盗賊討伐依頼
「なあアリス、この依頼に俺が必要な理由がさっぱり分からないんだが……」
「黙らっしゃい! お兄ちゃんが応援してくれるから私の賢者力も上がるんでしょうが!」
「いや、俺に戦闘力とかまるで無いしさ、どう考えても足を引っ張るだろう?」
そう、現在俺はアリスの受けた依頼についてきている。アリスの希望だった……問題はそれが『盗賊の討伐』だということだ。
事の起こりは昨日のこと、アリスが楽しそうに一枚の紙を持って帰ってきたことから始まる。
「お兄ちゃん! 依頼を二人で受けてきましたよ!」
「二人? 誰かとパーティを組むのか?」
アリスは俺に指を突きつけてきた。
「もう一人はお兄ちゃんですよ?」
「ちなみに何の収集依頼だ? あんまり稀少なものだと付き合いきれないし」
一応農業をやっていると植物や肥料用の鉱物の収集をすることはある。あまり好みではないが食べていくために必要ならば時々受けていた。
「討伐依頼ですよ」
「は!?」
「だから、討伐です!」
「ええええええ…………無理無理! 死ぬ! 死んじゃう!」
アリスはやれやれと言って俺の顔をじっと見る。
「大丈夫ですよ、安全な方の依頼を受けましたから」
「やだよ! 絶対お前基準で安全だろ! ドラゴンやキマイラなんて俺がついて言ったら死ぬって!」
「まったく……私をなんだと思ってるんですか……そんな大層な依頼は受けませんよ」
「本当か?」
アリスが頷く。
「そうです。ただの盗賊の討伐ですよ」
「無理いいいいいいいいいいい!!!!!」
そうして俺の説得も全く聞くことなく、村の近くの丘の方に来ていた。この丘の麓の洞窟を族が根城にしたらしい。ものすごくやりたくないが、族のいることを認めてしまうと他の村や町から排斥されてしまうのでなんとかして欲しいとアリスの依頼をしたそうだ。
気持ちは分かるんだが巻き込まれる俺の身にもなって欲しい。村の財政では盗賊を討伐できるほどの戦力を確保できないというわけでアリスに依頼を回したらしい。
「どうすんだよこれ? 真っ正面から戦うと死ぬぞ? マジでやばいからな! 俺の戦力なんてゼロなんだからまともな決戦とか考えるなよ?」
アリスは心外であるという風に憤慨しながら作戦について語る。
「お兄ちゃんは植物を育てて欲しいんですよ」
「植物を?」
「それなら本業でしょう? この成長促進剤を使ってください、あっという間に育ちますから」
そう言ってアリスは一本の先が細くなったガラス瓶を差し出してくる。それを受け取ると植物の種を小袋に一つ俺に渡してきた。
「お兄ちゃんって結構農業の才能ありますからね、多分すぐ育ちますよ」
「育ったからどうだって言うんだよ……?」
「まあそれは見てのお楽しみってことで」
「というかこの辺だと丘まで荒れ地になってるし育たないんじゃないか?」
「任せてください!」
『スキル:育成速度上昇が付与されました』
「え!? なにこれ?」
アリスは何でもないことのように答える。
「スキル付与ですよ、まあ適性からはずれたものは使えないわけですが、お兄ちゃんなら使えるでしょう?」
俺にはその植物が何かも理解できたし、どこに植えれば良いかも、アリスから渡されたアンプルの使い方さえも一瞬で理解できた。
「しかし……こんなものをどう使う気だ?」
アリスは楽しげに笑った。
「それはお兄ちゃんが一番よく知ってるでしょう?」
その笑みには残酷な感情が含まれており、俺はこの植物を育ててそれを何に使うかを考えるとゾッとするものがあった。もしも俺の予想通りの使い方をするのなら盗賊は全て……
不吉な考えだが、アリスならこうするだろうと理解はできた。妹がもはや十五歳を過ぎていて、何時まで経っても子どもではないと言うことが分かっていても、やはり気の進まない作戦だった。
「育ちきるまでどのくらいかかりますか?」
「そうだな……この状態なら正午までにはいけるだろう」
「よしよし、良い感じですね」
「なあアリス……その、本気でこの植物を使う気か? やり方が……あんまりにもエグくないか?」
「お兄ちゃん! 悪即斬と言う言葉があるらしいですよ、そんな言葉のあるところに比べれば随分と平和的だと思いますがね」
どうやら手を汚さずにこの依頼をこなすことはできないらしい。気が進まないがアリスに全てを押しつけるわけにもいかないし、俺も覚悟しておくとするか。
「ではお兄ちゃん、その種をまいてください」
「ああ、撒いたらスキルを使えばいいのか?」
「察しが良いですね」
「自分のことだからな」
俺は地面にその種を撒く。そしてアンプルを割って地面に撒く。後は『育成速度上昇』を使用する。
『育成速度上昇を使用しますか?」
『使う』
するとあっという間に芽が生えてきた。それがぐんぐんと育っていき、つかの間の平和が訪れる。
「アリス、覚悟はできてるんだな?」
「お兄ちゃんは平和主義が過ぎますよ、自分の手を汚さずに暮らしていけるのはごく一部の大富豪と、仕事のできない大貧民だけですよ?」
どうやら作戦は結構するつもりらしい。気は進まないが作戦としては安全だった。荒っぽいやり方だし後味は悪そうだが俺たちの安全は保証される。
そうして待っていると太陽が真上に来たあたりで育ちきった植物は花を咲かせて実をつけた。
「さて……収穫するかな」
「その必要はないですよ?」
「え!?」
『ウィンドストーム』
一瞬で植物は根こそぎ刈り取られその場に落ちた。
「乱暴なやり方だな」
しかしアリスは楽しそうだ。
「実が必要だとしても他の部分があってもいいでしょう? 今回に限っては、ね?」
その意味は分かっていたが余り理解したくないものだった。この植物は俺のスキルで『油草』だと判別していた。その特性は……『可燃性の油を収穫可能』だった。
「さあお兄ちゃん! いきますよ!」
収穫したものを全てストレージに入れて俺たちは丘の方へ向かった。
丘の周囲には見張りが一人いた。戦いなれていないのだろう、洞窟の正面に一人しかいなかった。
「あいつら敵がご丁寧に真っ正面から来てくれると信じてるのか?」
「そんなものですよ、あの程度の雑魚相手にまともな戦いになると思っている方がおかしいんですよ」
俺は気の毒に思いながらも、俺たちが生活するための犠牲になってもらうことを覚悟しておいた。
俺たちは丘を登り、洞窟の入り口の上を取ることに成功した。なんとおめでたい話だが盗賊達は丘の裏手に一人も見張りをつけていなかった。どうやら入り口さえ防衛すれば絶対に大丈夫だと信じているらしい。
「じゃあちゃちゃっと終わらせますか『ストレージオープン』」
ざばあと収穫した油草の全てが丘の上から入り口に向けて垂れ落ちる。見張りも気がついたようだが、驚くべきことに逃げずに洞窟内の仲間を呼びに行った。あまり荒事は好きではないが一人くらい『生かして』捕まえたかったのだがどうやら無理な様子だった。
「はいはい、雑魚雑魚、『ファイアーボール』」
小さな火球が油のたまっている洞窟の入り口に落ちて業火が上がった。全てを焼き尽くしながら燃えて落ちていく。中から火だるまが出てきたらどうしようかと心配していたところアリスが俺に言った。
「お兄ちゃんは分かってないですね、初手で仲間を呼びには知るような奴が戦いに向かうわけないでしょう、逃げの一択ですよ。そして洞窟の出入りはここでしかできません」
無慈悲な死刑宣告だった。その炎は日が傾くまで燃え続けた、油草の油は火力はそこそこだが燃え尽きない性質をしていて生活上は扱いにくいものだが、こういったことには抜群に使えるものだ。
そうしてようやく火が消えた頃、洞窟の中を確かめようとしてアリスが俺を止めた。
「大丈夫です、『生体探知』を使いましたが生き残りはいませんよ。後は報告しておきましょう。私たちの依頼は『討伐』であって『死体の検分』ではないんですよ?」
俺は正直なところ助かったという気持ちで一杯になった。焼死体などわざわざ見たくないものだ。手を汚す覚悟はできてもその結果を見る必要が無いならすきこのんで見ようとも思わない。
アリスが自宅へのポータルを開き、帰宅後、ギルドに向かった。
皆、俺たちが無傷で血の一滴もついていないことに驚いていた。
受付に向かうと、プレシアさんが俺たちに問いかけてきた。
「依頼の撤回でしょうか? まあ強制では無いのでしょうがないですが……」
「いえ、討伐完了の報告ですよ。盗賊達は一匹残らず根絶やしにしました。まあ私たちにかかればチョロいですね。あ、早めに検分班を派遣した方が良いですよ? 何しろ傷むのが早いですからね」
「傷むとは何が……?」
「分かるでしょう? 生ものが、です」
プレシアさんはドン引きしながら冒険者達に検分班の志願する人を探して幾人かの人が立候補したところ俺たちに聞いた。
「もう危険は無いんですね?」
「ええ、生きてる人は一人たりともいませんよ」
ドン引きするプレシアさんを放っておいて俺はアリスに引かれるままギルドを後にした。
即席の検分班が目的地について人間だったものを回収してから生き残りを探し、コレで全員であることを確かめて、翌日には報酬が支払われた。
その時にギルドにいた全員が俺たちを畏怖の目で見ていたことはしばらく忘れられそうもなかった。
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