柊斗が歌う歌

 柊斗がイスバスを真剣にやるようになってから、部屋からギターの音が流れなくなっていた。時々口ずさんでいる歌がオレの部屋にも聞こえてきていたけれど。


 三日程前にあいつはまた、ギターを少し再開したようだ。何か新しい歌を作っているようで、ギターを弾きながら小さな声で歌っている。聞かれたくないのかな? オレは壁に耳を近づけた。ちょっと切なくて甘い歌声が聞こえてくる。


「♪思うようには出来なくたって

 最後まで出来る事はあるよ

 一人では出来なくたって

 一緒にやれば、ほら、出来る

 オレは一人じゃないから

 君は一人じゃないから

 さあ! この一歩を踏み出そう!


 出来る事をやりきるんだ

 この人生を生ききるんだ

 やりきる、生ききる、やりきる

 生ききる、やりきる、生ききる♪」

 

 何だよ、お前、泣いてるのか?

 オレも泣いてるぜ。


 ある日、オレは柊斗に着替えを手伝ってもらっている時に聞いてみた。

「オレ、八年前にバスケのヒーローって言われて、四年前にイスバスのヒーローって言われて、多少なりともスポーツで多くの人達に夢みたいな物を与えてこれたと思ってるんだ。でももし、長野に出れたとしても、こんな身体を世間にさらして同情を買うだけで、人に夢なんか与えられないんじゃないかって思うんだけど、シュウトはどう思う?」

 柊斗は着替えを手伝う手を止めずに言った。

「僕はね」

 少し間を置いて、切りの良い所で手を止めて話し始めた。


「八年前のスバルは自由に動けるカッコいいヒーローだった。四年前も足はダメになっちゃってもイスバスの競技の中では自由に動けるカッコいいヒーローだった。バスケでもイスバスでも、僕のにとっては変わらないヒーローだった。

 でもパラリンピックにはオリンピックには無い物もあるって思ってるんだ。だからイスバスはポイント制だし、スバルは四年前より全然出来なくなっちゃったけど、今はまだローポインターとして活躍出来る可能性があるよね。

 障害を持って生まれてきて普通の人と同じように出来ない人、障害を持ってしまって今まで出来ていた事が出来なくなった人って大勢いるでしょ? あ、障害者じゃなくても、そういう人ってたぶん大勢いるよね。

 パラリンピアンってそういう人達に夢とか勇気とかを与える事が凄く出来るって思うんだ。

 スバルと同じような障害を持っていて、どんどん身体が衰えていく人が絶望感にさいなまれてるとするでしょ。出来ない事がどんどん多くなる中で、出来る事を切り開いていく姿をスバルは見せる事が出来る。それって他の人には出来な事でしょ? そういう姿が一番心に響くと思うんだ。

 スバルと同じ難病の人は多くないかもしれないけど、それと似たような進行性の難病を抱えてる人は沢山いる。ドゥーリハにだっているよね。だから、運動能力が高くってすごくカッコいい事が出来る選手だけがパラリンピックのヒーローじゃないと思うんだ。

 僕にとっても今のスバルは、四年前や八年前より、もっとカッコいいヒーローなんだよ。

 僕はさ、イスバスの競技中には障害が無いハイポインターだ。だからオリンピック選手と同じような競技力を求められると思ってる。でもそれだけじゃなくて、ローポインターの出来ない事を補う事、力を合わせる事も求められる。イスバスはそれが出来る競技だから楽しいと思う。だからやりたいと思った。僕はオリンピック選手に求められるような能力は低いと思うけど、ロングシュートだけは磨いてきた。それが無いとゲームには出れないからね。

 僕は、スバルとカイトさんと一緒に長野で金メダルを取りたいと思ったから、イスバスを真剣にやりたいと思った。最後迄一緒にやり切りたいんだ」


 泣かせるような事言うなよ。オレは涙を必死に堪えていた。

「お前、ほんとにオレの弟かよ。性格良すぎだろが。歌、ちょっとだけ聞こえてるけど、オレを励ます歌を作ってくれてるのか?」

「え?」と柊斗が言った。

「スバルは今どんな気持ちでいるのかな? って思って歌ってる。スバルが言ってた事とかカイトさんが言ってた事とか、思い出しながら、今こんな気持ちかな? って思って口ずさんでるだけだよ」


 オレは少し考えてから言った。

「オレの気持ち? 歌にするとオレを励ましてくれてるように感じるのかな? ちょっとしか聞いてないけど、何か、刺さって泣いたぜ。あの歌、完成させてくれよ。多くの人達に聞いてもらいたい。オレがあの歌から感じるように、沢山の人達を励ます歌になると思うんだ。

 そうだ! もし長野で金メダルを獲れたら、コートでみんなで歌いたいな。いや、金メダル取ってコートでみんなで歌ってやろうぜ」と。



 







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