変化

初日

「お帰り。よく戻ってきたな」

 コーチが昴に言った。日本で昴を診た若月ドクターからアメリカでお世話になってるドクターに検査結果の連絡があり、コーチはそれを聞いて、昴の両親と時間をかけて話合っていた。


「検査結果の事は聞いてあるよ。お母さんから、君の決意も聞いた。アメリカのドクターは今のスバルの状態で今迄のようにプレーする事は危険だと言った。オレは『今迄と変えればいいんだな』って言ってやった。オレはハイスクールを卒業する迄、スバルにはここでやってほしいと思ってる。その為にいくつか守ってほしい事があるんだ。

 前回のように転んで怪我をするリスクを減らす為にな。これはスバルだけが危険なんじゃなくて、バスケは接触スポーツだから周りの人間にも危険をさらす事になるから必ず守ってほしい。

 まず自分の身体の声をよく聞く事。プレー前、プレー中、プレー後、身体がおかしいと感じたら必ずオレに報告する事。お前が感じなかったとしても、オレがお前の異常を感じた時はすぐにプレーする事を中断させる。自己管理として、毎日体調と気づいた事をノートに書いていくように。

 それから、暫くは今迄より一段階スピードを落としてプレーするように。突然足が絡まりそうになってもちゃんとコントロール出来るスピードでやるんだ。全力でプレーしたいだろうけど、少しの間は我慢して、様子をみるんだ。出来るか?」


 昴は真剣な目をコーチに向けていた。

「オレ、もう治ったんじゃないかな。普通に出来る気がする。でも守るよ。コーチに言われたようにちゃんとやるから、ちゃんと出来る事が証明出来たら、また全力で走らせてくれよ。

 それから、チーム員にもちゃんと話しておきたいんだ。あいつらがこんなオレと一緒にプレーする事をどう思うか知りたいし、受け入れてくれなかったら、考えなきゃいけない」


 コーチは頷いた。

「その通りだな。スバル、なんだか急にしっかりしたな。早速、練習前にみんなを集めて少し話をしよう」


 チーム員達は皆驚いた。まさか昴がそんな病気だなんて考えられなかった。昴はチームで一番そんな病気とは縁遠いように思えるのに。

 ある選手が言った。

「オレはスバルの巻き添えくらいたくねえ。この前みたいに突然派手に転んできて、チーム員に怪我させる可能性だって高いんだぜ」

 昴はこのチーム内では運動能力が飛び抜けて高く、彼を中心にゲームが展開されるので、それを快く思っていない連中が何人かいる。

 昴がいるからゲームにも出場出来ない選手、活躍出来ない選手、注目されない選手にとっては、ここがチャンスになる可能性がある。

 口には出せなくても、意見した選手と同じように考えている選手が何人かいるのは明らかだ。


 意見した選手に向かって、ルークという名の選手が言った。

「誰だって転ぶだろ? お前は今迄何回転んでんだよ。スバルよりお前の方がよっぽど危ないんじゃないか? スバルは暫くスピードをコントロールしてやるって言ってる。スバルが気を付けて、オレ達も気を付けて、やってみたらいいだろ。やってみて危険だったら、また考えたらいいじゃないか。やりもしないで決めつけるなよ」


 いつも仲が良いとは言えない、むしろ言い合いばかりしている奴がそんな風に言ってくれるなんて、思いもよらず、昴は危うく涙を流しそうになった。

 やべ、こんな所で涙脆くなるなよオレ。絶対泣かねえ。そう思って昴は強がった。

「ルーク、たまには嬉しい事言ってくれるじゃねえか。オレ、ちゃんと出来る事を証明してやるから見ててくれよ」と。


 暫く動かしていなかった昴の身体は動きたくてウズウズしていた。

 練習が始まり、すぐにでも全力で駆け出したい気持ちを抑えて、昴はゆっくりと身体を動かし始めた。スピードをしっかりとコントロールして動いていく。それでも運動能力が飛び抜けて高い昴は他のチーム員達に遅れをとる事は無かった。何の問題も無い。誰もがそう思った一日目の練習だった。

 それでも昴には少し違和感があった。あのスピード域に問題は無かったが、もっと上げたいという思いが沸いてこなかったからだ。もっとあげるのはちょっと怖い気がした。もっとあげたら転びそうな気がした。練習後、その事をコーチに告げるとコーチは言った。

「ちょうどいい。それでいいんだスバル。動き自体悪くないし充分だ。自分の動きと自分の心もしっかりと見れているようだな。絶対に焦るな。今日の感じで暫くやっていくからな」と。

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