第6話 海へ


 「一つ頼む」


 「いらっしゃ……え、あぁ……はい」


 元気よく声を張って客呼びをしていた店員が、こちらが声を掛けた瞬間に声を潜めた。

 まぁ、コレが普通だ。

 俺みたいな恰好をしていれば警戒もするし、気味が悪いと思う事だろう。

 しかも、俺の二つ名を知っていたならなおの事。

 誰だってこんな不吉を呼び込みそうな奴に関わりたくはない。

 それが普通だ。

 渋々と商品を差し出す露店の店員に、小さく苦笑いを溢しながら立ち去ろうとしたその時。


 「墓守さーん! ここに居たんですか! 探しましたよ!」


 「また、厄介なのが来た……」


 懐かれた。

 その表現が一番正しいのだろう。

 森鹿を狩ったあの日以降、彼は俺に付きまとった。

 俺なんかに付いた所で何の得も無いだろうに。

 ソレでも彼はパーティ申請をし、俺の承認待ちだという。


 「墓守さん! やっと見つけました! 何食べてるんですか?」


 以前に鎧が立てる音の事を言った為か、今では皮鎧に変わっている。

 各急所や籠手などは鉄のままだが。


 「別に、普通の食事だ」


 「へぇ?」


 ユーゴは俺の受け取った商品を覗き込み、その後露店の店主を睨みつけた。

 それはもう、戦闘中かと言わんばかりの眼差しを向けている。

 何か、気になる点でもあったのだろうか?


 「色々、いいですか? 貴方の店は、こんなモノをお客に提供するのですか?」


 「す、すみませんねお客様! そっちは廃棄用っていうか、捨てる奴でして。 ちょ~っと店員が間違っちゃって。 いやぁすみません! ホラッ、こっちが商品ですんで! すぐにお取替えしますね!」


 「……おい、アンタ喧嘩売ってるのか?」


 急に態度を変えた店主に対して、ユーゴの口調が変わる。

 コレはあの後分かった事だが、ユーゴは食に関して結構煩い。

 だからこそ、悪くなった食品なんぞ提供された際には平気で怒り出すのだが……コレは悪くなった食い物だったのか。

 普通に喰えそうなんだがな……。


 「ユーゴ、止めろ。 取り替えてくれるというのなら、文句はあるまい」


 「でも、墓守さん……コイツは」


 「止めろ。 “ただのウォーカー”になるんだろう?」


 「……はい」


 そんな訳で、差し出される品物と手に持った物を変えてもらう。

 凄いな、既に香りから違う。

 コレを見ただけで気づいたのか、流石だ。

 なんて事を思いながら、イカの姿焼きに齧り付く。

 うむ、旨い。

 普段食っているモノとは比べ物にならない程に、イカの旨味も調味料の旨味も感じられる。


 「行くぞ、ユーゴ」


 「墓守さんがそういうのなら……でも、次は無いぞ」


 「ヒッ!」


 「ユーゴ」


 「……はい」


 もはやいつも通りと言っても良い流れと共に、俺達はその場を去った。

 旨い、イカが旨い。

 それだけで、俺は大満足なのだ。

 ということで、上機嫌でイカ焼きを齧りながら、俺達はギルドまで歩いて行った。


 「今日も、付いて来るのか?」


 「もちろんです。 そろそろパーティ申請のサインしてくださいよ」


 「……考えておく」


 なんて会話を繰り返しながら、俺達はギルドへ向かう。

 今日はどんな仕事があるのだろうか?

 そんな事を考えながら、手に持ったイカ焼きを齧る。

 旨い。

 ココの所、というかユーゴと関り始めてから食べ物が美味しいと感じられる。

 やはり一度美味しい料理を食べると、舌が肥えるのだろうか?

 ギルドの料理はいつも通り旨いが、露店の料理はユーゴと一緒の時は特に旨い。

 その度に、ユーゴが怒っている気がするが。

 全く、もう少し人との関り方というものを教えてやらなければならないだろうか?

 俺よりもずっと人との繋がりを紡ぐのは上手そうなのに、何故すぐに喧嘩を始める。

 困ったルーキーも居たものだ。

 とか思いながら、露店飯を齧る。


 「墓守さんは、もう少し他人を疑う事を覚えた方が良いと思います」


 「俺が、か? お前では無く?」


 「貴方が、です」


 「そうなのか?」


 「そうです」


 なんだか、非常に納得いかない意見を貰いながらイカを齧った。


 「俺なのか」


 「貴方です」


 という事らしい。

 なので、とりあえず今度からもう少し露店への対応を考えようと思う。

 とはいえ、どうすれば良いのか全く思い浮かばないが。

 そんな事を考えている内に、ギルドへと到着した俺達は両開きの扉を押し開いた。

 片手に、イカの姿焼きを持って。


 「墓守さん、いらっしゃ……食べてからにしてもらえます? そのままこっちに来ないで下さい、お腹空いちゃいます」


 「すまない」


 今日はなんだか、色々な人に怒られる日だ。


 ――――


 「おっ、来たな二人共!」


 そんな大声を上げながら、海辺で海賊が手を振っていた。

 そう、どう見ても海賊。

 とてもじゃないがウォーカーには見えない。

 俺も他人の事を言えた義理ではないが。

 あれは海賊だ。


 「ダリルさん! 今日はよろしくお願いします!」


 「ダリル、ユーゴに海を教えるのなら俺は必要ないんじゃないか?」


 今回のお仕事、海の何とかっていう魔獣の数を減らす事。

 しかしながら……俺は海に詳しくない。

 だから、魔獣の名前を言われた所で分からないのだが。

 なのにコイツ、“海”の専門家クランリーダーのダリルは、俺とユーゴの二人に手伝えと声を掛けて来たらしい。

 とりあえず行ってみろ、といつもの受付嬢に言われてしまったのだ。


 「何言ってんだ、お前も海を知るんだよ。 海はいいぞぉ? 目を見張る様な広大な景色、旨いモノはそこら中を泳ぎ、ロマン溢れるデカい船で移動する。 どうだ、興味あるだろ」


 「はい!」


 「いや、別に……」


 対照的な表情でダリルを眺めてみれば、彼は愉快愉快と言わんばかりに笑い始める。

 イズリーに比べると絡みやすいと言って良いのかもしれないが、些か適当なのだ、コイツは。

 慎重派のイズリーと大胆なダリル。

 そして見た目は山賊と海賊。

 両クランのリーダーがコレで良いのか、とは思ったりもする訳だが。


 「ま、一度海に出てみりゃ分かるさ。 そんでもって、墓守。 お前には特に勉強になるだろうな」


 「勉強?」


 はて、と首を傾げてみれば。


 「お前、魔獣の墓を掘るだろ? だが、海じゃ墓は作れねぇ。 だから海ならではの葬送ってヤツを教えてやるよ」


 「別に拘りがある訳じゃない。 ……だが、見て置いて損はない気がする」


 「だろ? なら、乗りな。 コレが俺の船、“黒犬”だ。 どうよ? 格好良いだろ」


 彼が指さす先には、そこらのウォーカーが所持出来るとは思えない程の大きな船があった。

 横一線に伸びる黒いライン、そして多くの乗組員。

 凄いな、コレがクランリーダーというものか。

 なんて、普通に関心してしまった。

 とてもじゃないが、俺の稼ぎでは何年掛かっても買える気がしない。


 「一つだけ乗る前に教えておいてやるよ」


 「なんだ?」


 ゴホンッと咳払いしたダリルは、ピッと人差指を立てて見せた。


 「海ってのはな、全部が全部巡るんだ。 魚の骨の一本だって、もっと小さい魚が食ったり、海底にいる生き物の食い物に代わる。 無駄になるって事がない。 森でも土に還るなんて言うが、海はもっと早く循環していく」


 「ほう?」


 「潮風は生臭い、海の水は塩辛い。 そりゃ死んだ海の生き物の血肉の匂いなんかが水に混じっているんだとよ。 海ってのは、命の塊だ」


 「壮大だな」


 「そうだな、そんな場所に俺達はこの船に乗って足を延ばすことが出来る。 多くの命の中をかき分けて、俺達は生きる為に仕事をするんだ」


 「……で?」


 「難しく考えるな、楽しむ事だけ意識しろ。 俺達は生きているだけで他の命と関わるんだ。 “墓守”に言う台詞じゃねぇかもしれねぇが、ここじゃ全てが循環する。 だから、奪う事も、食う事も楽しめ。 祈りを捧げなくても、全ての命は巡り巡る」


 「まるで海賊の台詞だな」


 「そうさ、俺達は海の生き物にとっちゃ海賊も海賊。 奪い、殺し、蹂躙する。 だが、それは生きていく為だ。 だから、あんまり深く考えるな。 楽しめ、な?」


 そう言いながら、彼はニカッと笑って俺の頭ガシガシと撫でた。

 俺だって成人しているというのに、両クランのリーダーだけは未だにこうして子供扱いしてくる。

 別に嫌という訳ではないが……どう反応したら良いのか分からない。


 「なるべく、そうしてみる」


 「おうよ、んじゃ行こうぜ! 今日はデカいタコが出たって場所に向かうぞ!」


 「墓守さん軟体生物好きですもんね! 美味しいと良いですね!」


 「タコか。 よし、行こう」


 そんな訳で、俺達は三人揃って船に乗り込んだ。

 甲板に上がってみれば、いつもよりずっと高い視界、吹き抜ける潮風がフードを攫って行った。

 あぁ、船の上というのは……結構気持ちの良いものなんだな。

 なんて事を、思わず考えてしまった。


 「お前、意外と凛々しい顔してんだな。 いつもフードからチラッとしか見えないから、もっと子供っぽい顔をしてるのかと思った」


 「そうなのか? 自分の顔にコレと言って感想を持った事は無い」


 とかなんとかダリルと話していると、ユーゴの方も物珍しそうな目を向けて来た。


 「どうせならいつもフード外していれば良いのに。 そしたらもっと皆関わってくるんじゃないですか?」


 「このローブは俺の鎧代わりだ。 脱ぐ訳にはいかん」


 「あぁなるほど、何か普通のローブと質感違いますもんね。 そういう事だったんですか」


 「お前……だったらもう少し丁寧に扱えよ。 血やら何やらで随分変色してるじゃねぇか」


 二人して俺のローブを弄り回し始めた訳だが、まぁいいか。

 もしも気に入ったのなら、いつもの店を紹介してやろう。

 ダリルなら知名度的にそのままでも大丈夫そうだが、ユーゴの方も俺の紹介だと言えば入れてくれるだろう。

 何と言っても、貴族相手が殆どの商会だからな。

 俺が店に入ると、大体客には嫌な目を向けられるくらいだ。


 「興味があるなら、今度店を紹介する」


 「いや、俺は馴染みの店があるからいいわ」


 「俺は……あまり自由に出来るお金が無くて。 なので今貯めている訳ですけど」


 結局二人から断られてしまった。

 ダメか、このローブは。

 結構使いやすいんだが……。

 そんな事を考えながら黒いローブの裾を弄っていると。


 「で、でもお金が溜まったら見に行ってみたいです!」


 「そうか、わかった」


 という訳で、俺達は大海原へと進んでいく。

 ここからは本当に未知に領域だ、俺も気を引き締めなければ。

 なんて事を思いながらも、デカいタコを獲ったらユーゴがどう調理するのだろうと期待が高まる。


 「狩るぞ、タコだ」


 そう言ってシャベルを景色の先に向ける。


 「墓守さん、多分海でシャベルは使わないです」


 「そうか?」


 「多分」


 「そうか」


 大人しく、海の武装に持ち変えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る