伝染病対策をしよう
「ムムム……」
なにやらアリスが唸りながら目を閉じて考え込んでいる、賢者には賢者なりの考え方があるのだろう、俺には及びもつかないことだ。
俺はできることだけをすればいい、今日は新しく何を植えるか考えているところだ。芋、いや、果物がいいだろうか?
「うーん……」
悩みどころだ、金になるのは果物だが、村のことを考えるなら食料として優秀な芋にするべきだろう。こんな事は考え込むようなこと今まではなかった、病気に強い芋一択だったのがアリスの土壌改良ですっかり何でも育つようになってしまったので以前はなかった悩みになる。
「贅沢かな……」
どちらをするべきか考えるということは選択肢が存在するということだ。贅沢ができるようになれば悩みが無くなるかといえばそんなことはなかった。人間というのはいくら選択肢があっても無限に悩み続ける生き物らしい。
「お兄ちゃん! 何を考え込んでたんですか?」
「ああ、何を育てようかと思ってな」
アリスはそんな俺に食い気味に反応する。
「ではお兄ちゃん! 命脈草を育てましょう!」
何故アリスが農業に熱心に口を出してきたのか? コイツは俺の手伝いは熱心にやってくれるが方針に口は出してこなかったはずなのだが……
「どうしたんだよ? 命脈草っていうと、ええっと」
農民スキルで大体全部の植物は把握している。そのインデックスをたぐり寄せてその草の詳細を探してみる。
『Aランク薬草、買い取り価格安価、加工性悪』
ざっくりと情報がヒットした。余り金になる作物ではないようだ。この前のトマト代が大量に余っているがお金に貪欲なアリスにしては控えめな考え方だ。
「そんなに使い道がありそうな植物じゃなさそうだが、何か考えがあるのか?」
「この村に一月後に流行病が来ます」
「なんでそんなことが分かるんだ?」
「私の
なんだそれ、賢者っていうだけでもう何でもありじゃないか。もはやズルをしていると言われてもしょうがないような万能さだった。なんでそんなに全知全能なんだ、普通に公営賭博で食べていけそうな能力だな。
「で、それと命脈草の関係は?」
「この病気の薬になります。ちょっと作るのが難しいですが賢者の力を使えば割と楽にできます」
賢者様マジ万能。俺は疑ってもしょうがないのでそれを信じることにして命脈草の種の価格を調べてみる。
『百個一組金貨一枚』
ふむ……買うには十分安い金額だ。命脈草は育てにくい方に入るがあの賢者特製の畑を使えば簡単に育てることができるだろう。
「薬にして売るのか?」
俺がそう聞くとムッとしてアリスが答えた。
「お兄ちゃんは私を拝金教徒か何かだと思ってるんですか? ただ単に村に配布するだけですよ!」
「悪かったよ、そうだな、村にお世話になったもんな。そのくらいしても罰は当たらないよな」
アリスは首を振る。
「違いますよ! その疫病が起きたのが耳の早い商人には知られてるんですよ! このままだと村の皆さんがそんなどこの馬の骨ともしれない連中に首根っこ掴まれるんですよ! 気に食わないでしょう?」
よく分からないところであるが、村のためになるというなら断る必要も無いだろう。
俺は所持金を聞いておく。
「ストレージの貯金は大丈夫か?」
「命脈草の種くらいならたっぷり買っても当分遊んで暮らせますね」
それならもはや何の心配もない。遠慮なく農業ギルドへ種を買いに行こう。
壁に貼ってあるギルドのサービスでもらった商品一覧の書いてある紙を見ながら指でなぞって『命脈草』の項目を探してみる。余り需要のあるものではないのでここからそんなに価格も在庫量も変わってはいないだろう。普段なら育てない草であることが今回は幸いな方向へ働いた。
そして一覧表の一つに目をとめた。
【大安売り】命脈草の種百個入り、銀貨五枚。
そう書かれていた。余りにも在庫が動かないせいか相場より随分と安売りをされていた。スキルでヒットした価格よりもかなり安めだ。ここで買っておかないと買い占められると面倒なことになってしまう。
「よし、種を買いに行くか」
「はい!」
そんなわけで俺たちは農業ギルドへやってきた。
「いらっしゃいませ! あ、賢者様じゃないですか!」
アリスに注目して頭を全力で下げる。普通は賢者の来る場所ではないので物珍しさもあるのだろう、大いに注目されていた。
「あなたね……失礼ですよ? このギルドに所属しているのは私ではなくお兄ちゃんなんですよ、なんで私に頭を下げてるんですか?」
「はわわ……いらっしゃいませラストさん!」
「いやいや、いつもの通りでいいですよシャーリーさん」
ギルドの受付担当のシャーリーさんは俺に頭を下げてしまうのだが、いつものフレンドリーな接し方に慣れているせいで突然平身低頭になられても困惑しか浮かばない。
いつもなら「いらっしゃい! いい種も苗も入ってますよ!」と元気よく挨拶されていた関係だったはずだ。こんな上下関係ができることは望んでいない。
「はい、それで、ラストさんは何のご用なのですか? この前随分と稼いだって話じゃないですか?」
だんだんフランクな話し方になってくるシャーリーさん、それと反比例して隣にいるアリスが不機嫌そうな顔になっていく。何がそんなに気に食わないというのだろう?
「余計なことはいいでしょう、私たちは命脈草を育てようと思っています、一袋銀貨五枚でしたね?」
「は、はい! 当ギルドはいつも低価格で提供しております!」
アリス相手には慣れていないらしく敬語のような微妙な言葉遣いで緊張を露骨に見せてしまっている。アリスは少し機嫌がよくなっているあたりコイツも余り性格がよくないんじゃなかろうか?
そんなことを考えていると足に鈍痛が走って下を見るとアリスが俺の足を踏んでいた。俺が非難がましい目でアリスを見るとプイと向き直ってシャーリーさんとの話を続ける。何か気に食わないことがあったらしい。まさか心を読まれたとかだろうか? あり得ないと言えないところが怖い。
「それで、現在ギルドにあるのは何袋ですか?」
「備蓄ですね、少々お待ちください…………」
ギルドの備蓄表に目をやって在庫の量を確認しているようだ。そして答えが返ってきた。
「十袋ですね、何袋ご入り用ですか?」
「全部です」
「え!?」
「だから全部です」
「ラストさん……妹さんに命脈草の育てにくさはご説明していますか?」
俺は首を振った。
「してないです、もっとも賢者なので知ってはいるのでしょうけど」
「賢者様ってすごいんですね……」
「で、売っていただけるんですか?」
知った上でそれだけの要求をしていると判断して苦い顔をするシャーリーさん、不良在庫が全てはけるなら何の迷いも無さそうだが、賢者様がそれだけの量を求めているというのは奇妙に思えるらしい。
俺も事情は話すなと言われているので黙っているが、こんな買い物をされたら違和感を覚えてもしょうがない話だ。気持ちは分かる。
「シャーリーさん、全部知っていますから売っていただけませんか? お金のことでしたらアリスが持っています」
そう言うと困った顔をされてしまった。
「一つの農家が寡占するのって余り推奨してないんですよね、育て損なったら全滅の可能性もありますし……」
「私はそんな初歩的なミスはしないのでさっさと売ってください!」
結局アリスの迫力に負けて在庫は全て買い取っていいことになった。一応ギルマスに相談したようだが、余り需要のあるしなでもないということで寡占の心配はないと判断されて大量に売ってもらうことができた。
アリスがストレージから銀貨を取り出して五十枚を支払う。農家としては高い方に破格な金額だが、賢者としては安い方に破格な金額なので金について怪しまれたりはしなかった。何より直前に結構な取引をしているということで信頼は十分だった。
それをまとめてストレージにしまってしまうときにギルドの面々は収納魔法を見るのは初めてらしく、かなり奇妙なものを見るような目で見られた。アリスの方は気にした様子も無くドサッと空間に開いた穴に放り込んでしまった。
「さて、畑に行きましょう!」
そんなわけで俺とアリスは畑に向かうのだった。
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