第7話 広い世界


 「酔った」


 「いや、物凄く普通に見えますけど……」


 「吐きそうだ」


 「墓守ぃ! 甲板にぶちまけるんじゃねぇぞ!?」


 ユーゴからは覗き込まれ、ダリルからは怒鳴られてしまった。

 どうにかこうにか吐き気を抑え、未だ続く気持ち悪さを紛らわせるために酔い止めを口にする。

 こういう薬も準備しておいてよかった。

 初めての船だからな、色々と急いで準備した自分を褒めてやりたい。


 「ダリル、あとどれくらい掛かる」


 「まだ出航してからほとんど経ってねぇぞ」


 「なん……だと……?」


 やはり俺の様なタイプは、新しい場所へと旅立つべきではなかったのだろうか。

 いつもどおり、そしていつもと同じように生活していればこんな事態には……。

 なんて、愕然としていると。


 「ユーゴ、何をしている」


 「そろそろご飯の時間ですからね。 墓守さん調子悪そうですから、あっさり系の方が良いかと思って」


 そう言って、彼は野菜各種を細かく刻み鍋の中に放り込んでいく。

 ふむ、ふむ?

 スープでも作るのだろうか?

 トマトなんかの野菜も放り込んでいるが……。


 「スープか?」


 「ある意味ではスープですね。 “冷汁”って知ってます?」


 「しらない」


 「おいしいですよ、ご飯と一緒にサラッと食べられます」


 「そうなのか」


 とりあえず、一つ頷いてから“冷汁”とやらを覗き込んだ。

 きゅうり、レタス、トマトなどを刻んでは鍋の中に放り込んでいく。

 煮込むだろうか?

 冷汁というくらいだ、その後冷ましたりするのだろうか?

 非常に手間の掛かる料理の様だ。

 なんて事を考えながら隣に座って眺めて居れば。


 「ユーゴ、金は払うから俺らの分も頼むわ」


 「はーい、了解です。 今日船に乗ってる人ってどれくらいでしたっけ?」


 そんな会話をしているが、元からそのつもりだったのだろう。

 目の前にある鍋は、非常に大きい。

 とても俺達二人で食べる量とは思えない。


 「肉は、入れないのか?」


 「大丈夫ですよ、ちゃんと入れますから。 ダリルさーん! 甲板で魔導コンロ使っても良いですかー?」


 「焦がすんじゃねぇぞぉー!」


 「はーい」


 緩い会話を終えれば、ユーゴのバッグからやけに大きいコンロが登場した。

 こんな物があるのか、確かにこれなら甲板の上でも倒したりする心配は無さそうに思える。

 そしてこれまた大きなフライパンに多めの油、片栗粉をまぶしたししゃもが何匹も投入される。


 「ユーゴは随分大きなマジックバッグを持っているんだな」


 「あ、はい。 とはいっても頂き物ですけどね。 コレが無いと調理器具とかが運べなくて……でも墓守さんも持っていますよね? マジックバッグ」


 「俺のは、ユーゴの物よりずっと小さい」


 マジックバック。

 見た目に反して多くの物品が収納出来る魔法の鞄。

 俺の持っている物は、大体机一つ分程度しか入らないが。

 普段から使う小物系統や、今はシャベルも入れているのでほぼほぼ一杯だ。

 ソレに比べ、これだけ大きな鍋やらコンロ。

 そして食材等を傷ませる事無く保管出来るマジックバッグとなると、ユーゴが持っている物は相当高価な物なのだろう。


 「ユーゴは、貴族なのか?」


 「いえいえまさか! 元はド庶民ですよ。 “こっち側”に来てから、両親が大きな仕事を任せてもらえる様になってですね」


 「こっち側? ふむ。 とにかく、良い御両親なんだな」


 「はい! 自慢の両親です」


 「そうか」


 嬉しそうに笑いながらも、ユーゴの調理は進んでいく。

 やはり、いつ見ても手際が良い。

 一人で作っているというのに、こんなにも多くの食材をササッと扱えてしまうのは、どう考えても才能の違いとしか思えない。

 俺だったらこの量の食材を、とても長い時間をかけて食えない何かに変える自信がある。


 「ユーゴは凄いな」


 「どうしたんですか急に?」


 「急に、ではない。 前から思っていた」


 「それを言ったら俺だってずっとそう思ってますよ!  早く墓守さんみたいに強くなりたいです」


 「俺は強くはないぞ?」


 「強い人は皆そう言うんですよ……」


 「そうなのか?」


 「そうなんです」


 なんだか妙に呆れた視線を向けられてしまった。

 まぁ良い。

 教えるのは苦手だが、きっとユーゴなら俺程度にはすぐ強くなる。

 だから、戦闘では役に立とう。

 俺には、それくらいしか出来ないのだから。

 とはいえ。


 「海での戦闘となれば、俺もユーゴも等しく初心者だ」


 「確かに、一緒に頑張りましょう!」


 「そうだな」


 そんな会話をしながら、俺達の船旅は順調に進んでいくのであった。

 ちなみに、“冷汁”というのは煮込み料理ではなかった。


 ――――


 「三時の方向! 大物接近!」


 「傾けるぞぉ! お前ら捕まれぇぇ!」


 乗組員とダリルの声を聞いた俺達は、近くの柵へと捕まった。

 船とはこんなにも傾くモノだったのか、知らなかった。

 なんて事を思いながら、“足元”に広がる海面に視線を向けてみれば。


 「ワハハハ! 大量大漁! 馬鹿でかいのが腐る程居るぞ! てぇぇ!」


 ダリルの声と共に、ズドンズドンッと腹に響く衝撃音が伝わってくる。

 大砲。

 話には聞いた事があったが、実際目にするととんでもない。

 あんな武器があるのかと思わず目を見開いてしまった。

 とはいえ、一発一発が非常に高価だと聞いたが。


 「船を戻すぞぉ! 残りは“手で獲る”! てめぇら準備しろぉぉ!」


 「「おぉぉぉ!」」


 傾いた船が戻れば、そこら中から雄叫びが上がって来る。

 ここからは、俺達の仕事だ。


 「ユーゴ、行くぞ」


 「はいっ!」


 柵から手を放した俺達は、一直線に甲板の外へと飛び出した。

 腰にロープを巻いた状態で。


 「まだ元気な奴が居れば無理すんなお前ら! あくまでのびてる奴等だけだからな!」


 「わかっている」


 「了解です!」


 空中で返事を返しながら、俺達は船の側面へと落下していく。

 夜の海だ、非常に暗い。

 暗いどころか、ほとんど真っ暗だ。

 海面にいくつもの浮かんでいるタコが見える。

 先程の大砲で気絶したのか、随分と大人しく海面に浮かんでいた。

 だが、どれも非常に大きい。


 「フッ!」


 「ぜいっ!」


 獲物に対して、俺達は手に持った“銛”を突き刺していく。

 銛の石突にはロープが括りつけられており、その先は船の上へと繋がっている。

 そして、周りでも俺達と同じ行動をしている船員達。


 「引き上げろぉ!」


 ダリルの声と共に、今しがた銛を突き刺したタコが引き上げられていく。

 本当に大きい、人間なんてパクリとやられてしまいそうな程だ。

 そんなモノが、次々と船の上へと運ばれていった。


 「依頼、完了ですね」


 ぶらんと船から垂れ下がる状態で、ユーゴがニカッと笑いながら親指を立てている。

 非常に格好がつかないが、俺も同じ状態なので思わず苦笑いが零れてしまった。


 「普段と比べて楽だった……というのは、違うんだろうな。 これだけの人数と連携があったからこそ、楽だと思えた。 世界は広い」


 「であれば、パーティの申請そろそろ受けてくれません?」


 「帰ったらサインする」


 「え? マジですか? 言いましたよね? 絶対ですよ!?」


 俺の隣でぶら下がるユーゴが、わちゃわちゃとその場で暴れていた。

 全く、そこまで喜ばれても困るんだが。

 イズリーやダリルのクランに入った方が有意義に過ごせるだろうに。

 なんて、呆れた笑みを浮かべていれば。

 ゾッと背筋に寒気が走った。


 「ダリル! まだ何か居る!」


 「は? マジか!? 全員戻れ! とんずらするぞ!」


 船の側面にぶら下がっていた面々を回収しながら、徐々に船は動き出した。

 ゆっくりと旋回し、来た道を戻ろうとしているさなか。

 “ソイツ”は姿を現した。


 「ユーゴ! 甲板に戻れ!」


 「墓守さんは!?」


 「どうにかする!」


 ロープ掴んだ状態で船の側面を走り、他の船員に食いつこうと飛び出して来たソイツの頭をシャベルで切りつける。

 デカい。

 それしか感想が残らなかった。

 大人の男と変わらない様なサイズ。

 ドデカいヤツの瞳が、間違いなくこちらを睨んでいた。


 「お前は、こんな所にまで顔を出すのか?」


 ウツボ。

 間違いなく、ウツボだった。

 普通に泳いでいるイメージの方が少ない。

 図鑑で見た限り、海底や岩陰に潜んでいると書いてあったはずだ。

 だというのにコイツ等は、未だ船の側面にぶら下がる船員に飛びついて来たのだ。


 「墓守! 戻れ!」


 「船を出せ! このままじゃ船員が喰われる!」


 なんて怒鳴り声を交わしてから、先ほどマジックバッグから取り出したシャベルを海面に構えた。

 こちらはぶら下がって、船の側面に足を付いている状態。

 対して相手は、この周囲を自由に動き回れる訳だ。

 しかも一匹や二匹どころではない。

 数多くの“敵意”が、こちらに向かっているのが分かる。

 分が悪いどころではないのは確かだ。


 「世界は広いな」


 言葉を発した瞬間、俺に向かってデカいウツボが海面から飛び出して来た。

 避けられない。

 直観的に、そう感じた。

 であれば。


 「勝負だ」


 齧られそうになったその瞬間に相手の首元へシャベルを突き刺し、甲板に向かって放り投げる。

 土を掘る時と同じだ。

 踏ん張って、全身の筋肉を使いながら体を捻る。

 穴を掘るだけならこんなに全力で投げたりしないが、それでも上手く行った。


 「墓守さん! 次が来ます!」


 「分かっている!」


 水面が乱れた瞬間、また二匹のウツボが襲い掛かって来た。

 一匹でも厄介だというのに。

 しかもロープにぶら下がりながらでは、大した回避など出来ない。

 だからこそ真正面から、穴を掘る時の感覚で、相手の顔面にシャベルの切っ先を突き刺した。


 「もう一匹!」


 突き刺した相手を盾にする様に構え、すぐさま迫る二匹目に貫通する程に力を入れる。

 真正面から突き刺したのだ。そんな事をすれば最初の一匹は刃の部分を貫通し、柄の方まで突き抜けてしまう。

 しかし、それでもシャベルの穂先が二匹目の頭を貫いた感触が返って来た。


 「ふぅ……とはいえ、困った」


 二匹のデカいウツボがぶっ刺さっている為、重い事重い事。

 こんな状況じゃ甲板に放り投げる事も出来ない。

 あまりやりたくはないが、このまま死骸を海に捨てるしかないか。

 なんて事を思って、シャベルに突き刺さったウツボに足を掛けたその時だった。


 「墓守さん!」


 ユーゴの声が聞こえた。

 しかもその声は、何かを警告するかの様だった。

 一体何が、なんて思って再び海面に視線を向けてみれば。


 「これは……不味いな」


 先程よりも大きな体のウツボと、その他3匹。

 勘弁してくれと思う量の相手が、いっぺんにこちらに向かって飛び掛かって来ていた。

 この状況では流石に対処出来ない。

 これまでか。

 なんて、諦めたその時だった。


 「オラオラオラ! 船長様を舐めるんじゃねぇ!」


 腰にロープを括りつけたダリルが、細いレイピアを片手に船の側面を走って来た。

 振り子の様に勢いを付けたのか、ぶら下がるのではなく間違いなく走っている。

 そして。


 「よく見ておけ小僧ども、コレが海の漢ってもんだ」


 随分と格好の良いセリフを吐きながら、海賊にしか見えない船長はレイピアを振り回した。

 ヒュンッ! と、本当に風を斬るような音だけを放ちながら、彼の剣は迫り来るウツボを捌いていく。

 見事だ、という他ない。

 まるで素振りでもしているんじゃないかって程の気軽さで、自分よりも大きな魔獣を輪切りにする海賊。

 正直、個人としての戦闘であれダリルよりイズリーの方が強いモノだと思っていた。

 だがこの光景を目にすれば、何故彼が“海の専門家”のクランリーダーを任されているのが納得出来る。

 強い、俺なんかよりずっと。


 「コォラ墓守、一人で無茶すんじゃねぇよ。 だが、よくやったな。 全員甲板に戻った、俺らも戻るぞ」


 「……わかった」


 そんな彼にガシガシとフードの上から頭を撫でられ、思わず視線を逸らした。


 「なんだ、照れてんのか?」


 「違う。 ただ、こんなにも強かったのかと……少し悔しくなっただけだ」


 「カッカッカ! 上等上等! 名が売れて調子に乗ってるんじゃねぇかと心配したが、この様子じゃ大丈夫そうだな。 お前らぇ! ロープを引けぇ!」


 楽しそうに笑いながら、彼は俺を肩に担いで船の側面を歩き始めた。

 “強いヤツ”はいっぱい居る、“物知り”な奴もいっぱい居る。

 そして、ユーゴの様に“凄い”奴もいっぱいいる世界。

 俺は、彼等と肩を並べられるのだろうか?

 帰ったらユーゴとパーティを組む事を約束してしまったが……アイツの為にも、やはり断るべきだろうか?

 なんて事を考えていれば。


 「楽しかったか? 墓守」


 「……よくわからない。 だが、驚いた。 知らない事も沢山知る事が出来た。 充実した船旅だった。 と思う」


 「ユーゴもそうだが、お前もまだまだ若い。 これからだこれから。 だから、あんまり気を張るんじゃねぇよ。 気楽に行け」


 「努力は、してみる」


 俺にコレと言った目的は無い。

 ただただ目の前の事ばかりを見て生きて来た。

 しかし、強くなりたいと思った。

 広い世界を見てみたいとも思った。

 だからこそ。


 「俺は、この世界をもう少し楽しんでみたい……気がする」


 「良いじゃねぇの、そう思えたなら連れて来た甲斐が有るってもんだ。 好きに生きてみろよ、墓守」


 人生の先輩から助言を頂きながらも、俺達は甲板へと戻った。

 そこには、数多くのタコとウツボの死骸が交じり合って、酷い光景が出来ていたが。


 「おし、依頼は完了だ! 帰るぞお前らぁ! 海に忘れ物したヤツは居ねぇだろうなぁ!?」


 ダリルのアホな号令と共に、再び船は動き出す。

 コレが冒険、コレが知らない世界。

 悪くはない、そんな気がする。


 「墓守さん、ご無事で何よりです」


 「あぁ、ユーゴもな」


 フッと口元を緩めながら、俺達は獲物の解体作業に取り掛かった。

 そして解体が苦手な俺は見事に素材をゴミに変え、正座しながら見学してろと言われてしまうのであった。

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