第3話 悪役令嬢(仮)の育成日記(3)sideR

「座って」

「いいえ。座れません」

「じゃあ、私が座れと命令したら?」

「その時は従います」

「じゃあ、命令よ。アッシュ。私の対面に座りなさい」


 朝食は何事もなく終わった。

 豪華絢爛な食べきれないほどの朝食が並び、使用人たちの目が光る中、私はヘマをしないようにビクビクしながら朝食を終えた。

 マナー関係は身体が少し覚えているし、たまにアッシュがフォローをしてくれた。


――ということで、現在。私とアッシュは中庭でブランチ……という名の尋問を行っている。


「さっきの朝のことよ。やっと思い出したってどういうこと?」

「言葉通りですよ。お嬢様」

「私の創ったアッシュは、そんな話し方はしないわ」


 アッシュのキャラ設定はちょっとだけ好みを詰め込んでいた。

 敬語キャラでもなく、一人称が「私」なキャラではない。

 もっとも、この世界が私の創った……


 私の……創った……「星の乙女は魔法の靴で導かれる」の世界であるなら。

――っっっっっ!! タイトルを思い出すだけで心にダメージがっ。

 中二病の頃の私、どっぷり乙女ゲーにハマっていたもんなぁ……。


「お嬢様、遠い目をしないでください」

「ねぇ、アッシュ。私はローゼリア・マリィ・クライン?」

「はい。そうですね」

「貴方はアッシュ・ウィル・ヴォルフガングで間違いない?」

「ええ。そうですよ」

「――うっぐっっっっっ」

 心臓が痛い。恥ずかしさで二度目の死を味わいそうだわ。


「大丈夫ですか? お嬢様。新しいハーブティを注ぎましょうか」

「い、いいえ! それより話を勧めましょう! あなた――アッシュは、これが私の創った世界だと知っているの?」

「ええ。今のお嬢様に記憶はないでしょうが、確実にお嬢様自身からそう聞きましたよ」

「だったら、おかしいわ。だって、アッシュはそんなキャラじゃないもの」


 私は反論した。

 創作ストーリー、長いから星靴でいい。星靴の中に出てくるアッシュは非攻略対象。

 ライバルキャラである悪役令嬢の側近であり、一人称は俺。そして、口調はもっと人を小馬鹿にするような……


「新しいお嬢様とは初対面だから、敬語にしてたんですが、そうですね。じゃあ、いつもの口調に戻しましょう。――お嬢」

 人懐っこい声。

 アッシュはローゼリアを様付けで呼ばない。

 あんまりローゼリアのことを尊敬していないから、敬語も崩したものしか使わない。

 下町のあんちゃんみたいな口調である。――それが彼のキャラ設定。

「ひぃん!」

「なんで叫ぶんですかい」

「どんどん自分の黒歴史が暴かれていってるから……」

「もう遅いっすよ。俺は前のお嬢に、耳にタコができそうなくらい、この世界について、やらヒロインについてやら、攻略対象とやらについてやら、ぜーーーーぇんぶ聞かされましたから」

「いやぁああああやめてぇえええ! 前の私ぃいいい!!」


――前の私?


「ねぇアッシュ、今、貴方は前の私って言ったわよね!」

「ええ。そうっすね」

 ハーブティをすすりながら、頷くアッシュ。

「……えっと、前の私って、なんのこと?」

「言葉通りの意味っすよ。あ、もう渋みが出てますね。もうちょっと早めに茶葉を引き上げておけばよかった」

 ふぅふぅとハーブティに息を吹きかけるアッシュ。どうやら熱いものが苦手らしい。


「『言葉通り』の意味がわからないの!」


 私は思わず立ち上がった。

 だって朝からずっと混乱しっぱなしよ。

 知ってる世界じゃない。知ってる人もい――いや、深い意味で知っているんだけど。

 でも、わけがわからない!


「7回」

 アッシュは金色の瞳を私に向けた。

「お嬢は7回ループをしているんっす。この『星靴』の世界を」


――7回?


「あ、今回を入れると8回目か。今のお嬢は一〇歳。これから五年後に魔法学院に入ります。そこでヒロインちゃんに出会って、卒業パーティでひどい目にあって国外追放。

 で、また世界が戻るんです。6回目まではループ後も記憶は維持していたんすけど、どうやら7回目の記憶もないみたいっすね」

「……ええ。もう正直貴方の言葉で頭が大混乱だわ」


 世界観はわかった。けれど、なんでループ?

 誰かが私たちの世界を操作しているの? ゲーム世界だから?

 盤上のコマになっているのか、それとも黒歴史に耐えられなかった私がショックで記憶をぶっ飛ばしたかわからないけれど――

 いや、ループの原因はあとから考えればいい。


「ねぇ、アッシュ。なんで貴方はループ後の記憶を継承しているの? 他の登場人物たちもそうなの?」

「記憶継承してるのは、俺だけっすよ。きっとこの世界を創ったお嬢の側に、誰よりも長く居たから、何らかの影響を受けたんでしょーねー」


「……何回もループして、苦しくない?」


「いや、毎回お嬢の青ざめる顔が見れるから、大満足っす」


 ……そうだ。そうだった。

 10年も前に創った乙女ゲームだから、若干記憶にない部分もあったけど、アッシュというキャラはそういうキャラだった。


 めちゃくちゃドS。

 強い人や権力のある人が地面に顔をつけている姿を見るのが、何よりも好きなド鬼畜。


 バッド・エンドでは攻略対象が土下座させられているシーンもつくったっけ。

 さすがにスチルは描けなかったけど。


「あ、お嬢」

 懐中時計を見ながら、アッシュは言った。

「なによ」

「昼食の時間っすよ」

「入らないわ。サンドイッチとかにして」

「残念ながら、お嬢の言っているサンドイッチを作れるシェフは、この世界にはいないんすよね」


 自己満足の自作ゲームだから、世界観の詳細は設定していなかったけど、サンドイッチはないのか。

 厚切りハムの入ったサンドイッチとか、野菜たっぷりのものとか、食べたかったなぁ。

「……って、アッシュ。私のことを知ってるなら、サンドイッチの作り方も知ってるんじゃないの作り方くらい知ってるんじゃないの?」


「……気づきましたか」


 やっぱり知っているようだ。


「へいへい。じゃあ作りますよ。ハムは即席で用意するのは難しいんで、チキンを炙ったものでいいっすか?」

「う、うん!」


 チキンを炙る……いい響きだわ。


「お嬢、よだれたれそうですよ」

「よ、よだれなんて垂らしてないわ!」

 垂らしそうだったけど。


「じゃあ準備してきますんで、お嬢は部屋に戻っててくださいな」

「ええー。この屋敷の探索をしてみたいわ……」

「部屋で、待機、していてください。できないなら焼き立て没収です」

「うぅ……」


 そう言われたら仕方がない。

 私は言われるがまま、スコスコと家に帰った。


――強い風が吹く。

 目に砂埃が入って、私は思わず目をつむった。

 目を開けたとき、アッシュは笑っていた。現実世界でも見たことがないくらい、冷たい瞳を浮かべながら。



「……よかった。前の記憶を忘れていてくれて」

 アッシュは主に届かない声で、小さく呟いた。

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