イケメン吹奏楽部顧問は疑わない

 しばらく二人は、俺の言葉を理解するためか黙った。


「古田君。つまり、どういうこと?」


 結局七瀬さんは、俺が言った意味がわからなかったようで、首を傾げていた。


「先生。先生はなんとなくわかったんじゃないんですか?」


「まあ……そうですね」


 鳳先生はなんとも言えない顔をしていた。


「七瀬さん。鳳先生がどうして部員達から疎まれたかわかるかい?」


「え……」


 俺の問いに、七瀬さんは唸った。


「そうね。横暴だから?」


 思わず吹き出しそうになった。オブラートに包まなさすぎだよ、ウケる。


「じゃあ聞くけどさ、仮に今回のバンドフェスティバルの不参加や、野球部応援の演奏不参加を決めたのが、鳳先生ではなくてベテランで実績もある先生だったらどう思う?」


「そりゃあ、何かあるんだなーと思う。……ああ、なるほど」


「うん。つまりさ、今鳳先生が部員達に不真面目な顧問なのでは、と疑われて信用されていないのは、鳳先生が若い先生であり、実績がないからなんだよ。

 そんな実績のない人が、これまで築いてきた伝統を壊して独自のやり方をしだしたら、誰だって不安に思うものだろう?」


「確かにそうね」


「だから、実績のない鳳先生が部員達に謝罪もせずにこのまま指導者としての求心力を保ちたいなら、結果を残せばいいんだよ。部員達が文句を言う隙すらないような結果をね」


 俺が満面の笑みで意図を教えると、七瀬さんは納得げに頷いていた。


「古田君、一ついいですか?」


 鳳先生は挙手をした。


「なんですか?」


「君の話は最もだと思います。だけど、実績というのはそう簡単に積みあがるようなものではないですよ?

 第一、私はこの状況で何で結果を残せばいいんですか?」


「県大会ですよ」


 俺はふと思い出して、続けた。


「ああ、でも二年はそこでボイコットを企てているんだから、まずは部員達を集めて話さないといけないですね。

 勿論、弁明の話ではなくて、意気込みの話です。


 例えば……。

 君達が私に不信感を抱いているのは知っている。だから、私は次の県大会で金賞を取ってみせよう。取れなかったら、君達大半の希望通り、この部の顧問を辞めましょう。その代わりもし金賞を取れた暁には、君達は私の指導にキチンと従ってください。


 ……こんなところかな」


「従いますかね?」


「人から話を聞いている限りは指導方針だけの問題らしいので、大丈夫だと思います」


 まあ、明言は出来ない。


「古田君。あたしも質問、いいかしら」


「何かな」


「その……。こんなこと言うのもなんだけど、本当にそれ大丈夫?」


「なんで?」


「だってそれ、あくまで結果を出すのは今先生を疎んでいる部員達でしょ? もし邪な感情があったら、先生を貶めようとするかも」


「ないと思うよ」


「私も同感です」


 珍しく鳳先生(イケメン)と意見があった。つまり俺もイケメン。異論は認める。


「どうしてですか?」


「まあこれも結局他人からの情報だけどさ、彼らはあくまで結果を残したがっているから鳳先生を嫌がっているんだよ?

 結果さえ残せれば、文句なんてないでしょ」


「それもありますが、あの子達の素直さは間近で見ていた私が保証します。だから、きっと大丈夫です」


「……先生がそこまで言うのであれば」


 不承不承気味に、七瀬さんは納得した。


「ただ、もう一ついいですか?」


 と思ったが、まだ疑問はあったらしい。


「なんだい?」


「部員達が先生を貶めることがないってことはわかったの。だけど、これが一番心配だわ」


「……なんとなく、言いたいことはわかる」


 ここまで得意げに語って、そう同調したのは俺だった。


 そう。この話、実は俺も語りながらにして一つの疑問というか、不安要素があるのだ。


 それは何かといえば、結局のところ結果を出すにあたり一番重要な部分。




「県大会で金賞、本当に取れるんですか?」




 言い辛そうに言った七瀬さんに、俺は苦笑しながら頷いた。


 本当、そこだ。そこに尽きる。


 結局のところ、貶める気があるにせよないにせよ、勝負事は常に実力が結果を左右する。果たして今の吹奏楽部に、結果を掴み取るだけの強かさが存在するのか。


「お二人共、不安ですか?」


 心配する俺達を他所に、鳳先生は得意げだった。


「正直に言います。古田君の提案を説明してもらった後に、私はその話がうまくいくことを確信しました。

 それは何故かと言えば、間違いなく今のウチの吹奏楽部が強いから、ですよ」


 はっきりとそう言い切る鳳先生は、異様な力強さを孕んでいた。


「君達には感謝しかありません。部員達の内情を教えてくれただけでなく、解決策まで提示してくれたのだから。

 本当に、簡単に解決できる話で良かった」


 そう言いながら微笑む鳳先生は、いつかの誰かと重なった。


 あれは確か、俺が最近所属した文芸部の後輩であり、他人に甘える術を知らなかった少女のことだ。


「アハハハハ!」


 思わず、俺は笑い出してしまった。


「どうかしましたか?」


「先生はさ、どうしてそこまで疑わないのさ」


「何をですか?」


「他人であり、自分をですよ」


 微笑みながら尋ねると、鳳先生は驚いたように目を丸めていた。

 しかししばらくすると、穏やかに笑った。


「私は自分のしてきた行い。そして現状に……




 不満もなければ、後悔もありません」



 

 鳳先生の言葉は、まるで骨身を伝い遺伝子に刻み込まれるかのように、ゆっくりと確実に俺の中に浸透していった。


 不満もなければ後悔もない人生、か。




 俺はと言えば、どうだった?

 

 いつか……このタイムスリップが始まったあの頃、俺は自分の人生に不満はなかった。だけど、後悔はあった。


 あの時、もっと積極的になっていれば。

 あの時、もっと勉強していれば。


 あの時、もっと俺が今みたいに大人だったならば。


 俺はもっと豊かな未来を送れたはずだと思ったから。

 だから、俺は後悔した。



 そして、それは事実だった。


 あの時より積極的で、勉強もして、中身が大人な今の俺は……今、確かに後悔のない人生を歩み始めようとしていた。

 幾度か見た夢が、俺の成長の軌跡を教えてくれた。


 七瀬さんや倉橋さんや綾部さんと関わって成長していく俺の人生は、あの時と比べれば、随分と飛躍的に、充実したものだった。


 いつまでもあの時間が続いてほしいとさえ思ったんだ。


 このタイムスリップのおかげで、俺の人生は豊かになった。いいや、豊かになっていく。それを俺は知っていたから。




 このタイムスリップを経験出来て良かった。


 皆と出会えて良かった。



 かつての自分と鳳先生を比較して、そして夢で見た素晴らしい夢を振り返って。



 俺は、心の底からそう思ったんだ。




 ……だけど、将来の夢の世界を振り返ってみて、ふと俺の心の中に小さな違和感のようなものが芽生えたのがわかった。

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