脱皮
楽しかった。初めのうちは、仲間のちょっとした動きを見て、察知して合わせる事が多かったが、だんだんと仲間の癖も分かり、気持ちも読めるようになっていった。
昴はバスケの楽しさを再発見していた。
スピードという大きな武器を失い、ディフェンスなど上手く出来ずに仲間に助けてもらう事は多くなったが、それでも昴の存在は試合で欠かせない物となっていた。
体調が悪くてプレーが出来ない時には、サブの選手に指示を出し、自分の持っている物を教え、チームとしての成長を心掛けるようになった。
そんなある日、練習を終えてロッカールームに向かって歩いている時に、突然昴が倒れた。
「大丈夫か?」
仲間が声をあげた。
「ああ。ちょっとつまずいただけだから。何ともない」
そう言って立ち上がろうとした昴は「くそ!」と言いながら拳で床を叩いた。
「あの時と同じだ。足に力が入らない。やっぱりダメなのか‥‥‥」
「このまま歩けなくなる事は無いよ」
ドクターは続けた。
「この前と同じように、一過性の物だ。まだもう少しプレーは出来る。調子がいい時はな。しかし‥‥‥」
ドクターが口籠もったので昴が声をあげた。
「何でも言ってくれよ。オレ、もう覚悟は出来てるから」
ドクターは頷いた。
「そろそろ車椅子が必要だな。こういう感じになる事が段々多くなるだろう。今は車椅子が必要なのは時々だろうが、次第に歩けるのが時々になり、歩けなくなる日も近いかもしれない。日常生活をどう送るかをちゃんと考えないといけないな」
昴はうつむいた。
「やっぱりそうか。今、こんなにバスケが楽しいのに。あとどれ位出来るんだろう」
一緒に聞いていたコーチが「泣いていいぞ」と言った。泣いているコーチを見て、昴も泣いた。涙は流したが必死に声は抑えた。
「車椅子、貸してもらえるのか?」
切り替えたように、昴が無理矢理明るい声を出した。
「取り敢えずは、病院にある物を貸し出すよ。乗ってみるかい?」
ドクターの言葉に昴は頷いた。
ドクターが持ってきたのは介助用の物では無く、自走式の車椅子だった。スポーツ用では無いが、少しだけワクワクする物があった。
「乗ってみていい?」
昴はそう言って、車椅子に乗るとクイックに操作し、ウイリーをして見せた。
唖然としているドクターとコーチに向かって昴は言った。
「イスバスやってたんだ。小四まで。オレのバスケの原点」
驚いている二人に、昴はこれ迄の事、これからの思いを少しだけ嬉しそうに話した。
「卒業する迄は、例えプレーは出来なくてもバスケ部で出来る事をやりきりたい。でも出来ればクラブの練習時間以外にイスバスの練習もしたいんだ。体育館、使えるかな? この車椅子でも何とかなりそうだし」
昴がそう言うとコーチが笑った。
「そんな激しい動きをしたら、その車椅子はすぐに壊れてしまうだろ。イスバス用の車椅子、あてがあるから、借りられるか当たってみるよ」
昴の目が少し輝きを取り戻した。
ハイスクールでの最後の試合迄、あと二週間となった時、五対五の練習で昴はコートの中にいた。ボールが外に転がり、ホイッスルが鳴った時、昴は突然右手を挙げた。
「交代だ」
そう言って、自らの足でゆっくりとコートの外に出て、コーチの元に向かった。
「くそっ! オレの足、もう動かねえ。コーチ、最後まで使ってくれてありがとう」
昴はそう言って、コーチの胸に顔を埋めた。
コーチはしっかりと昴を抱きとめた。昴の背中は小刻みに震えていた。
「スバル。本当によく頑張ったな」
コーチは昴の頭を自分の胸に引き寄せた。
それが昴が地の上にしっかりと立っている最後の時となってしまった。
最後の試合、昴はコートの上には立てなかったが、イスバスの車椅子に乗ってベンチ入りしていた。ベンチ入り出来ない仲間も大勢いるのに、試合には出せないと分かっていながら、コーチは昴を十二人の中に選んだ。それは情けなんかではなくて、昴がチームに必要だったからだ。昴はベンチで声を出し、指示を出し、怒り、喜び、仲間と一緒になって最後迄戦った。
試合が終わった時、昴は自分の足に向かって言った。
「オレの足、生まれてきてくれてありがとう。最後までよく頑張ってくれたな」
少し細くなってしまった自分の足を優しくゆっくりと撫でた。
そして昴はハイスクールをきちんと卒業した。
バスケをやり切った。自分の中で出来る所まで。コーチ、仲間、ドクター、お世話になった人達にきちんと感謝の気持ちを伝えて、アメリカを出発する事が出来た。
これでやっとイスバスから逃げたあの日、日本を飛び出したあの日のリベンジを果たせたと思った。
もう歩く事は出来なくなっていた昴は車椅子で帰国した。
さあ、ここが新たなスタートラインだ。
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