第2話 悪役令嬢(仮)の育成日記(2)sideR

 よく見渡せば、背景、小物にちらほら見覚えがある。

 高級そうな金の壺とか、特に背景素材にするときに目立っていたっけ……って、そうじゃなく!


 冷静に、冷静に考えなさい。私。

 これってもしかして、流行りの流行りの異世界!?


 確かに私はブラック会社の従業員で、朝6時出勤、帰宅は夜2時のブラック会社に勤めていた。会社に泊まることも週2であったし、シャワーを浴びれない日もあった。

 でも仕事は楽しかったし、やりがいがあった。


 そして、私のもう一つのやりがい――それはスマホゲームだった。

 ときにアイドルを育てたり、ときに女神を育てたり、仕事の合間にするのが癒やしだった。


――だから、もし私を異世界に飛ばしたド鬼畜がいるなら、そいつに言いたい。

 なんでよりによって、黒歴史ここに飛ばした!?


「あわわわわ……」


――くすくすくす。


と笑い声がドアの方角から聞こえてきた。


「やっと思い出したんですね。ローゼリア様」


そこにいたのは、さっき私を起こした男の子だった。


「どうですか? 自分の創ったゲームの世界は?」


 金色の目を猫のように細めて、彼は言った。




「ななな、なんっ、なんっ、な、な……」


「なんでって聞きたいみたいですね。うーん。どこから話せばいいんでしょうか」

 少年は見た目以上に落ち着いた感じで、私の言いたいことを汲み取ってくれた。


「俺――じゃなくて、私は前世の貴方に仕えてた従者です。名をアッシュと申します」

 アッシュと名乗った少年は、床に膝を付き、私の手の甲に口づけを落とした。


「えっと、えっと……ちょっと、待って。ちょっと落ち着かせてくれませんか?」

「では、落ち着くためにハーブティを淹れますね」


 14、15歳とは思えないほどテキパキと動くアッシュ少年。

 ハーブティも予め用意していたのか、すぐ私の手元に渡された。


 りんごのように甘酸っぱそうなのに、ほっとする香り。

 

「胃もたれにも効きますし、安眠効果もありますよ。お嬢様は本日特に悪夢に悩まされていたようですので」

「あ、ありがとう……ございます」

 出されたお茶を一口含む。


――えっ、カモミールってこんなに美味しかったっけ!?

 紅茶や珈琲は淹れ方次第で味が変わるというけれど、現代の私が飲んでいたティーパックのカモミールとは全然違う!


 というか……ハーブティなんて飲んだの、いつぶりだろう。

 会社に通っていたときは、麦茶代わりにエナジードリンクを飲んでいた。

 ご飯を作る時間も食べる時間もなくて、ろくにご飯も食べてなかったっけ。


……そりゃ死にますね。


 自業自得という言葉がずんっと頭に響いた。



「落ち着きましたか? お嬢様」

 アッシュ少年がニコニコの笑顔を向けてくる。

「え、ええ……なんとか。気はおちつきました。頭の中はまだパニックですけど」

「敬語はやめてください。私は貴方様の従者でございます。敬語はなしで、気軽にアッシュとお呼びください」

「え、ええ……わかりまし……わかったわ」


 前世から家族以外に敬語を使うことに抵抗があった。

 けど、こんなに小さい子だし、本人も言っているから、敬語じゃなくていいわよね。


 私は、こほんと一回咳をして、目の前にいる彼と向き合った。


「さっき思い出したんだねって言ってたけど――――」


――きゅるるるるるるるるるる


 お腹が鳴った。もちろん私のお腹だった。


「あはは、さすがロ―ゼリア様」


 真剣に訪ねようとしたのに、全てが台無しだ。

 主としての威厳も、このシリアスモードも。


 アッシュ少年はケラケラと笑って、笑いすぎて涙が出たのか、目元の涙を拭った。

――泣きたいのはこっちの方だった。


「まぁ、話は朝食のあとにしましょっか。アップルパイがお嬢様を待ってますよ」

「アップルパイ!」

 また私は大声を出してしまった。

 その様子をみて、アッシュ少年は更に笑った。

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