完熟トマトを育てよう!

「はえー……コレが家庭菜園ですか……」


「一応作物には全て税金がかかるからコレは脱税なんだがな……ナイショだぞ?」


 アリスはほくそ笑んで首肯した。


「二人だけの秘密ですね!」


 それは家庭菜園と言うには少々大規模すぎた。幸い農業関係のスキルは習得済みなので隠蔽は可能だった。あるときはよく生えているツタで隠し、あるときは食べられない実をつけるよく似た植物を生やして隠蔽し、またあるときは地中でできる芋類を雑草で覆い隠して、そんな風に苦労して作り上げた結果がこの状態だった。


「お兄ちゃん、コレって見つかったら割とマジでヤバいやつじゃないですかね?」


「だから秘密だってことだよ」


「私の目を欺いてよくまあここまで広げましたね……すごいんですけどもうちょっとするべきことがあるような気もするのですが……」


「はいはい、トマトはこっちだからさっさと移植しような」


 俺はトマトの苗のおいてあるところへ向かう。トマトは食べられない瓜のツタに隠して育てていたものだ。


 ガサザと生えているツタを取り払うともうそれなりに育ったトマトが出てくる。まだ実は緑だがあの畑に植えればすぐに育ちきるだろう。そのくらいにアリスの土壌改良の効果はめざましかった。


 あまりにも効率がいいのでこの家庭菜園をやめようかと思っていたところだった。


「さて、トマトはこれだけだが、あの畑に植えればたっぷり実るだろ?」


「そうですね、立派に育ってますし鈴なりになると思いますよ」


「じゃあストレージに入れられるか?」


「もちろんですとも!」


 ガボッと言う音と共に植えてあった地面がまとめて収納されてしまった。こっそり運ぶならコレがベストだ。まさかこっそり育てていたものを衆人環視の中運ぶことはできない。もうこの菜園にそれほどの役目がないとしても一応残しておきたかった。


「じゃあ畑に行きましょうか!」


 道中で数人の知り合いに『今日も農作業かい?』とか『精が出るねえ』などと言われたが一人として見えない場所で育っている植物に気付かれることはなかった、当然ではある。


 そうこうしているうちに畑にたどり着いた。俺はスコップで土を削り取る、農作業なら賢者にだって負けないんじゃないかと思っていたりする。


 一発で削り取られて穴が開いたのでアリスにストレージから出してもらうように頼む。


「じゃあこの辺に植えてくれ」


「はいよ……明らかにただの農業スキルじゃないと思うのですが……」


「何か言ったか?」


「さあてね、お兄ちゃんが自分で気がつくべきことですよ」


 そう言ってストレージを開放してしまってあったトマトの苗がまとめて落ちる。俺はスコップを使って土をそれにかけていく。


「こんなものかな?」


「ええ、『畑一杯の』トマトというのはなかなか壮観ですね……個人で育ててたとか……あり得ない……」


 何やらブツブツと言っているアリスだが一応落ち着いたらしく、水を魔法で生成して撒いてくれた。なんでもマナがこもっていると育ちの良さが違うらしい、その辺に関してはさっぱり理屈が分からない。


「じゃあポータル開きますねー」


 やる気の無い声でアリスが光の柱を出現させる。これだけでもとんでもない魔法だというのに使い方が驚くほど庶民的だった。


 その中に飛び込むと見慣れた家の中に移動する。初めての時は驚いたがもう慣れたものだ。


「さて、後はギルドへの報告が必要かな?」


「事後報告にしましょう、無駄に情報を与える必要は無いはずです」


「それもそうか」


 戦争を計画している第三王子様には申し訳ないが、そんなものを起こされても困るので適当に恥をかいてもらおう。依頼人は食糧の補給としか伝えてこないのだから何を納品されても文句は言えないはずだ。


 しかも報酬はたっぷりともらえる、ありがたいじゃないか。戦争はしないにしても兵士達への食料としてはしっかり使えるので他所様に攻め込まないならそれなりに有用なものだ、まさか文句はつけないだろう。


「じゃあお風呂入って寝ます、明日はさっさと収穫しましょうね。三日くらいは続けて収穫できるはずです」


「トマトが三日で何回も収穫できるとかどう考えてもおかしい気がするんだが……」


「気にしたら負けですよ? 賢者の謎パワーと思っておいてください」


 そう言ってスタスタとお風呂に向かうアリスを見送りながら翌日の収穫について思いをめぐらせた。


 そうして翌日。


「おはようございます! じゃあ収穫にいきましょうか!」


「ああ、ところで納品するまではどこに溜めておくんだ? ウチには倉庫なんて無いぞ?」


 家庭菜園については収穫即調理が基本だったので問題にならなかったが、納品するなら話は別だ。共用倉庫はあるが、軍事物資をそんなところに放り込むのにいい顔をする人はいないだろう。


「大丈夫です、収納魔法の予測容量がまだまだありますからね、トマトくらいなら大量に入りますよ」


「心強いな」


 安心して収穫ができるというものだ。まるで万能に見えてしまうが何か欠点はないのだろうか? しばし考えてみても圧倒的な力の前に勝てる相手が想像できなかった。


 俺たちは二人で畑に向かう、いつもの面々に『おはよう』とか『相変わらず仲が良いねえ』とか『ちゃんとやってるだろうな?』などなどの挨拶を受けながら向かった。なお、最後の一言についてはギルドのアリス担当者だった、要は『俺たちの意図は汲んでくれたんだろうな?』ということだ。


 俺たちの農作業にこの国の未来にすら関わりかねない重さがかかっていると思うと少し憂鬱だった。


 畑にたどり着くとそこは一面のトマトで溢れかえっていた。常識などと言うものがこの畑に意味をなさないことは分かっていたがそれにしても量が量だけに、本当に戦時用に備蓄するくらいの物量を確保できるのじゃないかと思えてしまう量だった。


「さて、刈り取りますかね……お兄ちゃんも手伝ってくださいよ?」


「そこは魔法でパパッとはいかないのか」


「今はそんなスキル持ってないですよ。収穫自体はできますがね……赤く染まっているものだけを選別するには目視が必要ですね」


 どうやら賢者も完璧超人というわけではないらしい。人並みのところを発見して少し親しみを覚えた。まあ生まれてこの方ずっと一緒にいたい妹に親しみも何もないとは思う、その点を考慮すると少しだけ薄情な考えなのかと思ってしまう。


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない。収穫しようか」


「はい!」


 俺たちはせせこましく赤くなりきったトマトを一個一個刈っていく。完熟でないと不味いので農作物を一個一個鑑定していく。鑑定スキルとはもうちょっと使えるものだと認識されているがあいにくと農作物意外に使えないこのスキルにも少しくらい役に立ってもらいたい。


「お兄ちゃん、随分と迷いが無いですね?」


「ん? 何かおかしいか? 長年やってると大体収穫のタイミングくらい分かるものだろ」


 アリスは呆れて一息ついて集中した様子で収穫を再開した。


「……そのスキルは……まさかね……」


 何やら小声で独り言を言っているアリスを尻目に俺はカゴに片っ端から熟れたトマトを放り込んでいった。驚異的なことに一日で完熟している物が多かった。鑑定ではSランク品が当たり前のごとく存在していた。普通に売ればそれなりのお金になるかもしれない。


 そこまで考えて、ギルドに納品してもそれなりのお金になることを思い出し作物を取る手を早めていった。


 この土は特殊らしく俺の鑑定が歯も立たないほど強固な隠蔽機能があるようで、それなりの国家機密レベルになりそうな土地となっていた。


 驚いたことに完熟するのが一日で終わっても、それからしなびたり腐ったりしてしまうものが無かったことだ。どうやら成長速度を思いのままに操れるらしい。


「アリス、結構取れたから一旦ストレージに入れてくれ」


「え!? ああ、はい、『ストレージオープン』」


 開いた穴にまとめてカゴの中身を入れて収穫を再開する。


 俺は鑑定からの収穫を繰り返していると割と早く取り頃のものはあらかた取ってしまった。


「よし、今日はこんなところかな?」


「早いですね……そんな手軽に取り切れる量じゃなかったと思うのですが……」


「終わる物は終わったんだからしょうがないだろう?」


 アリスはやれやれと肩をすくめてから俺のカゴの中身をまとめてストレージに突っ込んだ。ちなみにカゴごと入れれば後からカゴだけ取り出すことができるらしい、便利な話だとは思う。


 まだ日は高く、もう少し頑張れば多少の収穫も可能だろうけれどそれをやったところで誰かに感謝されることもなさそうなので今日のお仕事はここまでと決めた。


「アリス、帰りのポータルを」


「はーい」


『ポータル』


 いつもの光の柱が現れて俺もすっかり慣れたもので迷うことなく飛び込んだ、いつもの見慣れた部屋の光景が広がる。


「アリス、今日の収穫は?」


「完璧ですね、ただ……私が取ったもののいくつかが詳細鑑定スキルを使って分かったんですが少し収穫が早かったものがありますね」


「そうか、ふふ……」


「なんですかお兄ちゃん?」


「いや、賢者も完璧じゃないんだなって思ってさ」


 アリスはふくれっ面をして俺に不平を述べる。


「お兄ちゃんのスキルがおかしいだけで私は賢者としてはいたってハイスペックですよ?」


「そうだな、賢者だもんな」


 俺はそう言ってから塩と砂糖を混ぜた水を用意した。


「喉渇いてるだろ? 飲んでおけ」


「ああ、はい、どうも。一応気が利くんですね」


「一応は余計だ」


 こうしてその日は食事を済ませて一日の大半を休息に当てることができた。


 俺は久しぶりに休みらしい休みを取ったような気がした、日が昇りきるまでの作業など仕事のウチにも入らない、そのくらいは働きづめだった。


 そうして三日間、俺たちは大量のトマトを収穫した。王都まで運ぶにはギリギリ持つだろうが、戦線の拡大を実現するほど保存が利くものではない。俺たちは依頼の品を収穫したと言うことでギルドに向かった。農業ギルドではなく、アリスの所属している一般ギルドの方だ。


「おう、ラストにアリス様じゃないか! 依頼をこなしてくれたのかね?」


 ギルマス直々にお出ましと来た。その隣を眺めると身分の高そうな小綺麗な服を着た痩せた男が立っていた。


「おやおや、コレは賢者様ではありませんか! 依頼をもう達成していただけたのですか!」


 男は喜色満面にアリスの方を見てごまをすり始める。余り出世できそうにはないタイプの人だなと俺の本能が告げていた。


 ちょんちょん……


 俺が背後を振り返るとギルマスが俺の背中を叩いて小声をかけてきた。


「ラスト坊、この依頼の目的……分かってるんだな……」


 俺は黙って頷いた。ここでこの従者らしき男に俺たちがグルだと知られるのは不味い。あくまで全ては伝達上の齟齬から起きたことと言うことで片付ける必要がある。


 ギルマスも通じたらしく頷いて大きめの声を出した。


「よし! 賢者様が食糧難を解決してくださるそうだ! よかったなアンタ! もう安心だろう!」


 食糧難、と言う部分を多少強めに言った。建前上は食糧難の解決が目的と言うことらしい。俺たちはそれ以上の何一つとして情報を聞いていないということを断言してくれるギルマスに心の中で感謝した。


「ありがとうございます賢者様! 馬車を出しますので食料を出していただけますかな。なに、人出はそれなりにいるからご心配なく」


 表の方をチラリと見るとガタイのいい男が数人俺たちを見張っていた。食糧難にしては随分と栄養がたっぷりと取れているような体格をしている。


「ではさっさと食品を積んで持っていってくださいね、何しろ保存が利かないものでして……」


「保存が……きかない……?」


 男の表情がピシリと固まった。そんなことは聞いていないという表情をしている。しかしアリスは言葉を繋ぐ。


「手っ取り早く大量にとったので量がある変わりに傷みやすいんですよね。一刻も早く植えた臣民に持っていってくださいね!」


 そう言って表に出て行く。俺も後を追っていった。


「馬車はどこです?」


「む、村の外れに……」


「オーケー、それじゃあいきましょうか!」


 そしてたどり着いた郊外には馬車が何台も待機していた。その馬車の荷台めがけてストレージを解放した。


 ドサドサとトマトが積み上がっていく。熟し切っていてこれ以上時間をかけると傷んでしまうような状態だ。


「こ、これを賢者様が……作ってくださった……と言うことでよろしいのですかな」


 冷や汗を体中にかきながら必死に『まだ何かあるだろ』という雰囲気を出している。しかし結局全ての馬車の荷台に完熟トマトがのりきったのだった。


 渋々ながら馬車はそれをのせたまま出発していった。あの男にどれだけの迷惑がかかるのかは知ったことではないが少しだけ、ほんの少しだけ気の毒に思うのだった。


 ギルドに変えるとギルマスが俺たちを出迎えてくれた。


「おう二人とも! ありがとよ! ちゃんと報酬も支払わせたから安心してくれよ!」


 そうして防犯上の都合でアリスのストレージに大量の金貨が追加されたのだった。


 こうして俺たちは当面のところ食うに困らず税も払えるであろう金額を手にしたのだった。


 後日、国王が体調を回復したと風の噂が漂ってきたが、戦争が起きるとは噂さえ煙のように薄くさえも聞こえてこないのだった。

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