第26話 観光案内


 「貴方達ね……もう少し普通の登場は出来ないの? 毎回毎回、あんな敵意向けられたら誰だって警戒するわよ」


 「だぁから悪かったって。前と一緒の方が分かりやすかなって思って」


 「初回は分かるわよ? 初めての土地で、どんな連中が居るかもわからない所に踏み込む訳ですもんね? そりゃ警戒くらいしてもおかしくない。でもね、そう悪ノリでやられると困るの。アンタ達みないなおかしな連中が、ポコポコその辺で敵意向けるんじゃないわよ」


 ギルド内の隅っこ。

 そこにある応接スペースで、ウチのギルドの支部長と黒鎧達が向かい合って座っていた。

 そして俺とユーゴはと言えば。


 「あ、あの……支部長」


 ユーゴが発言の許しを請うかの如く、小さく右手を上げてみれば。


 「“グラビティ”」


 「「ぐっ!?」」


 「少し反省していなさい」


 俺たちは床に正座させられたまま、彼女の重力魔法に耐え続けていた。

 ちなみにルーとレベッカは俺達の後ろで立たされている。

 魔法自体は受けていないが、ジッとしていろと命令が出されていた。


 「流石にやりすぎじゃねぇか?」


 「普通に正座させているだけじゃ、この子達にとって罰にならないもの。数時間くらいジッとしているなんて、ウォーカーならお手の物でしょ?」


 何てことを言いながら、支部長はこちらにタクトを向けてヒラヒラと動かしている。

 ウォーカーにとって、殴り合いの喧嘩など日常茶飯事。

 しかしながら、今回は場所も悪ければ喧嘩の規模も不味かった。

 喧嘩どころか戦闘に近い勢いで殴り合った訳だし、更にユーゴは称号魔法まで使ってしまった。

 魔法が使える人間にとって、ソレは剣と同じ。

 詰まる話、ギルド内で武器を使った戦闘を繰り広げてしまった訳だ。


 「テーブルが一つ犠牲になった程度で済んだから良かったモノの、アレで誰か死傷者でも出してみなさい。資格剥奪どころじゃ済まないのよ? しっかりと反省しなさい」


 「は、はい……」


 「了解した……」


 幸い今回は若い連中の暴走、という事でお目こぼしされたが。

 次は無い、と物凄く吊り上がった目で警告をもらってしまった。

 というかウチの支部長がここまで魔法を使える人間だったとは……。

 重力魔法もそうだが、拘束魔法まで織り交ぜられており全く動けない。

 しかも本当に詠唱したのかと思う程の速さで、瞬時に拘束されてしまった。


 「うわぁ……おっかねぇ。美人支部長はウチの支部長よりおっかねぇや」


 若干引いた様子の黒鎧達が、どこか憐みの目をこちらに向けてくるが。

 よく考えれば、俺たちは彼等に向かって完全に武器を向けてしまったのだ。

 コレばかりは若者云々では済まない話な気がするが。


 「良く言うわよ、あんな化け物みたいな敵意を向けて来た奴等が。言っておくけど、この子達がアンタ達に武器を向けた事は不問にするからね? あんなの誰だって武器を抜くわよ」


 「へーへー。大変失礼いたしましたっと」


 と、言う事らしい。

 いいのかソレで……。

 武器を向けられた筈の彼らも、全く気に留めていない様子ではあるが。


 「さっきは、すまなかった」


 ポツリと、そんな声を上げてみれば。

 彼らは驚いた様にこちらに視線を向けてから、ポンポンと頭に手を乗せてくる。

 まるで子供をあやしているみたいに。


 「気にすんな。こっちこそ悪かったな、驚かせちまって」


 なははっと軽い声を溢しながら、何でもないと言わんばかりに笑っている。

 あの時、間違いなく初撃は入ったと思った。

 俺もユーゴも、奇襲のタイミングも完璧だったはず。

 更には視覚外からの攻撃。

 だというのに、彼らはそれを誰も傷つけることなく防いで見せた。

 それこそ、“何でもない”という雰囲気で。


 「本当に広いんだな、世界は」


 格の違いというものを、ありありと見せつけられた。

 嘘偽りのない全力の一撃だった。

 それでも全く“届かない”存在。

 これ程までに強大だと感じた相手には、これまで会った事がない。

 人だけはなく、魔獣と比べても。

 ココまで高い壁だと感じた存在は、俺の今までの記憶にはなかった。


 「ま、とりあえずそっちはコレで良しとして。仕事の話をしましょうか、悪食。昨日ウチの王様が言っていた件で来たんでしょ?」


 「おうよ、こっちのウォーカーの視察。あとは街中を見て回るってヤツだな」


 昨日は演説の途中で帰ってしまったから、そんな話は初耳だった訳だが。

 彼らは本当に何者なんだろうか。

 “ただのウォーカー”な訳がない。

 国のお抱え、と言った所なのか?


 「偉くなったものね、貴方達が視察だなんて」


 やれやれと疲れたため息を溢す支部長だったが、黒鎧は全員揃って視線を逸らしてしまった。

 なんだその行動は、と思わずにはいられなかったが。

 それはどうやら俺だけでは無かった様で。


 「待って、ねぇ待って? その反応絶対もっと面倒事でしょ? 止めてね? 貴方達今度はどんな厄介事持って来た訳?」


 支部長が急に慌てた様子で身を乗り出した。

 乗り出す程度では収まらなかったらしく、今では黒鎧のリーダーの肩をガクガクと揺らしている。

 そんな彼女に対し、黒鎧達は視線を逸らしたままポツリと。


 「視察すんのは、その、…………です」


 「何て?」


 「ウチの国の姫様が、その。はい」


 「……直接? 本人が?」


 「うっす」


 その一言を聞いた支部長がテーブルの上に突っ伏した。

 というより身を乗り出している事もあり、机の上に倒れている様な情況になっている。

 しばらく静かになった支部長だったが、ピクピクと肩を震わせながらガバッと頭を起こして彼等の事を睨みつけた。


 「こればっかりは悪食に文句を言っても仕方なさそうね……」


 「あ~まぁ、そうな。すまん」


 なんだか、凄い事になっている様だ。

 ウォーカー達の視察。

 つまり俺達の実力を図りに、相手の国の代表が直々に顔を出すと言っているのだ。

 ただ事ではない、というかそんな事あるのか。


 「あ、それからコレ。ウチの支部長から預かって来た手紙」


 「クロウから!?」


 黒鎧がバッグから一枚の手紙を取り出してみれば、支部長はこれまた変わった反応を見せていた。

 バシッと奪い取る勢いで手紙を掻っ攫い、すぐさま自分の席に戻る。

 ウチの支部長は、こんなに忙しい人だったのか。


 「ったく、一応配達料は貰ってるが。俺達をお前らのラブレター配達員にするんじゃねぇよ」


 「良いじゃない別に、ついでなんだし。あ、そうだ。珈琲飲む? また良い豆が入ったのよ。飲むでしょ? すぐ淹れてくるわね」


 「調子の良い奴だな……飲むけど」


 やけにテンションの高い彼女は手紙を胸に抱いたまま、スキップでもしそうな勢いで支部長室へと向かっていく。

 そして、思い出した様にこちらへと振り返ると。


 「言い忘れてたわ。おかえりなさい、“悪食”」


 「おう。ただいま」


 なんだかんだ、随分と親し気だ。

 そんな風に思える程、支部長と黒鎧達の間には“信頼”と呼べるモノが存在している気がする。

 ただでさえ化け物みたいな強さを持つ、自称“ただのウォーカー”。

 おそらくユーゴの憧れの人物達であり、更に言えば相棒の称号に現れる“英雄”達。

 それが、“悪食”。

 随分ととんでもない連中がやって来たモノだ。

 何てことを考えながら、俺たちはジッと耐える。

 珈琲を淹れに行った支部長が魔法を解いてくれなかった為、そろそろ足が限界を迎えそうなのであった。


 ――――


 「おい悪食、ほんっとぉ~に大丈夫なんだろうな?」


 「ま、船がひっくり返ったりしなければ大丈夫じゃねぇか? 動いてる訳じゃねぇし、平気だろ」


 偉く心配そうな顔のダリルと、悪食のリーダーが話し合っている。

 相手国代表の視察。

 先日言っていたソレが、早くも実行に移された訳だ。

 本日は“海”のクランが対象という事で、船乗り場までやって来た訳だが。

 何故俺達まで……。

 思わずため息を溢してしまうが、俺の肩にユーゴが静かに手を置いた。


 「アレは、断り様がありませんって」


 まぁ、確かに。

 なんて納得しかけた所。


 「よく言う。どうせ前もってユーゴが推薦しておいたんでしょ。“墓守”なら対人戦もこなせるし、裏通りも詳しい。おまけにレベッカが居れば貴族達には顔が立つし、大通りなら迷う事がない」


 「ぐっ!」


 ルーの一言により、ユーゴが非常に苦しそうな声を上げた。

 コイツのせいか、そうなのか。

 とりあえずユーゴのつま先を踏んづけて置いた。


 ――――


 今朝の事だ。


 「初めまして、私はシルフィエット・ディーズ・エル・イージス。こんな見た目でも、一応イージスの女王です」


 「よろしくねぇ。リナ・スレイ・イルクレイズ・フォールターです」


 態度が対照的な二人が、ギルドの受付で支部長に挨拶をかましていた。

 片方は真っ黒いドレスに身を包み、もう一人は見た事もない異国の服。

 “着物”というらしいが、随分と着崩している様に見える。

 そして、そんな二人を取り囲む様に立っていたのが黒鎧の集団。

 もはや見た目からして圧力が酷い。

 カウンター前だけ妙に重々しい空気が広がっていた。


 「よ、よろしくお願い致します。この度はようこそいらっしゃいました……私はこの支部の代表を務めさせて頂いております、ナタリー・アルクレイムです」


 ガッチガチに固まったウチの支部長が、ブリキの人形の様な動きでお辞儀を返していた。

 正直、俺もあの場には立ちたくない。

 国のトップが二人も揃っている上に、護衛をしているのが“あの”黒鎧だ。

 以前見たのは四人のみ。

 だというのに、今では倍の数に膨れ上がっているのだ。

 彼等全員から敵意なんぞ向けられたら、どうなるか分かったもんじゃない。

 何てことを思いながら、やれやれと首を振っていたのはつかの間。


 「あぁその、わりぃ。一個だけ言い忘れた事があった」


 “悪食”のリーダーによる一言で、再びギルド中からの視線が集まる。

 支部長なんて、笑顔のままギリギリと奥歯をかき鳴らす程だ。


 「一人……じゃなくても良いんだけどよ、人を貸してくれねぇか? 出来れば顔がきいて、街中に詳しい奴。欲を言えば裏道にも詳しい奴が欲しいんだけど。居るんだろ?」


 その台詞の後、彼の視線がこちらに向いた気がした。

 何故こちらを見る。

 兜に隠れているとはいえ、わかるからな?

 思わずジトッとした眼差しを返してみれば。


 「“守人”! 仕事よ!」


 支部長様から、大声で御指名の依頼が入ってしまったのであった。


 ――――


 それが、今朝あった出来事。

 どういう形の視察になるのか分からなかったので、一応ウォーカー達もギルドに集められていた訳だが。

 まさか一日彼等に拘束されるとは思ってもみなかった。

 しかし他国のトップの案内を、まだ作ったばかりのパーティに任せるというのもどうなんだ?

 とか何とか色々考える訳だが、当の本人達は楽しんでいる御様子。

 ドレスと着物のお姫様方は、“黒犬ブラックドッグ”に乗り込み様々な箇所を見て回っている。

 度々甲板から楽しそうな声が上がっているので、随分とはしゃいでいる様だ。

 確かにダリルの船は戦闘に特化した作りになっている。

 そこらの船とは違うから、見慣れないモノが多くて楽しいのは分かるが……コレが、視察なのだろうか?

 ふぅ、とため息を溢しながら視線を逸らしていれば。


 「お久しぶりですね、勇吾君。バタバタしていて挨拶が遅れてしまいました」


 背後からそんな声が聞えて来た。

 振り返ると、そこには黒い鎧に身を包んだ女たちが立っていた。

 どうやらユーゴの知り合いの様だが……彼女達も“悪食”か。

 片方の獣人はこの前見たが、もう片方は初めてだ。


 「南さん、お久しぶりです! お城でもあんまりお話出来ませんでしたもんね」


 身長は俺達よりも低いが、子供という感じではない。

 落ち着いた雰囲気の獣人の女性が、腰まで伸びた黒髪を風に揺らしていた。

 その隣には、彼女とは対照的な真っ白い髪色の人物。


 「この子が、南の言ってた少年? 思ったよりも、小さくない」


 「えぇ、こっちの国に飛ばされた時に出会った男の子です。もう三、四年も前ですからね、あの時は随分と幼く見えましたけど」


 クスクスと懐かしそうに笑う“ミナミ”と呼ばれた彼女と、「ふーん」と声を上げる表情の変わらない白い女性。

 その彼女が、興味深そうな視線をこちらに向けて来た。


 「こっちの子達も?」


 「いえ、そちらの方々とは初めてお会いしますね。っと、その前に。初めまして、クラン“悪食”の南と申します」


 「白、よろしく」


 片方は笑みを浮かべたまま頭を下げ、もう片方はヨッとばかりに片手を上げて自己紹介されてしまった。

 なんというか、見た目だけではなく態度まで対照的な二人だ。


 「えっと、白さん? でよろしいでしょうか。初めまして、千葉 勇吾です。こっちはパーティ“守人”リーダーの墓守さん。そっちの二人が、ルナさんに、レベッカさんです」


 「よろしくお願いしますわ!」


 「よろしく」


 ユーゴの紹介で、こっちの二人も対照的な挨拶を交わしていく。

 なんというか、ウチのルーとシロと呼ばれた女性。

 微妙に被っているというか、妙に似ている。

 それは本人達も感じた様で。


 「ルナ、随分と白い。そしてレベッカは赤い」


 「そっちも、白いですね」


 「ルナ、あまり失礼があっては……」


 「お姉ちゃんと呼んでごらん」


 「お姉ちゃん」


 「お、お姉さま?」


 「実によろしい」


 ニッと口元を上げる白い女性が、ルーとレベッカを腕に抱いて何処か満足気にしている。

 二人も何だかんだ嫌がってはいないのか、抱かれたまま大人しくしているし。

 何をやっているんだろうコイツらは。


 「すみません、白さんは年下の子を見るとすぐ構い倒すので……」


 「あ、あはは。変わった方なんですね」


 「しかし本当に見違えました、たった数年でここまで変わるとは」


 「それを言うなら南さんだって。こう言っては何ですが、随分と大人っぽく――」


 とかなんとか、残る二人も雑談が始まってしまった。

 さて、どうしたものか。

 何となく甲板に視線を向けてみれば、色々と歩き回るお姫様方と慌てた様に仕事の説明をしているウォーカー達。

 急に声を掛けられて、どういう仕事を担当しているのか説明させられるのだ。

 心臓には良くないだろう、何と言っても立場が違う。

 なんて事を思いながらも、スッと目を細める。

 チラホラと、そこら中に居る“黒鎧”。

 しかも視線を一人一人に留めてみれば。


 「……皆、気付くんだな」


 ある者は笑みを返して手を振って来たり、またある者はにこやかにお辞儀を返して来たり。

 別に敵意を向けた訳じゃない。

 更に言えば気配を消そうと努力した上で、コレなのだ。

 どれだけの修羅場を潜り抜けて来たのか、普段どんな環境で過ごしているのか。

 全く想像がつかない。

 俺だって“視線”には結構敏感な方だと思っていた。

 魔獣に睨まれれば気配を感じるし、直感に近い感覚で分かる。

 しかし彼らは凝視した瞬間、すぐにこちらに視線を向けるのだ。

 まるで、どこから見られているか分かっているかのように。

 俺にはあそこまで確かな感覚はない。

 “見られている”事が分かれば、その場で相手を探し始める事だろう。

 彼らは、その工程をすっ飛ばして俺の存在に気付く。

 とんだ化け物もいた物だ。

 改めてため息を溢しながら、視線を護衛対象……というか案内対象へと向けてみれば。


 「墓守様、次は“森”の方へと向かいましょう」


 「こっちのウォーカーは凄いねぇ、道具の扱いが丁寧だよ。ウチの国の兵士達にも改めて叩き込まなきゃ」


 そんな事を言いながら、両国のトップが戻って来た。

 その後ろに、黒鎧達を連れて。

 これで良いのだろうか、明らかに王族が来るには護衛が少ない気もするが……。

 その辺りは、“化け物”を連れているからという事で納得するしかないのだろう。


 「……次に向かう」


 それだけ言って、俺たちは次の視察地へと向かうのであった。


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