Sechs

 謎の黒騎士・イセの猛々しい戦果により、モードレッド軍はアーサー王軍と完全に拮抗した。今まで劣勢に追い込まれていたのは、まるで誰かのついた嘘のように、血反吐にまみれて消えていった。

「くくく……。見たか、やつの実力を。これでもまだ、あいつのことを口だけだと思うか?」

 鎧に無数の傷をつけて帰ってきたモードレッドを、オベロンは鼻の先で嘲笑う。輝かしい活躍をしたイセは、すでに天幕の中に下がっていた。

「……言うまでもない。先日の発言は撤回させてもらう」

「何だ、やけに素直だな。返り血の浴びすぎで、文句を言う元気もないか」

 背中越しに飛び回る妖精を、モードレッドは冷えた目つきで一瞥する。妖精の王は宙に浮くだけで気が楽だが、人間の騎士は地に足をつけて戦わなくてはならない。疲弊して戻った直後にこのやり取りとは、彼にとって頭の重い話だった。

「全く、下品な目つきだな。妖精の王である私に対して、そのような態度を取るとは」

「ちっ……。つべこべうるさい妖精だ」

 モードレッドは軽く舌打ちを残すと、そのまま天幕へ入ろうとした。しかし彼の目の前に入り込んだオベロンが、それを阻止して森へと連れ出す。

「このような場所に連れ出して、一体どういうつもりだ。まさか俺を休ませずに、戦地で見殺しにする算段か」

「貴様の思考回路は、大分捻じ曲がっているな。私はただ、貴様が疑問に思っていることを、懇切丁寧に話してやろうとしているだけだ」

 敵も味方も誰もいない、草の蔓延った地面。オベロンは言葉を漏らさないように、彼に顔をぐっと近づけた。

「貴様を軍の責任者と見込んで、この話をする。私の心の友人・イセは、かの有名なリオネス国の騎士と、アイルランドの姫の息子なのだ。やつがあれだけ強い理由は、由緒正しき血筋にある……というわけだ」

 ――モードレッドは一瞬、暗い瞳を大きく見開いた。「名高いリオネス国の騎士」と聞いて、全く勘づかない円卓の騎士などいないだろう。

「まさか、あいつ……!! あのトリスタン卿の息子なのか!?」

「くくく、そうだ。あのトリスタンと、そしてあのイソウドの息子だ」

 円卓の騎士・トリスタン。彼はリオネス国の出身で、最強と謳われるランスロットと肩を並べるほどの力を持っていた。最早故人となった今でも、彼の名は遥か彼方にまで広まっている。その彼に息子がいたとは、モードレッドも初耳だった。

「あいつに息子がいたなど、聞いたこともないぞ! 何故今の今まで、名を知られずに済んでいたのだ!」

「トリスタンとイソウドが死んだ後、やつはたった一人になった。だから私が妖精の国に連れて行って、やつの面倒を見てやったのだよ。下手に人間の目に触れて、殺されることのないようにな」

 妖精の加護を受けたイセは、生前の父を凌ぐほどの腕前になった。だから肩慣らしも兼ねて、モードレッド軍に合流させてやった……。オベロンの語った話は、概ねこのような内容だった。

「どうだ、これで分かっただろう。何故やつが、あれほどまでに強いのかが」

「……そうだな。これでようやく、あの騎士の強さを理解できた」

 モードレッドが素直に頷くと、王は自慢げにクスクスと笑った。そこには純粋に秘密を打ち明けたには留まらない、更に深い真意があった。

「さぁ、そこの物陰の騎士よ。そのような場所でこそこそとしていないで、さっさと姿を現すが良い」

 ……オベロンの高らかな声を聞き、モードレッドは初めて視線を奥に移した。背の低い木が生い茂った、陰鬱な小道。その先には、神妙な面持ちを貼りつけた、アーサー王軍の使者がいた。

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ユリウス・カエサルの息子 中田もな @Nakata-Mona

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