第27話 親


 「この報告に、間違いはないな?」


 険しい顔を浮かべながら調査隊を睨んでみれば、誰も彼も静かに頭を垂れた。

 あぁ、全く。

 どうしてこう、貴族というのは馬鹿が多いのか。

 思い切りテーブルに書類を叩きつけて、すぐさま立ち上がった。


 「今すぐ王へと報告する! こんなバカ共が動くとすれば、間違いなくこの祭りの間だ!」


 「そうカッカするでないわ、ヴァーミリオンの当主であろうに」


 静かに開かれる扉の向こうから、我が国の王様が姿を現した。

 その場にいる全員がすぐさま膝を付き、頭を垂れる。


 「あぁ~そういうのは良いから、話を進めようではないか」


 随分と緩い台詞を吐きながら、私の向かいのソファーに腰かけるご老体。

 全くこの人は、いつでもどこでもフラッと現れる。

 護衛など付けずに、それが当たり前と言わんばかりに。


 「お久しぶりです、カラド・クレイルド・シーラ王」


 「かぁぁー! ペッ!」


 「声だけだったとしても、汚いですよ王様」


 「だったらそのカタッ苦しい態度をやめんか」


 フンッとつまらなそうに鼻を鳴らした我が国の王が、マジックバッグからワインを一本取り出し、グラスに注いでからこちらに差し出して来る。

 一応、仕事中なのだが。

 とはいえ、王から頂いたモノだ。

 飲まない訳にはいかないのだが。


 「最近つまらん話を聞いてのぉ。なんでも貴族の娘っ子がチラホラ居なくなるそうじゃ」


 「はい、噂には聞いていた為調べてはみたのですが……」


 そう言いながら王から頂いた酒を口に含めば、良質な味が口の中に広がる。

 うむ、旨い。

 チラッと酒瓶を覗き見てみれば、それはそこら中で売られている様な銘柄。

 今年は随分と良い物を出したのだろう。

 一般的に安酒と言われてしまいそうな酒であるが、今年の物は旨い。

 なんて、舌鼓を打っていれば。


 「この酒、旨くなったとは思わんか? 今までだったらそりゃもう安酒だったのに、今ではこれだけの味が出せる」


 「えぇ、値段の割に上等な酒。というより、名前も変えてしまえばもっと高価な値段で取引できるでしょうね」


 そう言いながら、もう一口頂く。

 うむ、やはり旨い。

 この銘柄はもっと荒いというか、安っぽい味がした筈なのだが。

 今言ったが、いっそのこと銘柄を変えてしまえば良いのに。

 なんて思いながら、この酒の出所を思い出した瞬間。

 ゾクリと、背筋が冷えた。


 「以前はトレヴァー家が管理していましたが……今では、アルバート家が管理している様ですね」


 「そうさな、トレヴァーの家は随分と金に困っている様じゃ。まさかこの葡萄畑も手放してしまう程とは。そしてアルバート、あちらはまぁ……相も変わらず結果主義じゃな」


 そんな事を言いながら、私の空いたグラスに同じ酒を注ぐシーラの王様。

 何故この場に王が現れ、何故この酒を持って来たのか。

 今しがた報告を受けた“ソレ”を既に把握している様で、非常に恐ろしい。


 「見ますか? 王様」


 「ん、一応な」


 もう隠し事は無しだと言わんばかりに、先程受け取った報告書をそのまま王へと手渡した。

 彼はしばらくの間資料を見つめ、そして深いため息を溢した。


 「どうしてこう、めでたい時に限って」


 「人は、いえ……特に貴族は強欲ですから。人に紛れるならこのタイミングが一番でしょうからね。全く度し難い」


 静かに眼を伏せる王に、そんな言葉返してみれば。

 彼は首を横に振ってみせた。


 「浮ついた気持ちに冷水をぶっかけられた気分ではあるが、タイミングとしては悪くないかもしれんのぉ」


 「何を……?」


 「いざとなれば先日正式に結んだ“平和条約”、さっそく試す機会かもしれんと言う事じゃ」


 「さ、流石に人攫い程度に両国の協力を求めると言うのは……」


 「分かっておるわい。こちらで手を打つつもりではおるが、あまり大事になればアヤツ等なら間違いなく気づく。その時になって蚊帳の外にされたと言われるより、話だけは出しといた方が安全じゃわい」


 つまらなそうに資料をこちらに投げ渡す王様は、グイッと自らのグラスを空けた。

 そして。


 「しかし、最初から頼るばかりではこちらの面子が立たん。可能な限りは儂らの方でどうにかせにゃ、お前さんの所からも人を借りるぞ? 武闘派貴族のヴァーミリオン」


 「はっ、何なりと」


 「ホレ、お前さんも一応読んでおけ。知っておいた方が後々楽じゃろうからな」


 そう言って王様が投げて来た資料を開いてみれば、国の機密事項にもなりそうな情報が書いてあった。

 思わず目を見開いて王様に視線を戻すが、「いいから読め」とばかりに手をヒラヒラと振っている。


 「で、では……」


 イージス国代表、シルフィエット・ディーズ・エル・イージス。

 通称シルフィ女王。

 称号に“未来予知”の様な力を持っており、いくつかの戦争において前線に立つという経験を持つ。

 強大な戦力を持つイージス国。

 今回護衛に付けているのは“悪食”と呼ばれるクランのウォーカー達。

 後の報告に“悪食”についての資料をまとめている為、確認されたし。


 飯島の代表、リナ・スレイ・イルクレイズ・フォールター。

 通称リナ女王。

 複数の護衛を連れては来たが、そもそも本人が一対多を得意とする高レベルの国王。

 今回の平和条約を結んだ国のトップ個人としては、まず最強と呼べる存在である。

 尚且つ“悪食”と関りを持ち、深い信頼関係を築いている。

 両国との関係を取り持つには、間違いなく“悪食”が鍵となって来る事が明白。


 イージス国所属、クラン“悪食”。

 我が国でも魔獣肉を食すきっかけとなったのも記憶に新しいが、戦績の化け物と言えるだろう。

 新種や変異種といった大物討伐を多く経験し、シーラでは大食いや幻鯨。

 飯島ではダンジョンの攻略と屍竜の討伐などなど。

 本拠地のイージスでは――


 「待ってください、最後のコレ。悪食というクラン、何なんですか?」


 「正真正銘、生きた英雄じゃな。称号にも、皆“竜殺し”を持っている程じゃ」


 「イージスにはこんな隠し玉が……」


 「いや、隠しておらんかったよ? その資料も本人達から話を聞いて部下が作った物じゃ。アイツ等も良いが、二国のトップも良いぞ? そりゃもう楽しそうに語る語る。思わず儂も国の事をベラベラ喋ってしまった程じゃ」


 「えぇぇ……」


 それだけでも結構な問題だというのに。

 資料は更に続きがあった。

 我が国における、金の流れ。

 報告されたモノと、実際の金の動きの違いを現した資料。

 その中に、明らかなまでに違和感を持たざる負えない二つの家系。

 それが。


 「トレヴァーと、アルバート」


 その二つの家系だけ、随分と極端に金が動いていた。

 トレヴァーは利益を得て、アルバートは金を払っている様だ。

 帳簿は随分と偏りがあるが、これで疑わない人間は居ないだろう。

 この両家は、何か裏で取引をしているのか?


 「では両家の関係者から聞き込み……いや、その時間も惜しいですね。直接乗り込みますか?」


 「お前さんの所でそんな事をすれば、後で面倒だろうに。こういう時はもっと身軽な人間に頼るに限る」


 「ウォーカー達ですか? しかし、彼らの専門は魔獣。人間相手となればやはり兵や騎士団を動かした方が……」


 「それでは目立つだろうに、こういうのは相手に悟られず一気に片を付けた方が良い。幸い今は祭り、ウォーカーが何処をうろついている所で目立たんからな」


 確かに言っている事は分かる。

 分かるが……大丈夫だろうか?

 娘のレベッカの事もあり、ウォーカーを信用していない訳ではないが。

 それでも貴族のいざこざや、こういう人探しや粗探しの様な仕事を彼らが受けてくれるのだろうか?


 「まぁモノは試し、早速ギルドに行ってくるかのぉ。“守人”あたりなら、“こっち”の事情に詳しいメンバーもおるから、余計に動きやすいだろうて」


 「なっ!? それこそトレヴァーとアルバートの関係者ですよ!?」


 「口を慎め、ヴァーミリオン。ルナ嬢も墓守も、既に“元”じゃ。今は家名を持っておらん」


 ご老体とは思えない鋭い視線と敵意を向けられ、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまった。

 コレが、ウチの王様。

 一人でフラフラと歩き回る癖に、誰にも咎められずにいる理由。

 彼から敵意を向けられれば、誰しもが言う筈だ。

 勝てる気がしないと。

 イージスが“悪食”という“対魔獣戦のプロ”を囲っているとして、飯島は本人達が圧倒的な力を持った“一対多”を誇るとするなら。

 この国の王族は“一対一”を得意とする。

 陸と海が交差する狭間に作った国。

 どうしたって人のいざこざは起きる。

 それを理性的にも、物理的にも抑えられる人物が“王”となった。

 古い歴史ではあるが、それが今でも引き継がれているのは見れば分かる。

 この人は、ウチの国の王は。

 対人において圧倒的な力を持っているのだ。


 「どちらも捨てられた“子供ら”じゃ、だからこそあまりこういう仕事を任せたくない気持ちもあるが……」


 「恐らく、受けるでしょうね」


 「ほう?」


 再び注がれる酒を、一口に飲みこんでからフゥと深い息を洩らした。

 私から見た、“彼等”の評価。


 「娘からの報告、というほど堅苦しいモノではありませんが。帰る度に色々と話してくれるのですよ。今日は何があった、こういう事を教わった。こんな事を思った、誰々がこう言っていた。なんて、本当に情景が思い浮かぶ程に」


 「続けよ」


 静かにグラスを傾けるご老体から、静かな流し目を頂いてしまった。

 先程の鋭い気配が嘘の様に、まるで孫の話を聞かせろせがむ老人の様な。

 全く、本当にウチの王様は子供には弱い。

 とはいえ、彼らはもう成人しているのだが。


 「墓守と呼ばれるアルバートの青年、そして異世界人であるユーゴ様。この二人は、その……」


 「なんじゃ?」


 「大人達が口を出すのも恥ずかしくなってしまう程、“青臭い”です。現実を見ている様で、どこまでも逃避している墓守。未来を見据えている様で、足元が疎かなユーゴ様。どちらも危うい、だが二人なら共に進める。二人だからこそ、進んで行ける。まさに“相棒”というヤツなんでしょうな、私の様な歳ではそう言葉にするのも少し気恥ずかしいですが」


 報告に聞く二人は、実に活き活きしていた。

 共に戦い、共に笑い。

 そしてたまには喧嘩もする。

 つい先日の事だった様だが、喧嘩の原因がユーゴ様の未来を心配した墓守の独断行動というのがまた……何とも青臭い上に、随分と互いの事を想っている様だ。

 更にはウチの娘レベッカと、彼らの奴隷となったルナさん。

 あの二人も、着実に成長している様子は聞いていて実感できる程。


 「もう成人しているんです。若いからと言って、あまり甘やかすモノではないと思いますよ? 否定した私がこういうのもなんですが、それこそ“元”だったとしても、自分の家の不始末だと聴けば率先して片付けようとするのではないかと」


 「だが、今回の件は内容が内容じゃ」


 「人攫い、違法奴隷の国外輸出。ソレに“元”家族が関わっているかもしれないと知れば、依頼など無くても自分達で動き始めるかもしれませんね」


 「まぁ……確かにのぉ」


 ボリボリと頬を掻きながら、王は気まずそうに視線を逸らした。

 この世界での成人は十五歳。

 ならば、彼らは十分に“大人”だ。

 私達から見ればまだまだ子供に見えても、彼等彼女らは自分の足で立って生きているのだ。

 であれば、選択肢は本人達に与えてやれば良い。


 「私はこの件を両国のお二方は勿論、クラン“悪食”の皆様。そして同時に“守人”に打ち明けるべきかと。両国に情けない姿を見せる事にはなりますが、今後を考えれば助け合える“前例”を作っておいても悪くないかと思います。そちらは王も考えているとは思いますが、そこに“守人”も加えるべきです。なんたって、祭りの最中に“人”を相手にする訳ですから。案内人は必要でしょう?」


 「まさか、お前さんがそこまで“守人”に肩入れしているとはの」


 「なんたってウチの娘が所属するパーティですからね」


 「親馬鹿め」


 ヘッと鼻で笑いながら、王様はグラスを空にしてテーブルに戻した。

 そのまま席を立ち上がり、ニヤッと口元を吊り上げる。


 「ヴァーミリオン当主、国王として命令する。ヴァーミリオン家が誇る戦士達を街中に展開、人攫いを見つけろ。平服で当たれよ? 警戒されては厄介じゃ。情報は随時共有、こちらでも両国の代表と話がつき次第盛大に動く。儂の国で下らない悪さをするウジ虫を駆逐するぞ」


 「はっ! ご命令のままに」


 その言葉と共に、室内に残っていた部下達が一斉に走り出した。

 彼らの事を満足気に見送った王様も、静かに部屋を後にする。

 さぁ、狩りの時間だ。

 疑わしいのはルナ嬢の“元”家族、トレヴァー家。

 そしてもう一つ。

 墓守の“元”家族である、アルバート家。

 確たる証拠を掴めていない現状では、彼等の家に押し入る事は出来ないが。

 それでも、疑わしいのは確か。

 であれば、だ。


 「尻尾を掴み次第叩き潰してやる。民を想えん貴族に価値はない」


 ヴァーミリオンの家訓。

 “守る為に強くあれ、守る事を忘れた愚者には鉄槌を”

 我々は貴族なのだ。

 人の上に立ち、人を管理する仕事をしている。

 “同じ人間”なのだ、生まれが違ったという以外にどこが違う。

 貴族とは他の民より恵まれて生れて来た、だからこそ返すべきなのだ。

 我々貴族を支えてくれる民へと。

 彼らが笑って暮らせるように、飢える民など一人も出ない様に。

 そして民を、国を脅かす存在が居ると言うのなら。


 「全力をもって叩き潰すまでよ……」


 ガツンと拳を打ち鳴らしてから、私自身も街中へと足を向けた。

 報告を部屋の中で待っているだけ、なんて。

 とてもじゃないが私には出来る気がしない。

 ウチは、ヴァーミリオンは。

 どこまでも古臭い脳筋思考を持ち合わせた貴族なのだ。

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