原風景

帰国して

 イスバスをやっている時だけは自由だ。

 小学生の時にイスバスをやっている海斗を見て、ちっとも不自由なんかじゃない、あんな風になりたい、足なんか無ければ良かったのにと思っていたのは、イスバスしか見ていなかったからだ。


 帰国したオレは家族にも、イスバスチームのドゥーリハリハにも暖かく迎え入れてもらい、新しい生活を始めていた。

 車椅子での日常生活がこれ程迄に苦労が多いとは思ってもみなかった。特に日本に帰ってからは常に人々の視線を感じ、それがストレスになった。援助してもらわないと出来ない事だらけだ。

 小一の時でさえ、誰の援助も受けずに自転車で一人でドゥーリハに通えたのに、大人になった今は親に車で送ってもらうか、時間をかけて電車に乗り継いで行くしかない。思いもかけない所で援助が必要になったりする。大回りしてエレベーターを使い、決められた車両に乗る。声を掛けて助けようとしてくれる人もいるけれど、混雑時には嫌な目で見てくる奴もいるし、何しろオレの視線は低いから皆に見下ろされているように、可哀想だと思われているように感じてしまう。


 街は段差に溢れている。健常の頃は全く気にならなかった段差や狭い通路、至る所にある障害物、平らに見えていた道路だって傾きがあるから車椅子が真っ直ぐに走らない。手が届かない物、開けられないドア、階段の先にある行きたい所、とあげ出したらいくらでも障害物がある。


 オレはまだ全然マシだ。車椅子を自由に扱えるから。前を上げればある程度の段差は越えられるし方向転換もお手の物だ。そんなオレでさえこれだけの不自由を感じているのだから、競技者じゃない人、ましてや手も不自由だったり、体幹が効かない人達はどれだけ不自由さを感じているのだろう。

 それに、オレには弟の柊斗がいるから家はバリアフリー化されていて不自由なく生活出来るけれど、一般家庭ではこうはいかないはずだ。

 柊斗は今、中学生だけど、どんな苦労をしてどんな思いをしてここまできたのだろう。大切な時期に少しも力を貸さずに放り出してしまっていた事、今更ながら柊斗と両親に申し訳なくて仕方がない。


 帰国して、オレは早速イスバスチームの「ドゥーリハリハ」に入れてもらって練習を始め、少しずつ生活の基盤を整えていった。

 高校を卒業して、少しは自分でお金を稼ぎたかったので、この体育館のあるリハビリセンター「ドゥーリハ」で仕事を貰った。事務員さんのお手伝いをしたり、ここでリハビリを行っている患者さん達と一緒に身体を動かして見本を見せたりした。イスバスの練習時間はきちんと確保してもらえるとても恵まれた環境だ。

 車の免許も取り、行動範囲も広がった。週末は、これ迄親に送り迎えしてもらっていた柊斗を乗せて一緒にドゥーリハに通った。


 イスバスの練習時間は一日のうちで一番楽しみな時間だ。唯一、思いっきり自由を感じる時間。

 アメリカで八年ぶり位に車椅子に乗ってイスバスの練習を始めた時は、ちょっと戸惑った。でもすぐに感覚を取り戻せた。小一から三年間毎日やってきた事は身体に染み付いていた。

 バスケでやってきた事も全て生かせる。障害者として何の躊躇ためらいも無くこれに全てを懸けられる。

 オレのイスバスの原点、海斗もまだまだ現役バリバリだ。憧れの彼と一緒に再びこうして一緒にプレー出来る事は何よりの喜びになった。



 おおよそ一年前、旋風を巻き起こしたブリスベンのバスケのヒーローが、こんな状態になっている事をメディアが放っておくはずはなかった。様々なメディアが動き出していた。

 事実を曲げた報道や変な噂が流れる前に、昴自身の言葉を持って手短に公表する事にした。


【ブリスベン五輪ではバスケの応援ありがとう。一つ伝えておきたい事があって。五輪後に病気が発症してしまって、今は車椅子生活になってしまっているんだ。悪いのは足だけだから心配しないでほしい。オレ、実は小学一年生の時にイスバスの海斗に憧れて三年間イスバスやってたんだ。障害の無いオレはバスケに転向して、バスケでオリンピック選手になれたけど、またその原点に戻ったんだ。

 三年後、今度はパラリンピックでイスバスで金メダル目指すから、また宇川昴とイスバスを応援してくれたら嬉しいな。 宇川昴】


 ちゃんと丁寧な言葉で提出しようかと思ったけれど、昴っぽくなくなるのであえて普段の言葉でメディアに提出した。


 昴はブリスベン五輪後、すぐにアメリカでの活動を再開していて、日本からの取材はシャットアウトしていたので、このニュースは世間に大きな衝撃を与えた。

 あの天才的なスピードを生み出す足が使えなくなった? あのアクロバティックなプレーがもう観られない? どうして唯一無二の宝物を神様は奪ってしまうんだ? そんな声をと共に、宇川昴はイスバスではどんなプレーを魅せてくれるんだろう? とイスバスへの興味とパラリンピックへの期待が高まったのも事実だった。

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