第5話 食べる為に殺すという感覚


 「いたぞ、アレが“森鹿”だ」


 「け、結構デカいんですね……」


 草むらを匍匐前進しながら、ソッと顔を出してみれば。

 そこには立派な角を生やした森鹿が、川辺で水を飲んでいた。

 しかも、三匹。

 まだ距離がある、だからこそ気づかれてはいないが……。


 「ユーゴはココに居ろ」


 「そんなっ!」


 大声を出しそうになり、自らの口を押えるユーゴ。

 一瞬だけ森鹿がこちらに視線を向けたが、しばらくすると再び水を飲み始めた。


 「その鎧は音が立つ。 アイツ等は腹が減っていれば襲ってくるが、それ以外は基本逃げる」


 「う……確かに静かに近づくのは無理そうですけど」


 「だから、ここで待て」


 「……はい」


 どこか悔しそうに眉を顰めるユーゴだったが、しっかりと指示を受け入れてくれたらしい。

 こういうのは適材適所だ。

 誰かとパーティを組んだ経験はないが、他所ではそうだと聞いた事がある。

 自分に出来る事はこなし、出来ない事を仲間に頼る。

 それがパーティというモノ、らしい。

 だからこそ、今は俺だけで動くべきだ。


 「あの、すみません。 結局何にも出来なくて……」


 「……何の事だ? まぁいい、行ってくる。 準備しておけ」


 「準備?」


 「あぁ」


 首を傾げているユーゴを置いて、そのまま草むらを進む。

 やがて木の裏へと到着し、その上によじ登っていく。

 森鹿を見下ろせる所まで来て、ポーチの中から小瓶を一つ取り出し、投げる。

 三匹の群れの外側、ユーゴが居る位置とは逆側に。


 「――!」


 キィ! という様な、形容しがたい鳴き声を上げる森鹿。

 カレらが睨むその先では、割れた小瓶から粉末が風に乗って霧散し始める。

 そして読み通り鹿達はユーゴの方へと向かって逃走を始めた。


 「ユーゴ! 先頭の一匹だけ、よく見ろ! 正面から行くな、避けながら斬れ!」


 叫び声を上げながら木から飛び降り、鹿の首にシャベルを突き刺した。

 まずは一匹。

 そして続けざまに迫って来る鹿に対して、引っこ抜いたシャベルを横なぎに振るった。


 「二匹」


 呟くと同時に正面に向かってシャベルを投げつけ、先頭の鹿の後ろ脚に突き立てる。

 森鹿の悲鳴が響くものの、やはり魔獣。

 バランスを崩しながらも、そのまま逃走しようとしている。

 しかし、その先には“仲間”が潜んでいるのだ。


 「だぁぁぁ!」


 “よく見ろ”。

 その指示にどこまでも純粋に従ったのだろう。

 草むらから飛び出したユーゴは、剣を構えながらもすぐ攻撃には移らず、相手を観察しながら呼吸を落ち着けている。

 ソレで良い、森鹿にはそれが正解だ。


 「っ! そこぉ!」


 飛び出したユーゴに驚いたらしい森鹿は、案の定すぐさま相手に角を向けた。

 ただ、角を向けただけ。

 それでも、あのまま突っ込んでいれば間違いなくユーゴは怪我をしていた事だろう。

 しかしそうはならかった。

 自身に向けられた角を避け、横に飛びながら森鹿の前足を切断した。


 「墓守さん!」


 「上出来だ!」


 シャベルで後ろ脚を怪我し、前足は完全に一本失った。

 であれば、後は簡単だ。

 這う様な低い態勢で走り寄り、相手の背中に飛び乗って後ろから角を両手で掴む。

 そして。


 「すまない」


 一言だけ呟いてから全体重と渾身の力を入れて、森鹿の背中から回転する様にして地面に降りた。

 その際、ゴキリという鈍い感触が掌に伝わって来る。

 死んだ、間違いなく。

 殺したというべきだろうな。

 俺の都合で、相手は人生に終わりを告げたのだ。

 悲しいとは思わないが、どうしても謝ってしまう。

 この場で出会わなければ、コイツはもっと長生き出来た事だろう。

 そんな事を思えば、何となくだが……いつも言葉を紡いでしまう。

 だからこそ、俺は“墓”を掘るのかもしれない。


 「お、終ったんですか?」


 「あぁ」


 ヨロヨロしながら立ち上がるユーゴに手を貸してから、森鹿に刺さっていたシャベルを引っこ抜く。

 鮮血が溢れ出しローブを汚していくが、まぁいつもの事。

 という訳で、いつもの作業を始めた。


 「あの、何してるんですか?」


 「墓を掘っている」


 急にザックザックと穴を掘り始めた俺を不思議に思ったのか、ユーゴは首を傾げながらこちらを覗き込んでいた。

 普通のウォーカーならこんな事はしない。

 だからこそ、色々な事を言われて来た訳だが。

 やはり彼にとっても俺の行動は異常だと思われてしまった様だ。

 少しだけ、ほんの少しだけ。

 この変わった少年なら、少しでも理解してもらえるかと思ったのだが……。


 「そうじゃないです! 勿体ないですよ! しかもこのまま角だけ取って埋めるとか言わないですよね!? それは冒涜も良い所ですよ!」


 「……うん?」


 叫び出したユーゴは、良く分からない事を口走っていた。


 「まず狩りをしたならしっかり食べてあげないと! 食べる為に殺す、生きる為に殺すなら自然の摂理ですけど、コレじゃ本当にただ殺しただけです!」


 「……あぁ、なるほど。 魔獣肉を食べるとなると、そういう感覚になるのか?」


 「そうです! 鹿の肉って美味しいんですよ!? しかも解体を急がないと、どんどん肉は傷みます! 皮だって剥ぎづらくなっちゃいます! それら全てをしっかりとこなした後でも、埋葬は遅くはありません!」


 「ほう」


 埋葬すること自体には、特に疑問を持っていないらしい。

 また別の所で怒られてしまった訳だが。


 「しかし俺は、解体技術がほとんどない。 いつも証拠部位を切り取るだけだ」


 「だったら俺がやります! 得意なんで!」


 「それも、“ただのウォーカー”なのか?」


 「当然です、基本中の基本ですよ!」


 ふんすっ! と鼻息荒く胸を張るユーゴは、今日一番というくらいに頼もしい顔をしている。

 だとすれば、任せてしまった方が良いのだろう。

 俺も、“そのままの姿で埋葬してやりたい”などの拘りがある訳でもないし。


 「なら、頼む」


 「頼まれました!」


 そんな訳で、ユーゴによる鹿の解体が始まったのであった。


 ――――


 「おかえりなさい、墓守さん」


 「あぁ、戻った」


 ギルドの受付嬢に返事をすれば、彼女はとても良い笑顔をこちらに向けて来た。


 「余裕で期間内です。 流石ですね」


 「いや……今回は」


 「ちゃんと、“助けて”もらいました?」


 「あぁ、十二分に」


 「なら、良かったです」


 流石に仕事を急ぎ過ぎたのか、帰り道の途中ユーゴは眠ってしまった。

 疲れ切っていたのだろう。

 慣れない状況、慣れない相手。

 更にはアレだけ頑張ったのだ。

 無理もない。

 そんな彼は俺の肩に担がれ、静かな寝息を立てていた。


 「怪我などはされていませんか?」


 「問題ない、二人共」


 「なら、良かったです。 お疲れさまでした、墓守さん」


 ニコニコしながら、俺達が狩って来た森鹿の角を確認し始める受付嬢。

 「これは結構な大きさですね!」とか「三匹も居たんですか!? 凄いじゃないですか!」なんて騒がしく声を上げていく。

 いつもだったら無言でその姿を眺めて居た訳だが。

 今日だけは、何となく。

 本当に何となく、呟いてしまった。


 「ユーゴが、手伝ってくれたお陰だ。 あと、コイツは解体も上手い。 だから、綺麗に角が取れた」


 「フフッ、よかったですね。 墓守さん? これからもパーティを組まれては如何ですか?」


 「それは、俺だけでは決められない」


 そう言ってから、チラッと肩に担いだルーキーを見てみれば。

 彼は随分と幸せそうな顔をしながら寝息を立てている。

 お疲れ様。

 今は、それしか浮かんでこなかった。


 「ユーゴさんがパーティを組みたいと言って来た場合、どうなされるおつもりで?」


 「……」


 ニヤニヤする受付嬢は、森鹿の角を確認しながらも此方を覗き込んでくる。

 全く、鬱陶しいヤツだ。


 「組む、と思う。 コイツは……ユーゴには才能がある」


 「はい、言質頂きました。 あとでユーゴさんにも伝えておきますね?」


 「俺みたいなヤツと、組もうとはしないだろう」


 「わかりませんよ? ウォーカーっていうのは、変わり者が多いですか」


 「そうか」


 「そうですよ」


 そんな訳で、俺達は無事依頼を達成する事が出来た。

 更には、追加報酬も望めそうな代物を持ち込む事が出来たのだ。

 非常に順風満帆。

 そう、言えるのかもしれないが。


 「これから、忙しくなりそうだ」


 「これからも頑張ってくださいね? “墓守”さん。 期待していますよ?」


 嬉しそうな顔の受付嬢は、討伐証明物品の確認作業を進めていく。

 はてさて、これからどうなってしまうのやら。

 とはいえ、これまでは“生きる為に生きて来た”だけの人生だった。

 だったら、少しくらい寄り道をしても良いのかもしれない。


 「俺は、何になりたいんだろうな……」


 「ゆっくり考えたら良いじゃないですか。 貴方はまだ18歳なんですから」


 「そういうものか」


 「そういうものです」


 「……考えてみる」


 「非常に良いと思います」


 そんな訳で、俺は今日を生き残った。

 肩に担いだ、仲間と共に。

 パーティ。

 仲間が居るというのも、悪くないのかもしれない。

 柄にも無く、そんな事を思ってしまう一日であった。

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