第31話 人工物

メガネも時計も素敵だね

そういうと君が照れながら優しく微笑んだ

あの夏は特別だった

私は私で君が居た。

新宿のビルは空を真っ二つに分けて、どおりで煩かった。

黒い夜の空は星をひとつのぞかせてふたつ目は見えなかった。

東京なんて賑やかなところに私だけきても仕方ないと思えた。

もしも君を忘れていなければ

なんて今になってようやく思えるようになった。

もしも君と私の好きな東京で歩いて行けていたら。

そんなくだらない想像をしていた、

あの夏はよっぽど特別だったから

思い出せば思い出すほど美しく見えた


公園のブランコで漕げば漕ぐほどスピードが出るのを

君が焦って心配してた

私は君がいるから安心して

どこまでも遠くジャンプしたって飛べる気持ちでいた

椅子に座って二人で話すと

どうもじっとしていられなくなった

あっちに行けば棒に当たってこっちに行けば机に当たるような私だった

それが私だったのに 君がいたのに

私は忘れた


私が忘れてから数十年経った

もう今はあのブランコもあの椅子もないかもしれない

ただ 私が昔壊した鉄製の人工物だけは

君がこっちに来れるように壊したあの人工物だけは

まだそのままだったよ


好きだったよ

今はもう昔だけど

もう東京に君と歩く未来なんてないけど

私は今結構幸せだけど

君が大好きだったよ

ようやく思い出したんだ

あの夏を 思い出したんだ

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