第25話 雨にも負けず、風邪にも負けず、僕は狂気を宿して現実を逃避する

 稲森さんが帰った後もしばらく僕はその場に立ち尽くしていた。


『――えッ⁉ 和也君から告白されたのッ! それでそれで……うん……うん……いや振り方酷過ぎだからッ! ん? まだ続きがあるの? 聞かせて聞かせて――』


 なにも考えず、ただボーっと雨降る景色を眺めていると、隣の部屋から真希ネエの声が聞こえてきた。話に花を咲かせているようで、嫌味なくらい楽しそう。


「…………どうして、勉強机の引き出しなんかに」


 皮肉なことに真希ネエの談笑する声が停止していた思考を動かし、今更ながらの疑問を抱かせてくれた。


 稲森さんの行動を読みきってピンポイントで狙った? いや、いくら真希ネエでもさすがにそれはないと思う。


 ならどうやって……。僕は考えを巡らせながらパンティーが入ってた勉強机の前に移動した。


「引き出しは他にもあるのにどうしてここを選んだんだろう」


 そう声に出しつつ、僕はなんの気なしに他の引き出しに手をかけた。


「……あ、ああ、ああ」


 中には黒のブラジャーが入っていた。


「ま、まさか……」


 僕は引き出しという引き出しをすべてを開放し、そのどれもに女性用下着が入っているのを見て確信した。


「…………はは」


 じゃあここは? 僕はクローゼットを開けた。


「ははは」


 じゃあここは? 僕はベッドのかけ布団をはいだ。


「あははははッ!」


 じゃあここは? 僕はベッドの下を覗いた。


「うほッ、ここにも(笑)」


 出てくるは出てくる下着の数々。


 一点集中なんかじゃない。真希ネエは僕の部屋に罠を張り巡らせていたんだ。


「はは、あははは……すっごいなぁ……僕の部屋にパンティーとブラジャーがい――ぱいだぁ……ははは……はは……」


 怒りを通り越して笑ってしまう。


「ここまでするんだぁ……いやぁ、すんごいなぁ……真希ネエの用意周到っぷりに感心しちゃうよぉ……」


 もう、なにも考えたくなかった。思考を放棄したかった。


「これで僕も――晴れて変態の仲間入りだぁ……明日からの学校生活どうなっちゃうんだろぉ……まぁ、どうでもいいやぁ」


 よろめくような足取りで部屋を出る。不思議なことに、気分はとてもハイだった。


「そうだぁ……今日は天気も良いし……お外で駆けまわってこようかなぁ……」


 狂いたい。狂ってなきゃやってられない。


「あぁ……太陽さん、今日も皆に光を届けてくれて……どうもありがとお……」


 外に出た僕は、一面灰色の空にお辞儀をする。


「よぉし……走るぞぉ……3……2……1――ゴーッ!」


 雨にも負けず、風にも負けず、僕は笑いながら閑静な住宅街を闇雲に走り回ったのだった。

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