イケメン吹奏楽部顧問の教育理念

「先生、失礼なこと言っていいですか?」


 しばらく呆けた後、俺は目を細めて言った。


「何でしょう?」


「あんた、俺の話聞いてました?」


 最早イケメンに対する敬う気持ちも失せて、俺は須藤先生に接するような態度で鳳先生に言った。


「勿論。聞いてましたよ」


「ならば、キチンと説明してください。どうして駄目なのか。俺、言いましたよね? 先生がキチンと部員に説明することは、ひいては吹奏楽部のため。ひいては先生のためって。

 あれ、別にふざけて言ったわけじゃないですからね?」


「え、違うの?」


 驚いた風にこちらを見て言ったのは、七瀬さんだった。


「違う。正真正銘本当にそう思ったから言ったんだ。だってそうだろう。既に吹奏楽部は内部分裂寸前の惨状なんだぞ?

 そうなった惨状は、他でもない鳳先生なんだぞ?


 ならば、発端がキチンと誠意を見せずに、果たして誰がやる気を取り戻す」


「私が育てているのは、強かな子達です。音楽に対しても。人格にしても。そんなに簡単に分裂なんてしません」


「先生、子供に対する評価を見誤ってます」


「何故?」


「子供は所詮子供だから、と言いたいわけじゃない。子供……というか、彼らがまだ高校生の身。ひいては今、先生がしている活動がたかが部活動ということを忘れてはいけない」


「古田君。その言い方は心外です」


「本当のことでしょう?

 じゃあ聞きますが、先生は部員の子達にお金を与えているんですか? していませんよね。それはこれが仕事ではなく、部活動だからだ。部活動はあくまで部活動。子供が大人になるための勉強の場なんですよ。

 だから、今行っている行為に対して対価を払わない。部活動で学んだことこそが対価だと綺麗事を言う。

 厳しいことを強いて、演奏する場という部員達にとっての対価の場を奪ったのだから、実際今になって内部分裂寸前になっているんですよ」


「なるほどねぇ」


 鳳先生はあまり俺の言葉を深く受け止めていないのか、軽い声で悩みに耽った。


「まあ、先生がバンドフェスティバルなどの演奏の場を奪った理由はわかってます。要は、県大会へ向けての練習に集中したいからなんでしょう?」


「はい。そうです。バンドフェスティバルや野球部の応援の分も曲を覚えるとなると、その分県大会への対策の時間が減る。それが私は嫌でした。つまり、全ては県大会のため、というわけですね」


「よくわかりましたよ。でも、だからこそ俺は部員達にさっさと説明した方がいいと思っている」


「何故?」


「だって、先生のした行為は、あくまで部員達を思ってした行為なんでしょう? だったら自分のした行いは正しいと、皆の前で打ち明ければいいんだ。

 皆が皆すぐには納得しないでしょうけど、それでも禍根は生まないと思いますよ。先生にも先生なりに考えがあっての行為であれば、多少はモチベーションも上がるでしょうし。

 今のように、他人を慮らない説明の仕方だから、反感を買うんです」


「古田君。君、結構言いますね」


 鳳先生は苦笑していた。


「……それでも、まあ駄目ですね」


「なんでだよ」


 少しだけ陰鬱としながら、俺は言葉を荒げた。


「……私は、自分の行った行為を吹奏楽部顧問としては正しいとは思っています。だけど、人として罪悪感はあるんです」


「つまり?」


「トランペットの二年の春日井さん。さらに、ホルン三年の飯田さん。その他数人。私は、彼女らがバンドフェスティバルや野球部の応援での演奏を楽しみにしていたのを知っています。

 親が毎年見に来てくれるから、とか、野球部の恋人へのエールのためだとか、ね」


 鳳先生は俯きながら続けた。


「そんな彼女らにとっての大切な場を独断で奪って、罪悪感がないはずないんです」


「先生。先生は部員達からの非難を承知で事に及んだんでしょう? そうでないなら、そもそもそんなことをしたこと自体が間違いだ」


「勿論。重々理解の上ですし、何なら部員の子達に責められること自体は文句はないです」


「なんだよ、それ」


 部員には責められてもいいけど、表立って説明したくない。

 罪悪感はあるけど、演奏の場を奪って、県大会へ目標を定めたことは正しいと思っている。


 いくら何でも都合が良すぎる。


「責められることはいい。……ですけどね、私は自分が謝罪をする場を作りたくはないんです」


「ちょっ、何ですか、それ?」


 七瀬さんが介入してきた。横暴な言い振りだと思ったのだろう。


 しかし俺はと言えば、なんとなく鳳先生が言いたいことが腑に落ちていた。


「あなた方は、ミスを犯す教師は好きですか?」


「え?」


 首を傾げる七瀬さんに対して、俺は彼の心情を理解していた。


「嫌ですね」


「何故ですか?」


「教師とは人を教える立場だ。そんな人がミスを犯せば、もう何を信じていいかわからなくなる。勿論、人であればミスを犯すことは当然だけど、それでも人の模範になるべき立場の教師がミスをすることは、認められない。だってそうでしょう?

 模範的な人がミスをするだなんて、教えられる立場からしたら、もう何が正解かわからなくなるじゃないか」


 そう言い切って、俺はため息を吐いて続けた。


「つまり先生。先生は指導者としての求心力を失いたくなくて謝罪はしたくないわけだ」


「その通りです。古田君、さすがですね」


 乾いた笑みを浮かべる鳳は、大層なイケメンなのに大層情けなく見えた。


「やはり、まだまだ若い子供達の貴重な思い出の舞台を奪ってしまったわけですからね。さっき言った通り、罪悪感はあるんです。

 もし説明なんてことをして彼らに糾弾でもされたら、私はついつい魔が差して、彼らに謝罪してしまうかもしれない」


「謝罪するということは、自分の行いが間違いだったと認めることになるからね。そんなこと、先生として、指導者として、あり得ない、と」


「はい。彼らにはまだまだ教えたいことが山積みですからね。こんなところで、求心力を失うわけにはいきません。

 ダイヤモンドが綺麗に輝くのは、何よりも加工職人の腕の賜物だ」


 なるほどね。


 謝罪しうる場を拒むのも。

 独断で演奏の場を奪ったのも。


 あくまで、これからダイヤモンドのように輝いていく生徒のため、か。


「でも先生、もうそんなこと言っている場合じゃないんじゃないですか?」


 そう言ったのは、七瀬さんだった。県大会をボイコットすると宣っている二年もいるこの状況で、最早指導者としての求心力なんて気にするのは、確かに呑気かもしれない。


「……まあ、一つ手は思い浮かんでますよ」


 そう口にしたのは、俺だった。


「本当ですか?」


「はい」


「どんな手なの? 古田君」


「先生。もう一度確認しますけど、先生は自分のしたこと、間違いではなかったとはっきりと認められるんですよね」


 気が逸る二人を一瞥して、俺は尋ねた。


「勿論です」


「だったら簡単です」


 俺は腕を組んで続けた。


「深く考えることもない。先生、もし本当に自分のしたことが間違いではないと思っているのなら……、




 結果で示せばいいんです」

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