アリスちゃんの兵站大作戦

「お兄ちゃん! 依頼を受けてきました!」


「やめてくれよ……」


 俺は話を聞く前から嫌気がさしていた。コイツが取ってくる依頼は全て賢者向けであって農民向けではない。俺を巻き込むこと自体が間違っているんだ。


「まあまあ、今回はちゃんとした栽培依頼ですからね?」


「栽培って……何をだ?」


 どうせまた毒性の植物とかなんだろ?


「ええっと……ジャガイモと胡椒、トウモロコシ、塩の方は向こうで調達するらしいですし……後は小麦ですかね」


 以外と普通なものだった。コイツならもっととんでもないものの依頼を受けてくるかと思ったのだが……


「それだけか?」


「ええ、ジャガイモがメインですね、とにかくたくさんという依頼ですね!」


 妙なこともあるものだ、賢者に農業をさせるなど国力の無駄遣いと言ってもいいというのにそんな依頼を投げてくるとは。


「ただですねえ……この依頼なんですけど、ギルドからお達しがありまして」


「やっぱりか……そんな美味しい依頼がそうそう出るわけがないんだ、あったとしても王都内で消費されるだろ?」


「いえ、そういう話ではないんですよ……この依頼なんですけど……失敗してくれ、と言われてるんですね」


「は!?」


 失敗を願う依頼などというものがあるのだろうか? だったら始めから依頼しなければいいじゃないか。


「実はですね……この依頼なんですけど王家の第三王子からの依頼なんですよね……」


「ダメじゃん! 失敗したら処されるパターンじゃん!」


「落ち着いてくださいお兄ちゃん……いいですか、この王子なんですけど随分と武闘派で知られていまして、権力闘争も大好きなんですけどきな臭い噂が立ってるんですよね」


「きな臭い?」


「ええ、武闘派が大量の食料を必要とする場面、思いつきませんか?」


「なんだろ? 王都が食糧難とか? そんな噂も聞かないが……」


 アリスは肩をすくめて答えを言う。


「戦略物資ってやつですよ、ようは戦争の準備ってことですね」


「マジか……」


 スケールの大きさに俺は驚いてしまった。そりゃあいくらあっても足りないというものだろう。戦争を起こすなら兵站は多い方がいい、しかしこんなところまで依頼の手を伸ばすとは……


「で、ギルドにそういう依頼が来たんですけど、王様が現在急病でとこに伏せっていまして、治療が済むまでその第三王子を抑えておく必要があるそうなんですよ」


「なるほど、それで『失敗』か」


「そうです、やらずに済ませたいところですけど向こうは権力を笠に着ていますからね。やってみたけどダメでしたというアリバイが欲しいそうなのです」


 要は適当にやってダメでしたという結論を出せばいいわけだ。そんなに難しいことじゃないだろう。


「まあ農民のプライドには反するがそんなに大変そうな依頼じゃないな」


「それが大変なんですよねえ」


 アリスは弱った顔を浮かべる。


「何がだ?」


「実は……私って賢者じゃないですか? 賢者なら一瞬で兵站を確保できるんじゃないかと考えたあげく私たちに使命依頼をしてきたんです」


「ご指名か……」


 面倒なことになった、しかもアリスが賢者をやっていることも向こうはご存じのようだ。


 相手がこちらのことを知っているほど面倒なことはない。何も知らないなら適当な報告もできるが、賢者がいてコレなのかとと言われてしまってはかなわない。


「失敗しました……とはいかないか……」


「そこで私に一つ考えがあります!」


 アリスが堂々たる姿勢でそう言った。さすが賢者だ、なんでも答えを持っているというのはいかにも賢者らしいな。


「で、どんな作戦だ?」


「ふふふ……いいですか? 作物の指定は無いんですよ? あくまでも名目は備蓄用の食糧確保計画ですからね」


「戦時用じゃないのか?」


「馬鹿正直にそんなことは言わないでしょう、どこから漏れるか分かりませんしね。まあこの第三王子は情報管理がガバいので私たちにすっかりバレているわけですが、それでも建前上は変わらないんです」


「それでどんな方法があるんだ?」


 アリスは胸をはって作戦を伝えた。


「兵站として役に立たない作物を大量に届けます!」


「役に……たたない……?」


 アリスは諭すように言う。


「いいですか? 前線ができたらそこまで運ぶのには無条件とはいきません。例えば冷やしておかないとならないものはほとんど運べませんし、腐りやすいものは前線まで持って行けないでしょう?」


「それは……そうだな」


「つまり! 保存食としては適していても兵站としては非実用的なものを納品すればいいのです!」


 なるほど、確かに戦場を維持するなら保存の利くものしか使えない。完熟した果物を戦時用の保存食に使うことができないようなものだろう。


「ではお兄ちゃん! 農民的には何が保存性が悪いかは分かりますよね?」


「そこで俺に聞くのか……」


 アリスは頷く。


「当たり前でしょう? 私だって何もかもを知っているわけじゃないんですよ?」


 まったく……俺に聞くかねえ……


 俺は今まで育てた作物をざっくりと思い出す。その中でも大量に採れてさばくのに苦労したものを考える。


「芋……はどうだ? 日光に当てると食べられなくなるぞ?」


「ふむ、悪くはなさそうですね。ただ、そのくらい向こうも織り込み済みでしょうしもうちょっと奇抜なところをつきましょうか」


 奇抜かあ……


「そういえばアリス、今は国王が病床に伏せっているからその間だけしのげばいいんだよな?」


「そうですね、それが何か?」


「トマトはどうだ? アレは完熟させるまで期間が多少かかるし足の速い作物だ、前線に持って行くには無理があるだろう」


「悪くないですね。問題は加工すれば日持ちしてしまうことですが……」


「そこに関しては問題無い。塩は貴重品だし香辛料も高値が続いている。大量のトマトを保存するなら他のものを選んだ方が効率がいいだろう」


 保存料はやたらと値段が高い。幸い加工したところで塩やコショウがなければ傷みやすいのは変わらない。


「いいでしょう。では私がちゃちゃっと土壌改良の魔法を使うので撒くための種をギルドにもらってきましょうか」


「いや、トマトは苗を育てているのがあるからそれを使おう。納品は早く、文句を言わせない方がいいからな」


 それがトマトを選んだ理由でもある。自宅裏で家庭菜園用に育てていた苗があるのでそれを流用できる。家庭用の食料を差し出すのは少々気が引けるが、それなりの高値がつくであろうことから、買い取り金で食べ物を買えばいい。


「決まりですね! さっさと済ませてしまいましょうか!」


「そうだな」


 こうして俺たちの国を相手にした商売の作戦は始まったのだった。

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