第七回 鏡のように仮面が割れた時。


 ――真っ暗。水? 足が着水したのか冷たかった。そこには黒い大河が流れていた。



 その中でも、白いものが際立っていた。……よく見たら、私の体。何も着てないの。ならば、ここは河のほとり? ……河のほとりに、私は全裸で立っていた。よく見ないと判別できない風景。でも、ここは色のない世界で、……すべてがそうだったの。


 まさかとは、思うけど……


「これ、その河から引き返すんじゃ。……って、天気てんきじゃないか」


「えっ? お祖母ちゃん」


 実は、この世に存在しない世界。お祖母ちゃんは、私が小学四年生の時に亡くなっていたから。「大きくなったね……」と、私を見るなり、そう言ったの。感動の再会を意識して、涙が込み上げてきた。「ずっと、お祖母ちゃんといたい。迎えに来てくれたんだ」


 と、河のほとりから奥へ、舞う水飛沫。


 近づこうと歩み寄る。近づこうと……少し距離のあるお祖母ちゃんへと。


「来るな! 来るんじゃないよ、帰るのじゃ、お前は来ちゃいけないんだ」


「何で? もう帰りたくないよ」


「馬鹿言うんじゃない! 聞こえないのかい? お前のこと、皆が呼んでるのが」


「えっ? せっかくお祖母ちゃんに会えたのに。前みたいに、一緒にいたいのに」


「天気、耳を澄ましてよく聞いてごらん。……大切なお友達の声も聞こえるじゃろ? お前がもし、お祖母ちゃんと今一緒に行ったら、この子たちの悲しみは計り知れないよ」


 ……モノクロで、感覚のない世界なのに、


 涙が止まらなくなって……「死にたくないよ」と、声にしたのだ。その瞬間だ。鏡が割れるように、私の素顔を覆っていた仮面が割れたような、そんな大きな衝撃を覚えた。


 ――お祖母ちゃんは笑顔になった。


『気を付けて帰るんだよ!』と、その言葉を残して。……そこで広がる白い世界。慌ただしい風景。耳の入る音。女性の、看護師さんの声も。現実の世界が映し出された。



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