第26話 悪夢から覚めた朝は……いつだって冷や汗もの

『――おーい! なに突っ立ってんだよ郁太ーッ! 駄菓子屋行くぞーッ!』


『ごめん、先に行っててッ!』


 気になる子がいた。その子を見かける時はいつも一人で、寂しそうな顔してブランコをいでいた。


 今もそう。だから僕は声をかけた。


『君、いつも一人だけど、友達と遊んだりしないの?』


『……て、転校してきたばっかりで……友達、いない』


『そうなんだ……どこの小学校? この辺?』


『……常盤ときわ小』


『あ、お隣さんなんだね。学年は?』


『……2年生』


『僕とおんなじだね』


『……そうなの?』


『そうだよ! あ、じゃあさ、僕と友達にならない?』


『……いいの?』


『うん! 僕の名前は桐島郁太! 君の名前は? なんていうの?』


『……みすず……〝たちばなみすず〟』


『じゃあみすずちゃんて呼ぶね!』


『あ、あたしは、なんて呼べば、いい?』


『なんでもいいよ。桐島でも郁太でもみすずちゃんの好きなように』


『じゃ、じゃあ……い、郁太君……で』


『おっけ! よろしくね、みすずちゃん!』


『――うん!』


 みすずちゃんはニコパっと笑って、てとてとと僕の元に駆け寄ってきた。


『ん? みすずちゃん、なにしてるの?』


『えっとね、んっとね、郁太君に友達の証を受け取ってもらいたいの――――あ、あった!』


 みすずちゃんがポケットから取り出した物に、僕は驚きを隠せなかった。


『な――なんでそんな物をみすずちゃんが持ってるのッ⁉』


『どうしてそんなに驚くの?』


『どうしてって……それ』


『これ、知らない? 〝パンティー〟だよ』


 上手にできたあやとりを自慢するかのように、みすずちゃんは手に持ったパンティーを広げてみせる。


『そ、そうじゃなくて、僕が訊いてるのはどうしてみすずちゃんがそんな物を持ってるかってことだよ』


『いつ友達ができてもいいようにだよ? 他にもいっぱいあるんだ!』


 みすずちゃんのポケットから大量のパンティーが。その数の多さは明らかに容量を無視していた。


『な、なんでそんなに持ってるの?』


『友達100人できてもいいように、常に持ち歩いてるんだ!』


『常に⁉』


『そう、常に! そんなに珍しい? パンティーが』


『め、珍しいに決まってるよ! 見る機会なんて、そう滅多にないんだし』


『そんなことないよ? 日常の中でたーっくさん、パンティー見かけるよ? ほら、あそこにも〝パンティーの花〟が』


『パンティーの花じゃなくてパンジーの花でしょ』


『ううん、パンティーの花だよ。ほら、あそこに』


 みすずちゃんが指差す方向に視線を向けると、そこには目を疑う光景が。


『う、嘘でしょ……』


 パンジーの花の部分だけがパンティーに置き換わっている謎の植物が、辺り一面に咲き誇っていた。


 それだけじゃない、いつの間にか景色のほとんどがパンティーに染まっていたのだ。


 公園にある遊具もそう。滑り台のデザインが逆さまになったパンティーに、バネのついた馬の遊具もパンティーに、ジャングルジムに至ってはもうただのパンティーだ。どうして僕はあれをジャングルジムと認識できたんだ!


 屋根がパンティーの家、パンティーに4つのタイヤを装着させた自動車らしきなにか、青空を無数のパンティーが流れ、爛々らんらんと輝いていたはずの太陽までも後光ごこう差すパンティーに。


『おーい、郁太ーッ! 予定変更だ! 駄菓子屋はなし、今からランジェリーショップに行くぞーッ!』


 遠くから僕の友達が、頭にパンティーを被った状態で小学生らしからぬ発言をしている。


『郁太、友達をいつまでも待たせるもんじゃないぞ』


『そうよ郁太。早く言ってあげなさい』


 別の方からは両親が。二人も友達と同様にパンティーを頭に……父さんに至っては頭に被っているというより頭に履いている。変態仮面、威厳もクソもない格好だ。


『さ、郁太君も一緒に被ろ? パンティー』


 みすずちゃんに顔を戻せば、可愛い容姿を台無しにする帽子が頭に。


『……こ、こんなの』


『ん? どうしたの? 郁太君』


『――こんなのッ! 僕が知ってる世界じゃないッ!』


 僕は逃げた。みすずちゃんから逃げた。否、パンティーから逃げた。


 けれど、逃げ場なんてどこにもなかった。走っても走っても視界に入ってくるパンティー群。


『――行かせないよ? 郁ちゃん』


『あ……あ……』


 僕の進路を塞ぐように立ちはだかったそいつは――真希ネエと同じ顔をしていた。


 だけど真希ネエじゃない。そいつは言うなればラスボス、いやヒーロー? 違う、変態の権化だ。


 そいつは――ラストレクイエム・エクスプローラーパトローナム・パンティーVerを身にまとっていたから。


 そっか……パンティーこそ世界の真理なんだ。パンティーが僕達人類の生みの親であり、宇宙万物を創造した神。本来パンティーは崇められなければならない存在だったんだ。


 それを人類は忘却し、挙句下着として扱ってしまった。


 要はパンティーなんだ。パンティーがパンティーでパンティーだからパンティーはこうしてパンティーになって…………。


 ――――――――――――。


「――パンティイイイイイイイイッ!」


 ――チュンチュン。


「はぁ……はぁ……」


 見慣れた光景。僕の部屋だ。


 ――チュンチュン。


「…………夢、か」


 寝起きで思考が定まらないが、あの現実離れした世界が夢だということはすぐにわかった。


 ――チュンチュン。


「そうだよな……あれが現実なわけ――ッ⁉」


 たまたま目に入った〝それ〟に僕は言葉を失う。


 床に無造作に置かれていた女性用の下着と、寝間着。それだけじゃない、僕の下着類等もあった。


 ――チュンチュン。


「――起きたの?」


「――――ッ」


 聞き慣れた声がすぐ近くからして、僕は戦慄する。


 ――チュンチュン。


 僕は恐る恐る首を横に向ける。


 ――チュンチュン。


 そこには布団を口元まで被った〝真希ネエ〟がいた。


「おはよ、郁ちゃん」


 ――チュンチュン。


「昨日の夜は……その、興奮したね」


 ――チュンチュン。


「気持ち良かったよ?」


 ――チュンチュン。


 チュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュン。




 ――――――ああ、鳥なりたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の部屋で、僕のベッドの上で、僕のパンツを嗅ぎながら僕の名前を漏らしている僕の姉が、僕にみられちゃいけないことをしていた。 深谷花びら大回転 @takato1017

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ