が千になり、千が万になれば話は変わる。


 別に領土争いなんて興味はない。

 ただ、俺は彼女に未知の世界を見せたかった。


 満開に咲いた桜の下で、貴方が呟いた言葉を、俺は一生忘れない。

――私は、この世界を愛しているわ。


 それなら、もっと、もっともっともっともっと。

 この世界から抜け出せないように、絡めて縛り付けて。

 もっと、世界を、俺を愛して。


「……アッシュ……アッシュ……アッ、シュ……」

「ねぇ、ロゼ。これも貴方のシナリオどおり?」


 ロゼの頬に涙が浮かぶ。


 まだ足りないんだ。

 まだまだまだまだ、努力が足りない。

 彼女に退屈を与えないように。

 貴方がこの世界にとどまってくれるなら、俺は道化にも、魔王にでも何にでもなろう。


 ――でも、これも貴方のシナリオどおりなんだろうか。


 人形になったロゼは、もう俺の名前しか唱えなくなってしまう。



 これが、六周目の末路だった。




 その後、ロゼは記憶を失い、七回目も同じような末路を辿った。

 どうやって時間が巻きもどるのか、原理はわからない。


 考えられるとしたら、

 創造主であるロゼの命が途絶えたとき。

 でもロゼは巻き戻る寸前まで、生きていた。


 または、ロゼの心が折れたときだろうか。


 それか――

 最悪の場合は、シナリオが終わった時、巻き戻るのではないかという心配だ。

 キネマのように、物語が進み、エンドロールが流れてオシマイ。

 

 俺は良い。彼女と永遠を過ごせるのだから。

 でも彼女が退屈を感じるなら。その時はその時だ。



 八度目、ロゼが一〇歳を迎えた春。

 彼女は再び目を覚ます。


「……今度はやりすぎないようにしないとなぁ」

 俺のつぶやきは、誰にも聞かれず空に消えていった。


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