第28話 過剰戦力


 「コレが“森”の専門家の方々の倉庫ですか……」


 「でっか、というか道具が物凄く揃ってるねぇ」


 両国のトップが、“海”のクランの時と同じようにイズリー達の倉庫内を歩き回っていく。

 気になるモノを見つければすぐに手を出し、“森”の連中から慌てて止められている。

 これは、視察なんだろうか?

 何というか、王族の遠足の様に見えてしまう。

 そんなことを思ってしまう程、随分と平和だった。

 休日と言っても良い雰囲気に、一歩街中へと踏み込めば未だに祭りが続いている様な状態。

 ふぅ、と思わず息を吐きだしてみれば。


 「お疲れさまです。道案内とはいえ、王族の方とご一緒するのでは気も休まらないでしょう」


 そんな事を言いながら、燕尾服の男性がこちらに飲み物を差し出して来た。

 その服すら、黒い鎧と組み合わさっているので“悪食”の一人というのは分かる。

 しかしながら、気配が随分と薄い。


 「アンタらは、一体何なんだ?」


 飲み物を受け取ってから問いかけてみれば、彼は小さく微笑んだ。


 「ただのウォーカーですよ、特別な権力やしがらみはありませんから。ちなみに本拠地では“孤児院”をやっております、最近では学校を作ろうという試みも」


 「ますます分からないな」


 「まぁ、少しだけおかしな“ただのウォーカー”と言う事で」


 ハハハッなんて笑いながら、彼は倉庫内に目を向けた。

 視線の先では多くの人が動き回っている。

 主に両国のトップが怪我をしない様にと、慌てふためいている様にしか見えないが。


 「こちらのウォーカーは凄いですね。ここまで大人数のクランは、イージスでは存在しません。それに、よく統率が取れている」


 俺は、他の国を見た事がない。

 だからこの光景が特別どうとは思った事が無かった。

 ウォーカーになれば、一人または少人数のパーティを組むか、“海”か“森”のクランに加入する。

 この国のウォーカーは、大体そんな選択肢を選ぶことになるだろう。

 それが当たり前であり、俺の生きて来た人生だった。


 「他の国は、どんな感じなんだ?」


 何となくだが、そんな言葉が漏れた。

 他所の国になど、今までは興味が無かったのに。

 生きていくだけで精一杯だった筈なのに。


 「こちらの国程、ウォーカーを育てる環境が揃っていないのは事実ですね。誰も彼も気の合う仲間達と肩を並べ、少人数でパーティを組むのが殆んど。荒くれ者扱いされる事も少なくありません。こちらの国では、あまりそう呼ばれていないみたいですが」


 「荒くれ者……確かに実際そう言われた事は少ない。それも海と森の連中の影響だったのかもしれないな。奴らは、兵士とも住民とも仲が良い」


 俺自身は、恰好や活動の事もあり避けられる事も多いが。

 それでも“ウォーカーだから”という理由で距離を置かれた記憶はほとんどない。

 貴族社会の中では、今でもまた別なのだろうが。


 「最近では環境も変わってきましたが、やはりその辺りは根強い印象が残っているのでしょうね。その点、こちらのウォーカー達はとても“生きやすく、教えを乞う事”に抵抗が無い様に感じられます。ココまで新人が育ちやすい環境は、他の国も見習わないといけないでしょうね」


 そう言って笑う彼の言葉を聞けば、この視察も意味があったのだろうと思えるから不思議だ。

 先程まで“王族の遠足の様だ”なんて評価を下していたというのに。

 俺も他の国の環境を見れば、その空気に触れれば。

 何かしら感じる事が出来るのだろうか?

 考えを改めるとまでは言わなくても、他所の国を見れば何かを思ったりするものなのだろうか?

 なんてことを思いながら、彼から渡された飲み物に口を付ければ。


 「旨いな、初めて飲む味だ」


 「トレントから採取した果実と、マンドレイクが育てた物を使った野菜ジュースです。ウチの子供達には、結構人気なんですよ?」


 「俺もまだまだ子供という事か」


 「そうですね、私達からすれば子供です。“悪食”では、二十歳で成人と認めていますから」


 それはまた、随分と過保護な事だ。

 なんて笑ってみたが、実際十五で大人だと言われても正直実感も何もあったもんじゃない。

 ただただ仕事が出来る歳になったという感覚でしかなかった気がする。

 大人ってのは、一体なんだろうな。

 柄にも無くそんな事を考えていれば。


 「焦らなくても良いと思いますよ、貴方は十分に頑張っている様に思います。ギルドから“守人”の資料を頂きましたが、貴方は特に印象的でした。よく頑張りましたね、“墓守”さん。名を捨てて生き続けるというのは、並みの十代の少年に務まる物ではありませんから」


 「ギルドの資料には、そこまで書いてあるのか」


 「えぇ、貴方の昔の名も記載されていましたよ。しかし全て捨てたのなら、貴方はもう“墓守”以外の何物でもない。ソレをもう何年も貫いている。君は、とても強い男の子だ」


 「認めてくれる割に、子供扱いなんだな」


 乾いた笑いと共に彼の事を見上げてみれば。

 そこには憐みでも、慰めでもない笑みがあった。

 ただただ優しい笑顔というのは、多分こういう表情の事を言うのだろう。


 「もちろん、君はまだ子供ですから。もっと頼る事を覚えても良いと思いますよ、仲間でも大人でも良い。私達が居る間なら、私達でも良い。どんな状況でも誰かを頼る事が出来る、それは子供の特権なのですよ?」


 「それはまた、随分と都合の良い特権があったものだ」


 「それが子供であり、守るのが大人ですから。ただし、悪い事をしたら叱りますよ?」


 フフッと緩い笑みを残して、彼はこちらに背中を向けて歩き出した。

 あんな“大人”も居るのか、なんて思ってしまう程。

 その背中は、大きくも優しかった。


 「アンタの名前を聞いていない」


 最後の声を掛けてみれば、彼は音も無く振り返り。


 「コレは失礼しました。クラン“悪食”の経理、事業管理担当の中島と申します。戦闘ではあまり役に立てるとは思っていませんが、今後ともお見知りおきを」


 一つ頭を下げてから、護衛対象の元へと去って行く“ナカジマ”。

 “アレ”で、戦闘員ではないのか。

 本当に驚く事ばかりだ。

 彼は喋っている時以外、音を立てていない。

 勿論衣類が擦れる音など、多少は拾う事が出来る。

 だが、そもそも足音がしないのだ。

 あの技術を身に着けるまで、どれ程の苦労があったのか。

 想像するだけでも恐ろしい。


 「他所の国、か」


 ポツリと呟きながら手元に残った飲み物に視線を落としてみれば。


 「墓守さん? どうしました?」


 ユーゴが、不思議そうに首を傾げながら声を掛けて来た。

 その後ろに、レベッカとルーの姿も見える。

 足音が聞える、確かな気配が感じられる。

 仲間だからというのもあるが、コレが今の俺達だ。

 先程まで気配も足音も無い奴が隣に立っていたとは思えない程の存在感。

 その感覚に、俺の中には安心ではなく焦燥感が残った。

 俺たちは、どこまでやっていける?

 世界にはあんな奴らがゴロゴロ居る中、俺たちの実力は何処まで通用する?

 こんな事を思ったのは初めてだった。

 他者との実力差を感じる事はあっても、比べて焦りなど感じたことは無かった。

 だからこそ、余計に。


 「アイツ等に比べて、まだまだ弱いな……俺達は」


 呟いたその弱音。

 どうしたって追い付けそうにない背中に、思わずそんな言葉を溢してみれば。


 「当たり前じゃないですか、むしろ俺らが皆みたいに強いとか言い始めたら引っ叩く事案ですよ」


 「随分と攻撃的になったな……ユーゴ」


 まるで自分の事の様に胸を張るユーゴが、笑みを浮かべながら彼らの事を眺めた。


 「あの人達は、凄く強いです。一人一人が英雄と呼ばれるくらいに、凄く強い。だったら、追い付くのなんて簡単な訳がありません。それでも、追い付こうと努力する事は無駄じゃないと思うんですよ。だって、俺たちはまだまだ若いんですから。あの人達の歳までに“英雄”になれれば、俺達の勝ちです!」


 フンスッ! とばかりに鼻息荒く拳を握りしめるユーゴに、思わず笑ってしまった。

 なんだその暴論は。

 そもそも英雄なんて目指した所でなれる保証はないと言うのに。

 それでも、何一つ疑わず“彼ら”を目指すユーゴの姿が、正直羨ましく思えた。


 「そもそも勝ちも負けもないだろう、勝負にすらなっていない」


 「いいえコレは勝負です。英雄云々は置いておいても、俺達も皆と肩を並べられるくらいに強くならないと。俺達は、“守人”なんですから。誰かを守れる様になってなんぼです!」


 随分と、暑苦しい奴を相棒に選んでしまったらしい。

 なんて事を思いながらも、口元には笑みが浮かんだ。

 何とも馬鹿馬鹿しい、無謀にも程がある。

 だがしかし、彼は諦めていないんだ。

 “英雄”というものを。

 ならば、隣に立とう。

 俺は彼の相棒なのだから。

 てっぺんを目指す馬鹿の隣に、俺のまま馬鹿になって並んでやろうではないか。

 多分俺は“英雄”にはなれない。

 そもそも大物になる器ではない。

 そう思ったからこそ、自らを“墓守”という名前を付けた。

 元々は周りから言われ始めた事だが、ソレを受け入れた。

 俺は、表舞台に立つ人間ではない。

 だからこそ、裏方に立つと決めた。

 だとしても、だ。


 「お前が“英雄”を目指すなら、俺は背中を守ろう。そうすれば、光が当たらなそうだ」


 「馬鹿言ってないで、明日からもガンガン依頼受けますからね!」


 再び握り拳を作る相棒に呆れたため息を吐いたその瞬間。

 背後から、というか“森”クランの倉庫の入り口から。

 やけに険しい気配が感じられた。


 「ギルドから聞いて来たが、まさか本当に揃っているとはな……」


 困った様に呟く老人が、疲れた顔を浮かべながら立っていた。

 見間違えるはずもない、この国の王様。

 相変わらず威厳も何もあったもんじゃない柄シャツを羽織って、ため息を溢している。

 前も思ったが、何をしているんだこのジジィは。

 護衛はどこに置いて来た。


 「今度はなんだ、王様」


 「お前までそんな呼び方をするでないわ、墓守」


 「じゃぁ、ジジィで」


 「おうともよ」


 「墓守さん……流石にそれは駄目です……」


 ユーゴから止められながらも、ジジィに視線を向けてみれば。

 彼は大きなため息を吐いた後、こちらにすり寄って来た。

 俺達“守人”だけに話を聞かせるかの様に声を顰め、レベッカとルーにもちょいちょいと手招きして見せた。

 そして。


 「ちぃっとばかし面倒な依頼が頼みたくての、抜ける事は出きんか?」


 「無理だな、今日一日俺たちは“アイツ等”の案内役を頼まれている。王族をほっぽり出して向かう程の依頼でもない限りは不可能だ」


 「そうよなぁ……仕方ない、ダリルの所から人を借りて人海戦術じゃな」


 なにやら一人で納得し、そんじゃっとばかりに手を上げて去ろうとするジジィ。

 結局何だったんだ?

 首を傾げながらその背中を見送ろうとしたその時。


 「他所の国の事に口を出すべきではないかもしれませんが、無理にでも連れて行った方がよろしいかと思いますよ。カラド様」


 急に声を上げたのは、いつの間にやら近くに寄って来た黒いドレスの他国の女王。

 気のせいか? 今全く気配がしなかった気がするんだが。

 まさか国のトップまで化け物クラスだなんて事はないよな?


 「そりゃ一体どういう事じゃ? シルフィちゃん」


 ウチの国王、やっぱり馬鹿だ。

 相手国の代表をちゃん呼びする奴なんて聞いた事が無い。


 「私の称号は既にご存じでしょう?」


 「まさか、“視えた”のか?」


 傍からすれば全く理解出来ない会話を続けていく両国のトップが、揃ってこちらを振り向いた。

 頼むから説明してくれ。

 こちらもこちらで呆れた視線を返してみれば。


 「姫様、仕事かい?」


 ゾロゾロと集まって来た“悪食”の連中まで、準備は出来たと言わんばかりの勢いで両手の拳を打ち鳴らしている。

 頼むから……誰か、説明を……。


 「シルフィちゃんにリナ嬢ちゃん。早速で悪いんだが、ちと助けてもらえるかのぉ。それから、悪食も手を貸してもらえると助かる」


 「平和条約は結ばれましたからね、手を貸すのは当然です」


 「面白そうな事なら良いよぉー」


 「護衛対象が最優先だがな。いいぜ、話を聞かせな」


 何やら、またとんでもない事態になってしまったらしい。

 三国の王族が一斉に動く事態って、なんだ。

 それほどの緊急事態なのか?

 何てことを思っていたのだが。


 「あんまりデカい規模の話という訳じゃないんじゃがなぁ。ちょぉっと目障りなのが祭りの間に動きそうでのぉ。まぁアレじゃ、それなりの規模の人攫いと違法奴隷の売買。若い……いや幼いと言った方良いのか? そんな娘ばかり狙うくっだらない連中が、ここ数日で大きく動くという情報が入っての」


 ウチの王様は軽い口調で言い放ったが、いいのだろうか?

 人攫いも、奴隷売買も普通に起こる犯罪だ。

 一般的なモノと言えよう。

 その程度の問題に、他の国の王族まで関わらせるというのは……些か。

 なんて、思った瞬間だった。


 「よし、ぶっ飛ばすか。中島がキレる前に」


 「皆ステイステイ、南ちゃんも落ち着け。まだ武器出すには早いって」


 「白ちゃんも、一回落ち着こうか。子供関係になると暴走する癖、中島さんに似て来たねぇ」


 悪食の連中から、とんでもない殺気が溢れ始めた。

 思わず全員揃ってビクッと反応を示してしまうほどに。


 「大丈夫ですよ、リーダー。我々はちゃんと冷静ですから」


 「問題ありませんご主人様、ソイツ等自身を奴隷という身分に叩き落してやります」


 「射抜く」


 「全員問題ありだわボケ」


 悪食のリーダーが数名にデコピンをかましてから、改めてこちらを振り返って来た。


 「坊主達……“守人”だっけか? 受けるんだろ? この仕事。なら、よろしくな」


 そう言いながら右手を取られてしまった。

 これはもう、引っ込められないヤツじゃなかろうか。

 それくらいに、舞台が揃ってしまった。

 そして何より、彼ら“悪食”と肩を並べる機会が訪れてしまった。

 どうしたものかと仲間達に視線を向けてみれば。


 「受けましょう墓守さん!」


 「人攫い。しかも“連中”という事は組織だって動いているという事でしょうか? 疑わしい貴族の家系は把握しております。お任せを」


 「街中、歩き回ったからちゃんと覚えてる」


 どいつもコイツも、皆やる気になってしまったらしい。

 全く……まだ内容も聞いていないと言うのに。

 はぁ、とため息を溢してから。


 「詳細を教えろ、ジジィ。俺なら裏道も貧民街も知っている」


 「頼もしいのぉ、墓守」


 「黙れ、情けない王族め。この程度自国だけで対処するべき内容だ」


 「カカッ! 手厳しいのぉ」


 そんな訳で俺達“守人”と、“悪食”。

 更には三国の王族を巻き込んだクエストが発生した。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 協力を頼むメンツが豪華すぎるのだ。

 これから相手する連中が、もはや不憫に思えてしまう程だ。

 だがしかし、同情はしてやらない。

 自らが撒いた種であり、最悪のタイミングで喧嘩を売ってしまったのだから。

 もはや、相手方が生き残れる未来が見えない。

 コイツ等が相手なのだ、全て喰らい尽くされる事だろう。


 「改めて、よろしく頼む」


 「おうよ、よろしくな。墓守の坊主」


 そんな化け物達のリーダーは、随分と軽い雰囲気で俺と拳を打ち合わせるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る